4月6日、トランプ政権がシリアを攻撃したことによって一気に地政学リスクが高まってきました。しかも米中首脳会談の真最中に攻撃をしました。シリアへの攻撃のニュースは6日のアジア市場を揺さぶりました。投資マネーは中東の地政学リスクの高まりを警戒し、ドル円は円高に、日経平均は下落し、原油は上昇する動きとなりました、他のアジア株式市場も下落しました。ただその後は、攻撃は警告であり継続性はないとの見方が広がり、市場は落ち着きを取り戻しました。そして翌7日に発表された米雇用時計では、非農業部門雇用者数が予想を大きく下回り、一瞬円高に振れましたが、天候要因であり失業率は低下したためFRBの利上げペースは変わらないとの見方からドル買いとなりました。ドル円はシリア攻撃前の水準に戻し、マーケットは地政学リスクよりも経済要因を優先した形でその週を終えました。果たして地政学リスクは一時的な高まりで終わり、このまま終息するのでしょか。

地政学リスク(GeopoliticalRisk)

このコラムでは何回か触れていますが(「地政学リスク(GeopoliticalRisk)」2014年10月08日付「中東の地政学リスク」2015年8月12日付)、まずは地政学リスクのおさらいをします。

(1) 地政学リスク(GeopoliticalRisk)

地理的な位置関係によって、その地域の政治的・軍事的緊張が高まるリスクのこと。20世紀以降、中東、バルカン半島、朝鮮半島は代表的な地政学リスク発生ポイントとみられている。イスラエル建国以来、石油の供給地域である中東は常に地政学リスクを内在している。2011年の米国9.11同時多発テロ事件は中東問題が根底にあると言われている。また、『半島』というのは、内陸と海に囲まれ、常に地政学リスクが内在する地域。朝鮮戦争(1950〜1953年)のあった朝鮮半島は、休戦状態であり現在も緊張関係が続いている状況。また2014年2月にロシアが軍事介入したクリミア半島は、19世紀以来の地政学リスクが高い地域(クリミア戦争1853〜1856年ロシアvsトルコで勃発し、翌年イギリス、フランスがトルコを支援)。

(2)地政学リスクの影響・反応・傾向

  • 株式・金融・通貨・商品市場を一気に揺さぶる(価値を低下させる)
  • 国際関係やその地域の経済のみならず世界経済全体の先行きを不透明にする。長引けば消費も委縮し、世界経済全体が景気減速に
  • リスクが高いほど投資マネーが委縮し、先進国よりも新興国の方がより動揺が大きくなる傾向
  • 突発事件は予測不可能であり、その後の影響を警戒する必要
  • 同じような緊張状態が続く場合は、マーケットへの影響は減退する傾向

今回のシリア攻撃は予測不可能であり、金融・株式市場を一瞬揺さぶりましたが、国防当局者がロイターニュースに対して「(攻撃は)1回限り」と述べたこともあり、マーケットはその後の影響を警戒していない状況となっています。しかし、今回のシリア攻撃はトランプ政権の方針変更という重大な意味を持っていることを留意しておく必要があります。場合によっては、地政学リスクの連鎖が起こる可能性も否定出来ません。

トランプ政権の方針変更

トランプ政権は今回のシリア攻撃で明らかに大統領就任時からの「米国第一主義(アメリカファースト)」の方針を変更しました。世界の警察はやらず、米国のため、米国人のために仕事をすると演説していたトランプ大統領は、化学兵器を使用したシリアに対してRed line(米国として許容できない一線)を越えたとして行動を起こしました。この行動の持つ意味合いは、

  • 「米国第一主義」から国際問題に関与する方針
  • 前回化学兵器を使用したシリアに対する軍事介入を撤回したオバマ政権との違いを鮮明にし、失策続きの内政批判を回避
  • オバマ政権によって低下した国威を取戻し、トランプ政権は行動すると北朝鮮、イラン、中国に対して警告

特に③の意味合いは大きいです。2013年9月にオバマ政権がシリア攻撃を撤回した2カ月後に中国が東シナ海に防空識別圏を設定し、更に南シナ海での人工島の建設を進めました。また、ロシアは翌年の3月にクリミアを併合しました。これら一連の傍若無人な行動はオバマ政権の弱腰外交に付け込んだとみられています。しかし、トランプ政権は「オバマ政権とは違うぞ、行動するぞ」と国際社会に発信した意味は大きく、北朝鮮、イラン、中国そしてロシアも反発を示しながらも慎重に行動することが予想されます。ロシアとの協調姿勢を仄めかしていたトランプ政権は、シリア攻撃を批判するロシアに対して対立姿勢をとるのかどうかも今後の注目点です。

連鎖する地政学リスク?

シリア攻撃直後は一回限りの攻撃との見方が大勢でしたが、トランプ大統領は米議会に書簡を送り「必要かつ適切であれば追加の行動をとる」と表明したことをホワイトハウスは8日に発表しました。また、ティラーソン国務長官は9日の米テレビ番組で、北朝鮮はシリア攻撃をどう受け止めるべきかとの質問に対し、「国際合意に違反し他国への脅威となるなら、いずれかの時点で対抗措置を取る」と北朝鮮を強くけん制する発言をしました。また、オーストラリアに向かう予定であった空母カール・ビンソンを朝鮮半島に派遣したと米海軍は発表しました。北朝鮮に対してかなり圧力を強めています。トランプ政権の行動は、地政学リスクを抑える効果となるのか、あるいは反発が増大することによって地政学リスクが高まることになるのか今後の動向を注視していく必要があります。

緊張状態が同じような状況で続く場合は、地政学リスクのマーケットへの影響は減退し、経済要因が相場を左右することになりますが、今回のシリア攻撃は一回限りであり影響は限定的と考えるよりも、中東の地政学リスクが再燃し、東アジアに連鎖する相場シナリオにも留意しておいた方がよさそうです。