日本ではここに来てようやく、消費増税が見送られ、日銀が追加緩和に踏み切るという、正しい方向に経済政策の舵が切られようとしています。日本の経済政策決定において常々感じていることなのですが、我々のように金融・ファイナンスの世界に居る人間からすると当然と思われることでも、経済の専門家である経済学者やエコノミストの一部の方にはそう映っていないことが多く、それ故に賛成と反対が拮抗し、最悪の場合には正反対の政策が取られてしまうケースが日本では多々あります。

そしてそれは多くの場合、経済を近視眼的に見てしまい、「そもそも」という視点が失われていることから来ることによるものだと考えています。例えばそもそも、経済を成長させるにおいて必要な要素は何でしょうか?最も重要な要素の一つは、人間が心理的に、昨日よりも今日が、今日よりも明日が、明日よりも明後日の方が良くなっていると思えることでしょう。将来の方が良くなっていると思えるからこそ、人々は消費をし、投資をし、会社は借り入れをし、設備投資をするのです。経済は人間が動かすものであり、この前提が崩れれば、経済など成長するわけがありません。国の財政は経済が成長することを前提に組まれていますから、成長がなければ財政が改善するはずもありません。

日本の名目GDP(国内総生産)はこの20年間、ほとんど変わっていません。1994年に495兆円だった日本の名目GDPは、2013年に481兆円と、むしろ減少しています。理由は数え切れられないほどあるのでここでは省略しますが、大雑把に申し上げるとこの20年間、経済が成長しそうになると、不思議と必ず、それを抑え付けようとする力が現れてくるのです。それは消費税増税など財政引き締めの形を取ったり、実質的に金融引き締めの形を取ったり、時によってその姿は異なります。80年代バブルの教訓なのでしょうか?まるで景気が良くなることが悪いことであるかのように抑え付ける力が現れてくるのです。

結果この20年間、アメリカのGDPが2.5倍になる中、日本は全く成長しない国になってしまいました。このような状況の下で、人々の心理はどうなるでしょうか?消費や投資を増やしたり、借り入れや設備投資に踏み切ったりしたいと思うでしょうか?むしろ、消費や投資、借り入れや設備投資をしても報われないことに慣れてしまい、それが当たり前の国になってしまうのではないでしょうか?そして経済が成長する国で生活したことがない学生が社会に出たら、そのような行動になってしまうのは当たり前ではないでしょうか?

私は日本にとって今最も重要なこと、それはまず人々が自信を取り戻し、昨日よりも今日が、今日よりも明日が、明日よりも明後日の方が良くなっていると思えることだと思います。過去の辛かった20年と決別し、むしろそれが異常な20年だったと思えることです。

その目的を達成するためであれば、景気が少々行き過ぎようとも、少々物価目標を超えようとも、大きな問題ではないと思います。目先の7-9月期GDPよりも、物価目標の達成よりも、ずっとずっと重要な課題だと考えています。

「2011年04月18日 第281回 復興増税は人災」で記した通り、消費税増税の話が始まったきっかけは東日本大震災でした。私はその前号「2011年03月16日 第280回 財政・金融政策総動員を!がんばれ日本」で消費税減税を提言していただけに、「ああ、また日本は逆をやってしまうんだ」と驚きました。そして後日、当時民主党のブレーンを務めていた経済学者がこう言っていたのを聞いて二度驚きました。「いずれ震災復興需要が起こる。それが消費税を徴収するチャンスだ。」私は「あ~あ、また経済成長を抑え付ける力が現れてきた」と感じました。

日銀の追加緩和についても同じです。メディアが「異次元」とか「バズーカ」とか報道するので、多くの方はあたかも2013年春以降の日銀の量的緩和が十分という印象を持たれていたのではないでしょうか。しかし、私の見立ては全く違います。以下は2013年の私のツイートです。

@horikocapital ・ 2013年4月4日

堀古:日銀の緩和策、ようやく小出しが終わって市場の期待を上回った事は大きな前進だ。しかし実数を比較すると、アメリカが100兆円に対して日本は50兆円。日本の経済規模は3分の1でもマネーストックは2.5倍。中長期的には恐らくまだ足りないくらいだろう。

@horikocapital ・ 2013年8月7日

堀古:繰り返しになるが、日銀の緩和量は足りない。例えばアメリカの年間緩和量のM1に対する比率は40%、日本は12%、期待インフレ率はアメリカ2%、日本1.2%。

さらに、直近の追加緩和は予想外、市場の期待を上回った、との声が多いのにも驚いています。というのは、市場取引から算出される日本の期待インフレ率はこの10月、0.8%近くにまで急落しており、むしろ私は「何故日銀の追加緩和はこんなの遅いのだろう」と思っていたからです。ちなみに今年の1月、私はテレビ東京のシンポジウムで、日銀の2015年度消費者物価上昇率予想は1.9%、民間の予想は1%以下、市場の期待インフレ率も1%程度であることをご紹介し、追加緩和が遅れる可能性について述べさせていただきました。予想が外れるのは民間の会社でもあることで仕方ないかもしれませんが、今後はより現実的な見通しを前提とし、タイムリーな政策を期待したいものです。

とはいえ、結果的に消費増税が見送られ、日銀が追加緩和に踏み切るという方向性は歓迎すべきだと思います。願わくば、消費増税見送り判断が専門家間であれほど拮抗したものでなく、また日銀の追加緩和が賛成5反対4とギリギリの決定ではなく、即ち、それらの決定が近視眼的なものでなく、もっと大きな「そもそも」を考えて、のものであればさらに良かったと思います。

(2014年11月15日記)