本レポートに掲載した銘柄

トヨタ自動車(7203)、富士重工業(7270)、日産自動車(7201)、マツダ(7261)、デンソー(6902)、村田製作所(6981)、アルプス電気(6770)、任天堂(7974)、小野薬品工業(4528)

特集:トランプ新政権の経済政策と日本企業

1.トランプ新大統領の経済政策

11月8日実施されたアメリカ合衆国の大統領選挙で、ドナルド・トランプ氏が当選した。選挙戦の最中から、移民の制限、輸入関税の引き上げなどの主張を繰り返していたため、新大統領の経済政策がどのようなもので、日本企業に対してどう影響するか、今後の株式市場にとって重要な問題である。

本稿では、選挙戦の中で同氏が主張してきたことが実現された場合に、日本企業にどのように影響するかを考察した。ただし、今後の政権移行の過程で、あるいは、来年1月20日の正式就任後に、これまで同氏が主張してきたことが修正される可能性もある。したがってトランプ新政権の経済政策については、今後のトランプ氏の言動を見守る必要がある。

2.公共投資増加と減税(によるドル高円安)

トランプ新大統領はドル高論者ではないようだが、同氏の主張ではドル高円安になると言われている。実際に足元ではそうなっており、8月に一時1ドル=100円を割れたドル円レートは本稿執筆時に1ドル=110円台になった。トランプ氏の主張である公共投資の増加と減税による景気刺激策を実行すると、アメリカ財政は悪化する可能性が高い。それに、FRBが進めている利上げが重なると、今の円安が定着するか更に円安になる可能性がある。

今の円安が続いた場合に、企業業績にどのようなインパクトがあるのかを測ったのが表1である。代表的な輸出産業である自動車、電子部品、ゲームの各セクターの主要企業について、円安メリットを計算した。企業ごとの下期前提レートと楽天証券の下期想定レートの差から営業利益に対する年間円安メリットを計算し、その半分を下期分の円安メリットとした。下期想定レートは、10月の平均レートを1ドル=104円、1ユーロ=114円、11月以降1ドル=109円、1ユーロ=116円が続くとして、下期平均を1ドル=108円、1ユーロ=115円とした。なお、新興国通貨の影響は無視した。

表1によれば、今のドル円、ユーロ円レートが続いた場合、円安メリットの実額が最も大きいのがトヨタ自動車で、本田技研工業、富士重工業と続く。これ以外の自動車完成車メーカーと自動車部品メーカー、電子部品メーカーでは、村田製作所の円安メリットが比較的大きいだけで、各社とも数十億円に留まっている。

ただし、今期会社予想営業利益に対する円安メリットの比率を見ると、自動車では、富士重工業が10.9%と最も高く、トヨタ10.0%、ホンダ7.4%と続いている。自動車部品では、主に国内半導体工場で生産しているルネサス エレクトロニクスが6.8%となっている。電子部品とゲームでは、アルプス電気の11.7%が最も高く、TDK8.6%、任天堂8.0%、村田製作所7.0%となっている。

このように実額と営業利益に対する比率の両面から見ると、今の円安でメリットを受ける会社は、自動車と自動車部品では富士重工業、トヨタ自動車、本田技研工業、ルネサス エレクトロニクス、電子部品・ゲームでは、アルプス電気、TDK、任天堂、村田製作所と言えよう。

表1 自動車各社に対する為替の影響(試算):2017年3月期

表2 自動車部品各社に対する為替の影響(試算):2017年3月期

表3 電子部品、ゲーム各社に対する為替の影響(試算):2017年3月期

3.保護貿易主義の影響

トランプ氏は選挙中、選挙後に日本からアメリカへ輸出する自動車への関税引き上げや、NAFTA(北米自由貿易協定、アメリカ、カナダ、メキシコが加盟)からの離脱を主張している。これらの政策がもし実現した場合の自動車メーカーへの影響を考えてみたい。

表4は、自動車各社に対するアメリカ、メキシコの比重を見たものである。日系自動車メーカーの多くにとってアメリカ市場は最重要市場であるが、これは国土が広く車社会であること、人口が約3.2億人と多く、かつ人口が順調に増加している先進国でほぼ唯一の国であること、大排気量、高価格で採算がよいSUV、ピックアップトラックが良く売れる市場であることなどによる。一方で、日系自動車メーカーは過去何回か日米貿易摩擦にも遭遇しており、そのため、歴史的にアメリカでの現地生産を拡大してきた。

また、1994年に発効したNAFTAでは、現地調達率が高い(60%以上あるいは62.5%以上)自動車と自動車部品をアメリカに輸出する場合、アメリカの輸入関税がゼロになる。そのため、人件費が安いメキシコに自動車や自動車部品の工場を建設し、アメリカへの供給拠点にしようという動きが広がった。日系メーカーでは、日産自動車、本田技研工業、マツダの3社が戦略工場を建設、稼動している。完成車メーカーの動きに呼応して、デンソーなどの部品メーカーもメキシコに進出している。

従って、アメリカがメキシコからの輸入に対して関税を掛けると(どの程度の関税かにもよるが)、進出した各社にとってメキシコ工場の意義は相当減じられることになろう。

同様にアメリカが日本からの輸入に対する関税(現在は乗用車で2.5%)を引き上げるならば、アメリカの現地価格を値上げするか、アメリカ工場を増強する必要があろう。

メキシコからアメリカへ、あるいは日本からアメリカへの輸入関税を引き上げる動きが顕在化した場合、対応力が大きいと思われるのが、メキシコ工場を持っておらずアメリカ工場の増強を行っている富士重工業、メキシコ工場の規模が小さくアメリカ工場の増強を行っているトヨタ自動車である。それに続くのは、メキシコ工場の規模が大きいがそれ以上にアメリカ工場の規模も大きい本田技研工業である。

一方で、メキシコ工場が世界戦略の要になっている日産自動車、マツダは世界戦略の練り直しが必要になるかもしれない。特にマツダはアメリカに工場を持っていないため、トランプ新政権の対自動車政策には注意が必要だろう。

また、自動車部品メーカーにとっては、デンソーのような大手の場合、メキシコでの生産規模がアメリカに比べ小さいため、対応可能と思われるが、中堅以下の部品メーカーの中には対応に苦労する会社が出てくる可能性はあろう。

なお、自動車メーカーの中で、スズキは2012年にアメリカから撤退した。そして、成長市場であるインドを主軸として、日本、アジア、欧州に展開している。この選択は評価してよいだろう。

表4 日系自動車メーカーのアメリカ販売とアメリカ・メキシコ生産(2016年4-9月)

4.環境規制の緩和

トランプ氏は、2015年12月に締結され、2016年4月から署名が始まった「パリ協定」からの離脱を訴えている。パリ協定は地球温暖化対策のために各国が行動すべき事項を定めているが、日本はまだ批准していない。

これは全くの私見だが、パリ協定に限らず、その前の京都議定書も含めて、地球温暖化対策の国際規制は欧州主要国が主導している。そこでは日本が過去行ってきた環境に対する努力は評価されていない。ちなみに、欧州各国の大気汚染は、フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正の影響もあり、日本に比べ相当ひどいと言われているが、欧州各国がVWを罰しようという動きはないようだ。

従って、トランプ氏がパリ協定から離脱し、仮にそれがパリ協定崩壊に繋がったとしても、日本が不利益を被ることはないと思われる。むしろ、原発再稼動が難しく、太陽電池などの新エネルギーも当てにならない日本の現状では、最新の火力発電所を充実させることができるだろう。

また、環境規制の有無に関わらず、消費者の嗜好から見て、アメリカでは大排気量のSUV、ピックアップトラックが売れ続けると思われる。これは日系メーカーにとって重要な収益源であり、これらの中大型車の現地生産拡大が重要になろう。

一方で、カルフォルニア州のZEV(Zero Emission Vehicle)規制では、エコカーとしてEV(電気自動車)、FCV(燃料電池車)、PHV(プラグイン・ハイブリッド)などが指定されており、これらの車を一定量販売して、販売する車全体の排ガス量を削減することが求められている。エコカーに指定されている車は、Zero Emission、すなわち原則として排ガスゼロ車であり、そのためPHVは指定されているがHVは対象外である。排ガス規制が達成できない場合は他社からクレジット(排出権)を買うか、罰金を払わなければならない。このような州単位での環境規制は今後増えることが予想される。

この意味で、アメリカの自動車市場は規制と市場の在り方が両極端になっていると言えよう。上述のように大排気量車は自動車メーカーの収益源だが、一方の極であるEVではテスラが売れている。アメリカでも欧州でもエコカーは一種のブランドであり、グラフ1のように、アメリカではテスラ・モーターズのEVの人気が高い。日系ではトヨタ自動車が来年早々にプリウスの新型PHVをアメリカで発売する予定だが、これの売れ行きが注目される。

ちなみに、日本で人気があり欧州でも評価され始めているHVは、アメリカでは道路事情から燃費改善効果が期待できないため不人気である。HVは減速時のエネルギーを電気に変換し蓄電池に貯めて、その電気でモーターを回して発進、加速することで排ガスを減らし燃費を改善する。ところが、郊外では市街地のように頻繁に減速することがないため、燃費改善効果が出にくい。このような事情に日系メーカーが対応するならば(例えばセダンやHVに対して必要以上のインセンティブをつけないようにして、EVを早めに投入するなど。アメリカでは販売不振のセダンに対する販売奨励金(インセンティブ)が、日系、米系問わず多くの自動車メーカーにとって業績上の負担になっている)、アメリカ市場で一定の利益を上げ続けることができると思われる。

グラフ1 電気自動車の販売台数

(単位:台、出所:AUTODATA、日産自動車資料より楽天証券作成)

グラフ2 アメリカの新車販売台数(年率換算)

(単位:100万台、出所:AUTODATAより楽天証券作成)

5.移民制限の影響

トランプ氏は移民の制限を主張している。アメリカは、欧州、日本と比較して、順調に人口が増えている国だが(IMFによれば2011年3.12億人、2016年推計3.24億人)、これは移民が多く、移民からの出生数が多いためであろう。また、数多くの移民が重要な労働力になっていることは否めない。

人口増加は、自動車やスマートフォンをはじめとして、あらゆる産業、市場に対して良い影響がある。例えば、足元では横ばいになって一進一退の状態になっているアメリカの自動車市場は、人口が増え続ければいずれ回復し安定成長へ向かうと思われる。

移民の問題がどうなるか、アメリカ経済の今後を見る上で注意が怠れない。

6.IT産業への対応

トランプ氏はエネルギー産業や金融などの伝統的産業に優しく、IT産業には厳しいと言われている。実際に、iPhoneを中国で生産し、アメリカでの税金の払い方が少ないアップルを批判している。

もし、トランプ政権の政策によってアメリカのIT産業の競争力が低下した場合、日本にとっては、まず電子部品セクターが影響を受けると思われる。ただし、スマートフォンに限れば、アップルはサムスンや中国のスマホメーカーと競合している。アップルの国際競争力が低下する場合、一時的に村田製作所などの電子部品大手にネガティブな影響が出る可能性があるが、中国スマホの上位メーカーがその隙間を直ちに埋め合わせると思われるため、最終的には日本の電子部品メーカーへの影響は軽微と思われる。

7.とりあえず静観するしかないが、円安は日本株にプラス

トランプ氏がどのような政策を採るか、今後の動きを見守るしかない。あまりに極端なことは控えるだろうが、支持者を裏切るようなことも出来ないだろう。

上述の影響分析では、まず円安メリットが重要である。また、アメリカ国内での生産が活発な会社を選んだほうがよいと思われる。あるいは、アメリカと関係ない会社も選んでみたい。完成車メーカーでは、トヨタ自動車、富士重工業、スズキ、自動車部品メーカーまたは自動車関連の半導体メーカーでは、デンソー、ルネサス エレクトロニクスなどである。

電子部品メーカーは、円安メリットがあることがポジティブ材料だが、12月以降のiPhone需要がどうなるかという問題がある。トランプ政権のアメリカIT産業に対する態度は、実際のところは来年1月に正式就任した後でなければ分らない。村田製作所、TDK、アルプス電気、日本電産に注目したい。

銘柄コメント

任天堂

1.「スーパーマリオラン」、12月15日から配信開始

11月15日付けで任天堂は、スマートフォンゲームの第一弾目、「スーパーマリオラン」(iPhone用)を12月15日から世界151カ国で順次配信すると発表した。ダウンロードは無料で、3つのプレイモードの一部を無料でプレイすることができるが、全部プレイするには購入する必要がある。料金は、9.99ドル、9.99ユーロ、1,200円で、追加の課金はない。配信国は、日本、アメリカ、欧州諸国のほか、インド、インドネシア、ブラジルなど人口が多い国も含まれている。ただし、中国では配信しない模様。

日本で1,200円の購入価格は、3DS用「スーパーマリオブラザーズ2」(2012年7月発売)のダウンロード価格が4,937円(税込み)であること、手持ちのiPhoneが使えることを考えると、割安感がある。配信開始の通知希望者が既に2,000万人を超えていることから、2,000万人以上が購入する可能性がある。この場合、9.99ドル×2,000万本×110円=約220億円の売上高となる。営業利益率は他の大型スマホゲームの営業利益率から類推して、協力企業であるディー・エヌ・エーへの支払いを考慮しても40~50%と思われるため、この場合の営業利益への寄与は90億円程度と試算される。

実際には、ゲームソフトの出来具合を確認する必要があるが、これからクリスマス商戦に入ること、配信対象国、配信対象人口が多いことを考慮すると、今期中に5,000万人以上が購入する可能性もあろう。この場合は、売上高約550億円、営業利益への寄与は240~250億円程度と試算される。

更には、iPhoneの需要への好影響があるかもしれない。12月15日を待ちたい。

2.3DS用「ポケットモンスター サン・ムーン」、初回出荷1,000万本超

11月16日付けで任天堂の持分適用法会社である株式会社ポケモン(任天堂の出資比率は32%)は、11月18日に全世界で発売される3DS用「ポケットモンスター サン・ムーン」(パッケージ版5,378円(税込み))の初回出荷本数が1,000万本を突破したと発表した。任天堂は、「ポケットモンスター」のゲームソフトの販売代理権を持っており、販売による利益を得る他、株式会社ポケモンの最終利益の32%が任天堂の営業外収益の持分法投資利益に計上される。

18日以降、実際にどの程度売れるかが注目されるが、これからクリスマス商戦に入ることを考えると、今期中に累計2,000万本を超えることも予想される。

3.2017年3月期は上方修正の可能性がある

「スーパーマリオラン」の詳細が決まったこと、3DS用「ポケットモンスター サン・ムーン」の出足好調が確認できたことから、2017年3月期会社予想営業利益300億円は上方修正される可能性がある。会社予想には「サン・ムーン」が推定1,000万本、「スーパーマリオラン」の利益寄与も小額織り込まれていると思われるが、両ソフトの人気度合いを考えると、営業利益で200億円以上の上方修正、即ち通期営業利益は500億円以上になる可能性がある。

この他にも、2017年3月までにスマホゲーム「どうぶつの森」「ファイアーエムブレム」配信開始、2017年3月に「ニンテンドースイッチ」発売予定と重要スケジュールが詰まっている。積極的に投資を考えたい銘柄である。

小野薬品工業

1.「オプジーボ」薬価の50%引下げが決まった

11月16日開催の中央社会保険医療協議会(中医協)薬価専門部会でオプジーボの薬価を50%引き下げることが決まった。新薬価の適用は2017年2月1日になる見通し。

薬価50%引下げの根拠としては、特例市場拡大再算定(特例拡大再算定)が使われた。即ち、

  • 年間販売額が1,000億円を超え1,500億円以下、かつ予想販売額の1.5倍以上の場合は薬価を最大25%引き下げ。
  • 年間販売額が1,500億円を超え、かつ予想販売額の1.3倍以上の場合は、最大50%引き下げ。

の規則に沿ったものとなった。

また、オプジーボのみの緊急値下げになるため、2年ごとに実施される定時の薬価改定の際に改定年の前年9月に行う薬価調査(厚生労働省による)とそれによる各医薬品の市場規模調査は行わず(2018年4月の定時の薬価改定の場合、通常は2017年9月に薬価調査が行われる)、小野薬品工業の2017年3月期オプジーボ売上高予想1,260億円から厚生労働省が市場規模を推定した。この1,260億円に、流通経費7%、消費税8%、医療機関の購入金額と薬価との乖離率(薬価差益)3.45%を加えた。流通経費7%は、業界平均値(「医薬品産業実態調査報告書」より)とした。乖離率は2015年薬価調査における「その他の腫瘍用薬(注射薬)」の平均6.9%の半分とした。この「半分」に特に意味はない模様。

また、8月26日に承認された「腎細胞がん」、11月11日開催の薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会で了承され、近々正式承認される見通しの「再発または難治性の古典的ホジキンリンパ腫」への適用拡大を加味して、オプジーボの市場規模を1,516億円と推定した。

全くの私見だが、メーカー売上高1,260億円を市場規模1,500億円以上に見せるために、各種の計算でつじつまを合わせたという印象がある。

2.小野薬品工業の今期会社予想業績は下方修正される可能性がある

2017年2月1日にオプジーボの新薬価が適用されるため、2,3月の1人当たり月間平均使用金額は、現在の266万円(薬価ベース)の半分になる。また、それまでにオプジーボの買い控えが起こる可能性がある。ただし、患者が必要とする場合が多いため、大きな買い控えは起こらないと思われる。これらの要因をまとめると、今期のオプジーボ売上高は会社予想1,260億円に対して約1,200億円に、全社営業利益は会社予想725億円に対して650~700億円(690億円程度か)になると予想される(表5)。

先週の本稿で示した楽天証券のオプジーボ投与人数の予測に従って、来年2月からの薬価改定を織り込むと、2018年3月期オプジーボ売上高は1,220億円と試算される。民間の調査会社IMSによれば、2016年7-9月期オプジーボ売上高(薬価ベース)は311億6,000万円。同じ期の小野薬品のオプジーボ売上高(メーカー出荷ベース)は281億円なので、流通マージンを含む市場規模/メーカー売上高比は10.9%となる。また、今回の新薬価決定の前提となった会社予想1,260億円と厚生労働省が計算した市場規模1,516億円での市場規模/メーカー売上高比は20.3%となる。そこで、10%と20%のケースで推定市場規模がどうなるかを表5で試算した。

これによると、楽天証券予想の2018年3月期オプジーボ売上高(メーカー売上高)は1,220億円、2019年3月期予想は1,390億円だが、市場規模は市場規模/メーカー売上高比を20%とすると2018年3月期に1,500億円に接近する。もし何らかの理由で投与人数が楽天証券予想よりも増加すると、2018年3月期の年間市場規模が1,500億円を超え、特例拡大再算定の50%薬価引き下げ基準に抵触することになりかねない。

例えば、胃がん向けフェーズⅢは2017年8月に終了する予定だが、フェーズⅢの進捗良好が伝えられており、フェーズⅢ早期終了→早期の申請、承認の可能性がないわけではない。その場合、2017年のオプジーボ市場規模が1,500億円を超えて、2018年4月に予定される定時の薬価改定でも50%引き下げられる可能性がないわけではない。

実際には、次の薬価改定の前提となる市場規模は、2017年9月ごろに予想される厚生労働省の薬価調査に基いて推計される。その市場予測とそれまでの適用拡大や今年から試行されているコストパフォーマンス評価などが加味されて新薬価が決められると思われる。今回のような会社予想売上高からの推計はあくまでも特例である。

ただし、オプジーボの臨床試験は8月に失敗だったとリリースされたCheckMate-026試験(非小細胞肺がんファーストライン)以外は今のところ順調のようであり、毎年重要な適用拡大と投与人数の拡大が予想される。楽天証券の試算では、2018年4月の薬価改定は最大25%の引き下げとなると思われるが、今後の投与人数と適用拡大次第では、最大50%の可能性もあろう。

また、厚生労働省は2018年4月の定時の薬価改定までに抜本的な薬価制度改革を計画している。今回のような異例の薬価改定を見ると、年間売上高1,000億円以上の大型医薬品については、毎年薬価改定の可能性がある。表5はこの毎年薬価改定を前提して試算した。

注:表5の楽天証券試算(先週の本稿の表10に加筆修正したもの)では、オプジーボの投与人数の予測と現在の薬価、2017年2月以降の新薬価から2017年3月期オプジーボ売上高と市場規模を推定したものである。同様のやり方で2018年3月期のオプジーボ売上高を推計し、さらにそこから2018年4月の薬価引き下げ率25%を導き出すという具合に、特例拡大再算定に沿って、順次市場規模と薬価を推定し、そこから業績試算を導き出したものである(薬価引き下げ率は認められる最大値を使った)。投与人数、長期延命患者の前提など各種の前提条件は、先週の本稿と同じである。あくまでも試算であり、今後のコストパフォーマンス評価、制度改正などによって変化する可能性がある。

表5 小野薬品工業の業績試算

3.オプジーボの重要性は変わらないが、併用剤を収益源にする必要があろう

楽天証券の試算のように、オプジーボの毎年薬価引き下げが実現すれば、3年後には月間使用金額が最低で50万円、4年後には最低で38万円になる。今の5分の1から7分の水準である。オプジーボの薬価が大幅に下がることで、医師や病院は高額薬価を気にする必要はなくなる。現在、オプジーボの使用は高額薬価と副作用問題によってある程度抑制されている模様だが、2017年2月以降、医師、病院のオプジーボの使用がある程度は積極化すると思われる。

そしてこの動きが続けば、オプジーボががんを治すための「プラットフォーム」になる可能性がある。オプジーボ単剤によってがんが治るケースはまだ少なく、主たる効果は長期延命だが、オプジーボという「基盤」の上に併用剤や併用療法(放射線治療など)を組み合わせて、2段構えでがんを治す戦略が想定されるのである。

小野薬品にとっては、今回のような大幅な薬価引き下げが続くことは過酷であり、オプジーボ単剤の販売だけでは利益成長は困難になろう。そこで小野薬品が利益成長するためにも併用剤の開発が必要になる。小野薬品の併用剤戦略では、ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)のヤーボイとの併用が活発に研究されているほか、非小細胞肺がんファーストラインのCheckMate227試験では、既存抗がん剤との併用も対象となっている。これらの併用剤によってがんが消滅(寛解)する患者が増えれば、コストパフォーマンス評価も良好となり、楽天証券試算のような急激な薬価引き下げから免れる可能性もあろう。

なお、仮に楽天証券の試算のような急激大幅な薬価下落が実現した場合、様々な副次的効果も予想される。例えば、日本の免疫チェックポイント阻害剤市場への新規参入がほぼなくなる可能性がある。競争相手の可能性があるのはメルク(日本ではMSD)のキイトルーダのみになる可能性がある。もしそうなると、併用剤開発も投与人数が多いオプジーボを対象としたものが中心になると思われる。

また、投与人数拡大は、オプジーボに大きなコストダウンの効果をもたらす可能性がある。

4.ゆっくりした動きになろうが株価の戻りに期待したい

今回のオプジーボ薬価の50%引き下げの後も、今のところ毎年25~50%の薬価引き下げがあることを想定せざるを得ない状況である。そのため、株式市場のネガティブな態度を覆すような臨床試験の成功が望まれる。単剤だけでなく併用剤の成果が望まれる。

当面の株価は底値を探る動きが予想されるが、オプジーボががんを克服するために重要な薬であり、がん治療のプラットフォームになる可能性のある薬であることに変わりはない。ゆっくりした動きになろうが、株価の戻りは期待できると思われる。

本レポートに掲載した銘柄

トヨタ自動車(7203)、富士重工業(7270)、日産自動車(7201)、マツダ(7261)、デンソー(6902)、村田製作所(6981)、アルプス電気(6770)、任天堂(7974)、小野薬品工業(4528)