日本語訳を終えて

 毎年「株主への手紙(以下本稿)」を訳すことで、私たちは原点に戻ることができます。世の中では新型コロナウイルスがパンデミックしていて、金融市場は言うまでもなく、私たちの生活基盤も大混乱しています。しかし、こういうときだからこそじっくり落ち着いて、バフェット氏の言葉に耳を傾け、本質が何なのかについて思いをはせる必要があるのだと再認識しました。今回は本稿の中から2つのトピックを取り上げたいと思います。それは、「複利効果」と「ガバナンス」です。

複利効果について

 バークシャー・ハサウェイは本稿の最初のページが示すとおり圧倒的な価値創出を実現してきました。このリターンの源泉は、何度も述べられてきた「米国に吹く追い風」と「留保利益の力」を当社が最大限活用した結果であると考えられます。とりわけ留保利益を強い事業に再投資することで得られる複利効果は、素晴らしい事業に長期投資を行う経営者や投資家にとって、とても心強い万国共通のブースター(増幅器)です。本稿の中では、カーネギー、ロックフェラー、フォードらの巨人達が巨額の富を得た秘密が事業投資における複利効果だと喝破しています。

 この「複利効果」という言葉を知らない人は金融業界には居ないと思います。しかし、この概念を金融商品(株式、債券など)で使うことはあっても事業投資の世界では使うことはあまりありません。「投資」という言葉についても同様に、金融の世界で使われる概念と事業投資の世界で使われる投資(設備投資、研究開発投資、人的投資)とでは明らかに語感が異なり、前者のイメージは良くて投機、悪く言えば博打と受けとられています。しかしバフェット氏は、自らが行う永久保有を理想とするオーナーとしての株式投資は、それが上場株式への少数持分投資の形式をとったとしても、なんら事業経営における投資と本質的に異なるものではないと主張します。事業投資であろうと上場株式への投資であろうと「オーナーとして振舞う」ことが重要なのです。バフェット氏がいつも言う通り、「レンタカーを洗うものなどいない」のだから。

 投資とはどちらのケース(事業投資・長期金融投資)であっても、「投下したものに対してどれだけのアウトプットがあるのか」という極めて単純かつ本質的な命題があるだけです。つまり事業投資であろうと長期金融投資であろうと、オーナーとしての投資において集中しなければならないことは「投資対象そのものがどの程度の富を生むのか」「それがどの程度確からしいのか」「その将来生まれる富に対してどの程度の対価を支払うのか(=投資価格)」ということであって、「投資対象」そのものの値動きではないはずです。より直接的に言うと、長期株式投資における投資対象そのものが生む富とは、保有先企業が将来にわたって稼ぎ出す税引後営業利益であって、株価上昇はその結果に過ぎないということです。

「投資対象の価格そのもの」ではなく「投資対象がうみだす富/その対価としての価格」に集中するバフェット氏にとって、事業投資、株式投資、債券投資などはすべて同じ机の上にのせてフラットに議論されるべきものです。だからこそ本稿の中で、バフェット氏の保有している素晴らしい事業、企業の方が、ほとんど何もリターンを生まない米国国債を上回り続けることは、過去もそうであったように将来においても長期的にはほぼ確実であると言い切っています。バフェット氏が実践するような長期投資にとってのリスクとは投資対象の市場価格によって形成されるボラティリティではなく、投資対象が生み出す将来の富の総量が想定以上に減少することなのです。

話は脱線して新型コロナウイルスについて:私見

 年初から新型コロナウイルスの世界的な感染拡大にともない、世界の金融市場も大きな影響が出てきています。2008年のリーマンショックは、生活習慣病の人がいきなり心臓血管をやられて、体中の器官に血液を送ることができなくなったような症状でしたが、世界中の中央銀行の金融緩和と米国政府の素早い患部摘出手術により比較的短期間に世界の産業は正常化しました。今回のコロナショックは、心臓血管は問題なく機能しているのだけれど、手足の方が良く分からないウイルスに侵されて、恐怖のために動けなくなっているような症状です。人類とウイルスの戦いの長い歴史を考察すれば、悲観しすぎる必要はないとは思うものの、何より人は目の前で起こる恐怖に弱い生き物であり、その本能が事実をありのままに見ることを妨げます。またこの10年で発展した情報技術によって進んだ「個人のメディア化」によって、悪気のない個人によるドラマチックな情報がパンデミック化していることも付け加えなければなりません。

 ただ、一つ言えることは、新型コロナウイルスは未経験ではあるものの、それで世界が終わるほどのウイルスではなさそうだということです。マーケットへの影響に話を戻すと、時間の経過とともに必ず収束するタイプの混乱なのですが、悪いことに心臓にカンフル剤を打っても(=金融緩和)、手足がウイルスに感染しているために直ぐには良くなりません。そして治癒にかかる時間も患部によって跛行性が現れるでしょう。言うならば、数ヶ月すると「左足くるぶし(eg,インターネット関連等)はもうピンピンしているのだけれど、右手人差し指(eg,旅行産業等)はまだ治らないんだよね」といった感じです。予後が良い患部と悪い患部に分かれるでしょう。まさに事業選択の眼が問われる局面と言えそうです。いずれにしても一番重要なことは、ウイルスが収束したあとで、投資先の事業が将来的にも富を生み続けることができるのか、ということです。

ガバナンスについて

 この保有先企業が富を生み続けるのかという本質的な命題は、企業のガバナンスにも当然に適用されます。本稿の中でバフェット氏は、自分のお金で自社の株式も買わないような「独立」社外取締役を、飼い主(CEO)の言いなりになるペット犬、コッカー・スパニエルと痛烈に批判しています。「これらの取締役は善人だけれど、ビジネスに向いていない(not their game)」との批判は、痛烈すぎて耳を覆いたくなりますが、今までの長いキャリアの中で21社の取締役を経験してきたバフェット氏の言葉だけに重みがあります。

 日本においても、コーポレート・ガバナンス・コードが導入され、社外取締役の役割が注目されるようになりました。社外取締役の割合に気をとられ、実態面に目が向いているとは言い難い状況ではありますが、一生懸命に取り組んでいることは事実です。しかし、株主ガバナンスが進んでいるはずの米国において、独立社外取締役制度に大きな問題があるとするバフェット氏の指摘が正しいならば、日本企業が現在必死に取り組んでいることは本当に正しい方向なのでしょうか? 今の方向性は「仏作って魂入れず」の典型だと危惧します。むしろガバナンス制度だけが立派な企業の不祥事が頻発している事態をもっと謙虚に精査するべきだと思います。結局は、制度ではなくて中身なのだとしか言いようがありません。それをきちっと主体的に評価できるのは、オーナーシップをもった投資家とその意向を受けた運用者だけでしょう。

 ハーバード大学のステファン・デイビス等の著作「What they do with your money(2016年)」を花岡氏(きんざい)、杉山氏(明治安田アセットマネジメント)とともに訳した本が先日出版されました(邦題「金融システム批判・序説」)。この本の趣旨は、年金受給者などの最終投資家から富を生む企業への資金の流れ(インベストメントチェーン)の中間にある運用者、証券会社、コンサルタント・・・といった多くの仲介業者が、最終受益者のためではなく自らの給料のために働いている、という金融システムに対する痛切な批判です。相当のページをバフェット氏のオーナーシップにこだわる投資哲学に割いており、そしてこの無用に伸び切ったインベストメントチェーンを改善する一つの解決策が「オーナーシップの復権」であると主張しているのです。ガバナンスを考える上でも原則に立ち返るところからスタートしたいものです。

今こそ前を向く

 バフェット氏の投資に一貫する哲学は「オーナーシップ」です。オーナーだからこそ、保有先企業の株価ではなく、その企業が生み出す利益にこだわります。オーナーだからこそその企業を適切に監督するべくガバナンスにこだわるのです。

 近代ファイナンス理論が隆盛の世の中で、バフェット氏の投資哲学、投資手法は極めて原始的かつ洗練度に欠けるように見えるかもしれません。そこには小難しいギリシャ文字もなければ、高度な数学、統計学を駆使した前提もありません。しかし「オーナーシップ」という資本主義の根本原則の上に構築された理論と実践は、まるで物理学のようなシンプルな真理を持っているように見えます。本質的なものは時代が移り変わっても色褪せることはないのだと感じます。

 コロナショックが蔓延する金融市場において、本質に立ち返ることはとても重要です。このような危機の時にこそ、いろいろなものの本質が見えてきます。このようなとき、人はどのように感じ、どのように動くのか? 変わるものはなにか、変わらないものはなにか? 投資とはなにか、私たちは本当に勝てるのか? そのような人間の本質、投資の本質に触れることができる機会に接して、他の人たちと一緒に下を向いている場合ではありません。

 私は「こういう時期にこそ我々のチームの真価が発揮されるのだ」とチームメンバーにブラックなハッパをかけています。金融市場ではリーマンショック、東日本大震災、ユーロショック、ブリクジット…大きなものから些細なものまで、様々な「危機」が割と頻繁に起こります。そういうときこそ、普段からの企業分析の蓄積が大きな意味を持ってきます。と同時に危機を一つ経験するたびに、普段からの企業分析の深さが変わってきます。我々のチームはまだまだこれからです。これからも長期投資という面白い世界の中で、素晴らしいビジネスを探しもとめ、それをより深く分析していくチームでありたいと考えています。

農林中金バリューインベストメンツ株式会社
常務取締役 兼 CIO 奥野 一成

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