ついに発生!仮想通貨流出
2018年1月26日(金)に発生し、世の中を騒然とさせた「NEM(ネム)の流出事件」。この事件の報道では、被害額や取引所の保償額を示す際、仮想通貨を「時価」で換算しています。
このことは盗まれた被害者、盗んだ犯人、取引所の運営者、報道している人、そして、報道を見ている我々も、この事件で動いた金額を「時価で評価」することを当たり前としていることを表しています。そして、仮想通貨の相場の上下で生まれた損益はあくまでも仮想(バーチャル)で、盗まれたお金は投資した額の範囲に収まる(100万円投資して、100万円が盗まれた)と認識する人は、報道を見る限りほとんどいないようです。
つまり、仮想通貨の取引は仮想(バーチャル)ではない現実(リアル)の取引であり、その取引で生まれた損益はれっきとした「お金」なのだと、世の中の多くの人が認識していることを、この事件は改めて映し出していると言えます。
このことを見ると、日本で流通している「仮想通貨」という呼び名よりも、暗号化などの情報技術を裏付けとした通貨という意味の「暗号通貨」(海外で主に用いられている英語名「Crypto Currency(クリプト・カレンシー)」を訳している)と呼ぶほうが自然な気がします。一部ではすでに「仮想通貨」ではなく、「暗号通貨」と呼ぶ動きもあるようです(このコラムでは以降、暗号通貨と称します)。
お金の歴史を振り返る
お金そのものやお金のやり取りにまつわる世界的な枠組みを振り返ってみると、1970年代前半に見られた金本位制度の終えん、1999年のユーロの誕生、2000年代序盤の金融革命といわれたデリバティブ(金融派生商品)の誕生、2009年ごろから本格化した主要国による金融緩和の実施など、大きく様変わりしながら現在に至っています。
そして、目下、暗号通貨への認知が進み、その中に「暗号通貨の一般化」が書き込まれようとしています。
このようにお金の枠組みが変わるとき、その前後では多くの議論がなされたはずです。現在、目の当たりにしている暗号通貨の普及、一般化についても、さらに多くの議論がなされていくでしょう。
その過程で、暗号通貨が今以上に「リアルなお金」だという認識が広がり、徐々に我々の実生活に溶け込んでいくと筆者は考えています。
「仮想通貨」と呼ぶものの、現実にはお金なのだという認識が広がりを見せていることは、FXや金(ゴールド)などの通貨や通貨に準じる取引との比較が可能になりつつある、ということを意味していると思います。
暗号通貨の相場はバブルなのか
黎明期(れいめいき)とは、ご存じのように物事の「夜明け」の時期を指します。陽が昇り、その陽が社会を照らし、人々が生活を営み、経済が活性化。社会が豊かになる一歩を踏み出す……陽が昇れば、このような陽をエネルギー源とした社会全体が活性化する流れが始まりますが、黎明期は「それ以前の段階」であると言えます。
いわば、現在の暗号通貨の市場は、薄暮の中、手探りで前に進んでいるような状態です。このように考えれば、取引ルールもまだ確たる形がなく、取引所で決まる価格もまだ足がかりがない状態と言えるでしょう。
暗号通貨の相場は「バブルである」との指摘がありますが、筆者は、そもそも現在の暗号通貨の相場はバブルかどうかすら判断できない状態にあると考えています。我々は、単に黎明期における混乱がもたらす乱高下を見ているのだと思います。
価格の乱高下は、より大きな利ザヤを求める投資家の参入を呼び込むきっかけとなります。このような状況では、価格の上昇時は「買いが買いを呼ぶ」、下落時には「売りが売りを呼ぶ」状態になりやすく、上にも下にも価格の振れ幅が大きくなることがあります。
短期間で大きく値が動いて大きな額の損益が発生する点から、とかく「投機」、つまり一攫千金を狙ったばくちのような取引と言われますが、それもまた黎明期であるためであり、「投資か投機かの議論」すら、時期尚早なのかもしれません。
暗号通貨の変動率が高いのは、主に次の2つによるものと考えています。
(1)黎明期における混乱が続いている、(2)買いが買いを呼ぶムードが冷めていない、つまり、現在は未成熟の市場ゆえの動きであり、バブルかどうかの判断はできないのです。
ただ、我々の心は、今回の事件や暗号通貨の関する世界中のさまざまなニュースを見聞きするうちに、徐々に 「そこに暗号通貨というリアルなお金がある」ということを認識し始めていると言えます。
この流れはすでに世界的な潮流となっており、仮に規制があったとしても、もはやその流れを止めることは難しいと筆者は考えています。
暗号通貨が金のお株を奪う?
暗号通貨の世界は拡大を見せ、暗号通貨が「リアルなお金」であるとの認識が徐々に広がってきています。この認識の広がりにより、徐々に暗号通貨と他の投資対象との比較が可能になってきていると筆者は考えています。
以下は、ビットコインと金(ともにドル建て)の、月間の変動幅(高値と安値の差)の推移です。
図:ビットコイン(上)と金(ゴールド)(下)の月間変動幅の推移
顕著な傾向とは言えないかもしれませんが、ビットコインの変動幅が急拡大した2017年に、金の変動幅の最大値がそれ以前に比べてやや低下していることがわかります。
黎明期のビットコイン市場に参入する投資家と、長い歴史を持つ金相場に参入する投資家の種類と数は異なる可能性がありますが、ビットコインの変動幅が急上昇したタイミングと、金の変動幅の最大値が低下したタイミングがほぼ同一であることが注目されます。
このことから、推測の域を超えないものの、変動幅(短期的な収益機会)を求めて「金市場に参入していた投資家の一部が、ビットコイン市場に流れた」と考えることができます。
仮にこのような傾向が今後も続いた場合、暗号通貨が黎明期を脱して変動幅が安定化するまでは、金市場では現在のような変動幅が比較的低い状況が続くことが予想されます。
端的に言えば、暗号通貨が黎明期を脱するまで「暗号通貨が金市場の変動幅の一部を奪う、金市場の変動幅の一部が暗号通貨に移る可能性がある」ということです。
暗号通貨の金の長期投資の魅力を高める
金への投資という点では、この推測をどのように解釈できるのでしょうか? 筆者はこれを「暗号通貨の黎明期における金市場の、短期的な利ザヤを狙わない長期投資向けへの変化」と考えています。
金価格は、地政学的リスクや米国をはじめとした主要国の金融政策、中国、インドなどの大消費国の消費量やそれに影響を与える政策など、さまざまな変動要因で動いています。
ただ時として、他のリスク資産と同様に、変動幅が大きくなることがあります。変動幅の一時的な拡大は、長期投資を前提としている投資家が肝を冷やす要因になります。
長期投資家に敬遠されがちな、一時的な高い変動幅を暗号通貨が奪ってくれた、と考えれば、金の変動幅の低下は、暗号通貨が黎明期を脱するまでのむしろメリットと言えるのかもしれません。
引き続き、金と暗号通貨の価格の推移に注目していきたいと思います。
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