前回は、政治リスクを分析する専門家によるグローバル・リスクを中心とした「世界10大リスク」のお話をしましたが、今回は経済・金融の専門家による「サプライズ10大リスク」をご紹介します。年末年初になると、エコノミストや銀行・証券会社から経済や金融予想が出てきますが、その中でも「サプライズ予想」、「びっくり予想」あるいは「とんでもない予想」という予想に興味深いものがあります。通常の予想ではない出来事として、専門家はどのように考えているのかを見ておくことは予想外のシナリオを想定しておく際に役に立ちます。あるいは、自分の相場観と照らし合わせてみて、サプライズかそうでないかという判断基準にもなります。

 ウォール街で注目されているのが、ウォール街のご意見番、ブラックストーン社のバイロン・ウィーン氏の「サプライズ10大予想」※です。

※サプライズ10大予想…1986年以来33年目となる恒例の予想。同氏は「サプライズ」の定義は、「平均的な投資家は3分の1の確率でしか起こらないと考えているが、自分にとっては50%以上で起こると信じている出来事」と定義。

 昨年もこのコラムで「2017年サプライズ10大予想」を紹介しました。「米成長率が3%超え」の予想は、年後半の勢いはその通りとなってきています。また、「S&P500は12%高の2500ポイント」も方向は当たっています。

 しかし、「物価は3%、米長期金利は4%」は遠く及ばず、為替の予想に至っては「ドル円130円、ポンドドルは1.10、ユーロドルは1.00を下回る」と見事に逆方向に動きました。予想の大部分は当たらないことが多いのですが、今年はどのような予想を立てているのでしょうか。以下が予想の要点です。

 

バイロン・ウィーン氏による「2018年サプライズ10大予想」

  1. 中国が北朝鮮の核武装を容認できなくなる。核開発は停止しても現状の核兵器を放棄しない北朝鮮に対して、中国は北朝鮮への燃料と食糧の供給を停止へ。
  2. ポピュリズム、民族主義、無政府主義が世界に蔓延する。英国ではコービン労働党党首が次期首相に就任し、スペインのカタルーニャは混乱のまま。一方、Brexitで欧州大陸の協力関係は強まり、経済成長が加速する。 
  3. ドル高の展開。ユーロは1.10、ドル円は120円へ。米経済は3%超の成長に。
  4. 米国経済は2017年より拡大するものの、投機マネーの行き過ぎからS&P500は10%調整し2,300に下落へ。調整後は、4%に迫る経済成長により年末には3,000超に。
  5. WTI ( ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物価格は、80ドル超え。
  6. インフレが懸念材料に。世界の経済成長がコモディティ価格を押し上げ、先進国のひっ迫した労働市場は賃上げペースを加速させ、米国での平均時給上昇率は4%に近づき、CPI(消費者物価指数)上昇率は3%を超える。
  7. インフレ上昇に伴い、FRB(米連邦準備制度理事会)は年内4回の利上げ。米10年債利回りは4%ヘ。ただしFRBの資産圧縮はごく緩慢なペースで進む。高利回り債のスプレッドが拡大し、株式市場のリスクに。
  8. NAFTA(北米自由貿易協定)とイラン核合意は存続。世界での中国の影響力拡大に対抗し、トランプ大統領はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)離脱を失敗とみなすものの、アジアでの二国間交渉が推進される。
  9. 11月の中間選挙がトランプ政権への支持を問う信任投票となり、共和党が上下両院で過半数を失う。国民は大統領の公約が実現しないことに落胆し、ツイートに反発を強める。
  10. 中国の習首席が債務問題に本腰を入れ、経済や雇用の鈍化にも関わらず企業の借入制限に踏み切る。中国の実質GDP(国内総生産)は5.5%に落ち込むが、世界経済への影響は限定的に。

 今年も米国経済について強気の見方のようです。そして「低インフレ・低金利の時代が終わり、普通のインフレ・普通の金利の時代に入る」と予想しています。
予想される金融・経済をまとめると、『米経済は3%超、原油80ドル台、インフレが加速しCPIは3%超、米国長期金利は4%に。FRBは4回利上げし、ドル高に。ユーロは1.10、ドル円は120円に。米株は、金利上昇と投機の行き過ぎから10%下落するが、調整後年末に向けて米経済の成長加速から30%上昇する』というかなり強気の見方です。

 しかし、サプライズというよりもタカ派のエコノミストに見られる強気シナリオのひとつという感じです。ただ、中国が5.5%に減速する中で米景気だけが3%超、年末には4%に近づく成長というのはかなり楽観的過ぎる気がしますが。一方で、利上げ4回で、米長期金利も4%になるのにドル円が120円というのは、ドル円については強気ではないようです。130円と言ってもらったほうがしっくり来るのですが……。

 ウィーン氏は10大予想以外にも、それほど重要ではないもの、実現可能性が高くないものとしてさらに6項目を挙げています。

  1. 投資家は欧州、極東、エマージング市場での業績が米国より良好であると認識し、グローバル投資が機関投資家の間でさらに広まる。
  2. ロシア・ゲートの捜査で、トランプ家とロシアの関係を証明できず失敗に終わる。 
  3. AI普及が加速し、多くの職が自動化される。米失業率が4%を切っても失業者や政府補助申請者の増加に、失業率データの重要性に疑問が向けられる。 
  4. サイバー攻撃が消費者信頼感に悪影響を及ぼし始める。
  5. 欧米の規制当局は、既存の小売業者や伝統的なメディア会社の圧力を受けて、ネット企業ヘの圧力を強める。Amazon、Facebook、Googleを捜査し、一般市民も、ネット企業ヘの権力集中を懸念し始める。
  6. ビットコインのリスクが大きくなりすぎ、規制当局が取引を制限する。

 これらの項目を見ていると、実現可能性が高くないとしても米国の経済社会の関心がどこに向いているのかがよくわかります。AIやビットコイン、サイバー攻撃、ネット企業の動向などは今後も注目しておく必要がありそうです。

 

みずほ総研「とんでも予想2018年」

 もうひとつおもしろい予想があります。昨年もこのコラムで紹介していますが、みずほ総研の「とんでも予想」です。2016年のとんでも予想で「トランプ大統領誕生」を挙げたことから一躍注目されるようになった予想です。昨年は『米国の資産バブル発生。ダウは2万3,000ドル台』は的中しましたが、その他はとんでもない予想で終わったようです。みずほ総研が定義する「とんでも予想の出来事」とは、「起こる可能性は低いが、発生・実現した場合には影響が大きく、かつ、その重要性が高く、注目すべき事象」と説明されています。さて、今年はどのような予想でしょうか。以下が今年の「とんでも予想」です。

  1. 税制改革や移民制度改革、インフラ投資等を次々と実現させるトランプ大統領の支持率が急上昇、中間選挙でも勝利し、各国企業の「トランプ詣で」がさらに盛んに。
  2. サウジアラビアとイランの対立が激化、アメリカではカテゴリー5のハリケーンが立て続けに上陸し、原油生産が停止し、原油相場が80ドルに高騰。
  3. トルコのEU(欧州連合)加盟交渉決裂を機に、トルコの大量移民が再び欧州に流入し難民問題が深刻化。イタリア総選挙で EU 懐疑派の五つ星運動が勝利。Italexitの是非を問う国民投票の実施へ
  4. 英メイ首相が退陣、二度目の国民投票が実施され、Brexit撤回へ。
  5. 中国が一帯一路構想に「空のシルクロード」 を追加。日本では AIIB (アジアインフラ投資銀行)加盟を契機に、1980 年代のシルクロードブームが再燃。
  6. 米朝が核保有国承認取引で妥結。恒久的に核のリスクにさらされる日本は苦しい立場に。
  7. 政府がデフレ脱却宣言。春闘の賃上げが進み、日銀は物価目標2%を中長期的な目標に変更。一定の長期金利上昇を容認。
  8. 日米株ともバブルの様相。日経平均3万円、ダウ平均は3万ドルを突破。バブル時代の再来。
  9. 仮想通貨市場が過熱し、ビットコインは一時 3 万ドルを突破するも、当局の規制強化を契機にクラッシュ。一方、銀行による独自の仮想通貨発行が相次ぎ、日本もキャッシュレス社会に。
  10. 平昌オリンピックで日本女子が大活躍し、長野オリンピックの10個を大きく上回る過去最高のメダル数に。東京オリンピックの期待もマックスに。

 2018 年のとんでも予想は、日米については楽観的な予想となっています。

  • 米国 → トランプ大統領の支持率急上昇し、中間選挙に勝利、ダウ平均3万ドル突破
  • 日本 → 平昌オリンピック大活躍、デフレ脱却宣言、春闘賃上げ、日経平均3万円突破、長期金利上昇、バブル時代再来、シルクロードブーム再燃、キャッシュレス社会 

日本はかなり明るい状況が到来するという予想になっています。

 ただ、日米とも「とんでも予想」ですので、起こる可能性が低い出来事ということになるのですが。一方で、原油が80ドルに高騰すれば日本経済にとってはマイナス要因となりますが、こちらの予想はもう少し可能性が高いかもしれません。

 欧州については、楽観色は乏しく厳しい政局が続きそうな「とんでも予想」となっています。難民問題が深刻化し、反EUが勢いを取り戻し、一方で英国はメイ首相退陣とともに、二度目の国民投票でBrexit撤回へとなっています。しかし、欧州のとんでも予想は、かなり低い確率ではなく、場合によっては起こるかもしれないシナリオとして想定しておきたい予想です。

 今回紹介した「サプライズ予想」や「とんでも予想」は、発生確率が低いかもしれませんが、マーケットがリスクシナリオとして注目している事象が多いことから参考になります。笑って読み過ごすリスクもありますが、それらを含めてリスクが発生した場合には為替はどのように動くのか、頭でシミュレーションをしておくと、いざというときに慌てなくてすみます。

 2016年では、トランプ氏当選とBrexit決定が「サプライズ」でした。2017年は、欧州での反EU派、極右台頭による政局混乱が予想されていましたが、無難に終わったことが「サプライズ」だったかもしれません。さて、2018年はどのような展開になるのでしょうか。