1.2015年5月25日の週の相場概況:円安で日経平均株価は続伸。

5月25日の週の株式市場は、好調に推移しました。5月22日にあったアメリカFRBのイエレン議長の講演会で、年内の利上げに前向きな発言があったことから円相場が円安に向かいました。ドル円相場は、19日から25日までに1ドル=119円台から121円台まで、じりじりと円安となっていましたが、イエレン発言後、26日に一気に1ドル=123円台前半に到達しました。24日以降もドル高円安傾向は変わらず、28日夜には1ドル=124円台前半と、2002年12月以来の円安となりました。29日は再び1ドル=123円台後半になっていますが、依然として円安の状態です。

この円安を受けて、日経平均株価は順調に上昇しました。日経平均株価は5月15日から28日まで10連騰し、28日終値は20,551.46円、高値は20,600円台と、2000年4月以来の株価となりました。29日も13時過ぎの段階で日経平均は20,500円台を維持しています。

物色の対象はまず円安メリット関連の中核として自動車です。トヨタ自動車、本田技研工業、日産自動車、富士重工業、マツダ、デンソー、アイシン精機などの自動車、自動車部品メーカーが買われました。いずれも業績が良く、PERが低いことから物色される素地が十分あるセクターです。

また、電機の中でも村田製作所、日本電産、TDKなどの電子部品関連が買われました。電子部品は高級品ほど国内生産する傾向が強く、また、9月発売と言われる「iPhone6」「同6Plus」の次の機種(iPhone6s?)の商談が始まっていると言われており、これも買いを誘う要因となっている模様です。ソニー、パナソニックも物色されましたが、円安メリットが大きくはないため、動きは電子部品株に比べ鈍いものとなっています。

このように、物色の対象が、自動車、電子部品のようにグローバルに活動する大型株となっている反面、建設、不動産などの内需株、ゲーム、インターネット関連などの中小型株は振るわない状況です。指数を見ても、東証マザーズ指数、日経ジャスダック平均、東証2部総合指数とも鈍い動きです。

円安が続く限り業績の裏付けのある大型株物色は続くと思われます。中小型株で業績変化の乏しい銘柄については、自動車、電機中心にグローバル企業への乗換えを検討してもよいと思われます。

グラフ1 日経平均株価:日足

グラフ2 東証マザーズ指数:日足

グラフ3 東証各指数(2015年5月28日まで)を
2012年11月14日を起点(=100)として指数化

グラフ4 ドル円レート:月足

2.特集:円安メリット関連銘柄-トヨタ自動車、富士重工業、村田製作所、任天堂など-

円安になってきた

今回の特集は「円安」です。為替レートは5月18日の週からじりじりと円安になっており、22日のイエレン発言で弾みがつきました。この動きが続き、1ドル=120~125円のレンジでドル円レートが定着すると、日本企業の中でグローバルに展開している企業群の業績変化や国際競争力に大きなプラスの影響が出ると思われます。

円安メリットが企業の営業利益に影響を与えるルートには二通りあります。一つは、日本企業の海外現地法人のドル建て利益の円換算額が円安によって膨らむことであり、多くの企業の円安メリットは、今は実はこのタイプです。日本企業が海外現地生産を拡大しても、ドル建て利益が拡大するのであれば、円安メリットはプラスになるはずです。

ただしこの場合、海外工場が使う部品、材料の現地調達率が低く、日本から主要部品、材料を輸出している会社のほうが、現地で多くの部品、材料を調達している会社よりも、円安メリットが大きくなります。

もう一つは、伝統的なドル建て輸出を行っている会社です。自動車では、トヨタ自動車、富士重工業など、電機では、村田製作所、日本電産、TDKなどです。ただし、ドル建て輸出が多くても、日本で売る製品を海外工場から輸入する場合は、円安メリットは少なくなります。パナソニックなどは、白物家電が代表例ですが、製品輸出、製品輸入とも両方を行っているため、円安メリットは少なくなります。

円安は、グローバルに活動する日本企業、特に製造業企業の国際競争力を一変させる可能性があります。今は日本からの輸出が増える状況ではありませんが、これは円高時代に国内から海外に工場を移した企業が多いためです。一度海外に移した工場が日本に戻ってくることは容易ではありません。しかし、その製品を増産するにあたって、グローバルに生産地の最適配置を決めるときに、今の為替レートが続くと考えるならば、日本が最有力候補になる製品は少なくないと思われます。

例えば、自動車の中でも中級、高級の自動車のように、価格が高く、日本に部品材料産業が揃っていて、生産し易い製品です。電子部品も高級品はこの中に入ると思われます。反対に、自動車では小型車、電子部品では中低級品、自動車部品では海外工場に送ると嵩張るもの(ラジエーター、エアコン、ドアのような構造部品など)は、輸送費を考えると、日本から輸出するよりも海外で現地生産するほうが合理的となると思われます。

このように、円安になったからと言って、グローバルに活動している企業の全てに円安メリットが発生するわけではありません。セクター内でも企業によって大きく異なる傾向があります。銘柄選択の際に注意したいところです。

表1 自動車、電機等の円安メリット(試算)

円安メリットセクターと銘柄・自動車

表1は、自動車、自動車部品、民生用電機、電子部品、ゲームの分野の主な企業で円安メリットを試算したものです。対ドル、対ユーロのみを試算し、新興国通貨などは無視していますので、あくまでも参考程度のものです。

ただし、現在進行中の対ドル円安が日本の加工型製造業の大手企業に与える影響は理解できると思われます。

まず自動車セクターから。今の1ドル=123円台の円安が続けば、トヨタ自動車の2016年3月期営業利益は3兆1,000~2,000億円(2015年3月期は2兆7,506億円)になると試算されます。今期会社予想は2兆8,000億円ですので、この規模の巨大企業に対しては円安は大きな増益要因となります。

本田技研工業以下の企業に対しても、円安メリットが発生すると思われます。中でも日産自動車、富士重工業は円安メリットを加えた今期営業利益の伸び率が約30%増となり、円安メリットで大幅増益となる可能性があります。日産自動車の場合は、中国、ロシアの各事業がリスクになりますが(例えば、中国では乗用車の値引き販売が多くなっていると言われています)、富士重工業は、主たる販売地域がアメリカと日本であり、レガシィ、アウトバックなど多くの車種が好調に売れているため、円安がダイレクトにプラス要因になっています。

反面、円安メリットが相対的に少ない自動車メーカーもあります。本田技研工業は、北米、東南アジア、日本など主要地域で、生産=販売を完結させる生産販売体制を構築してしまったために、日本からアメリカへの輸出が少なく、円安メリットは少なくなっています。マツダはもともと日本での生産比率が高い会社でしたが、メキシコ工場を稼動させ現地調達率を引き上げていることで、前期23億円あった対ドルの為替感応度が今期は13億円に減る見込みです。ただし、海外事業が拡大すれば、来期には為替感応度が拡大する可能性があります。

民生用電機

ソニーでは、対ドルで1円の円安につき営業利益に70億円のデメリットが発生し、ユーロでは同じく55億円のメリットが発生します。今の為替レートと会社側の今期前提で試算すると、合計では円安はプラスになります。ただし、対ドル円安が行き過ぎると合計でマイナスになってしまう可能性があるため、注意が必要です。

ソニーのセグメント別の為替感応度を見ると、モバイル・コミュニケーションズがドル50億円のマイナスで、ユーロ20億円のプラス、ゲームがドル30億円のマイナスでユーロ15億円のプラス、ホームエンタテインメント&サウンドがドル25億円のマイナス、ユーロ10億円のプラス、デバイスがドル30億円のプラス、ユーロはゼロとなっています。ドル高が進むにつれて、これまで問題事業だったモバイル・コミュニケーションズ(スマートフォン事業)、ホームエンタテインメント&サウンド(テレビが含まれる)の採算が再び悪化する可能性があります。スマートフォン事業の日本事業の強化や、4Kテレビでも高級品の拡販など、より儲かる商売をするしか解決策がありません。

ゲームは中国でハードウェアを生産して日本に輸入しているため、対ドルでは円安デメリットが発生しますが、これは、ソニー・ゲーム部門がハードの利益とサードパーティからのロイヤルティに頼っていることに要因があると思われます。いわゆる「ファーストパーティ」(親密ソフト会社)との共作ソフトが増えてはいますが、任天堂のように自社の正社員が自社製ソフトをヒットさせる構図をある程度作らなければ、ゲーム部門の損益構造の改善は難しいと思われます。ソニー・ゲーム部門の会社側の今期営業利益予想は400億円で前期比減益になる見込みですが、これは、PS4のネットワークに対する投資を増やすためです。

ただし、ハードウェアのシェアが低く、ハード1台当たりのソフト販売本数もソニーに見劣りする任天堂の今期営業利益見通しが500億円で、円安によって更に上乗せの期待があります。このことを考えると、自社製ソフトでグローバルヒットが中々でないソニー・ゲーム部門の現在の事業の進め方には問題があるのではないかと言う疑問も感じます。

また、会社側は映画、音楽の円安メリットは少ないとしていますが、この2事業のドル建て利益が拡大し、イメージセンサを中心とするデバイス事業(対ドル円安メリットがある)を拡大すれば、円安によって利益は増える構図となると思われます。ソニーの新中期計画における成長領域は、映画、音楽、デバイス、ゲームの4分野ですが、これらセグメントへの投資を増やすことが、この円安局面でもソニーの成長に繋がることになると思われます。

なお、パナソニックは為替レートに左右されない生産販売体制を整備しており、為替感応度は年々低下しています。

電子部品

円安メリットを考えるときに電子部品セクターの大手企業、村田製作所、日本電産、TDKなどは重要です。電子部品でも低級品、中級品は海外、例えば中国での生産が盛んですが、高級品は日本国内での生産を続けている企業が多いです。典型例が村田製作所です。そのため、表1のように自動車ほどではありませんが、少なからぬ円安メリットがあります。

電子部品セクターには、二つの大きな事業の流れがあります。一つは、スマートフォン向けであり、特にアップルのiPhoneは高級部品を多用するため、その受注を獲得することが電子部品メーカーの成長を左右することになります。詳細は明らかではありませんが、今年9月にも「iPhone6」「同6Plus」の次の機種(「iPhone6s」?)が発売されると思われます。その部品の商談が既に始まっていると言われています。次の機種にも新技術が搭載され、各種の高級部品が使われると思われます。

一般論で言えば、高級スマホには、村田製作所、TDKなどのチップ積層セラミックコンデンサ(電圧制御に使い、電子機器で多用される)、SAWフィルタ(ノイズを取り除き電波を選別する)、デュプレクサ(受信電波と送信電波を同時にやり取りする)、村田製作所のWiFiモジュール(無線LANモジュール)などが使われます。1台に複数個使う部品や、3Gから4Gに世代が進むに従って、搭載個数が増えていく高級部品も多いです(例えば、チップ積層セラミックコンデンサ、SAWフィルタ、デュプレクサなど。また無線LANモジュールは必須になります)。また、日本電産の振動モーターが、次世代の高級スマートフォンに搭載されると言われている「ハプティック(触覚)・デバイス」(手の触覚を通じたインターフェース)として需要が増えると思われます。

二つ目は、自動車向けの需要です。ハイブリッドカーや低燃費技術、自動ブレーキや運転支援システムの普及によって、自動車の電子化が進んでいます。特にハイブリッドカーは電子化が進んでおり、自動車を運転するというよりも、ロボットを操縦すると言う趣になっています。デンソーやアイシン精機のような自動車の電子化に関わっている大手自動車部品メーカーだけでなく、村田製作所、日本電産、TDK、アルプス電気など大手電子部品メーカーにとっても自動車は有望な市場です。

このように、電子部品メーカーのファンダメンタルズは良好ですが、これに今回の円安が加わることになります。

ゲーム(任天堂)

グローバルに活動する日本のゲーム会社は、ソニー、任天堂、カプコンぐらいになってしまいました。前述のようにソニー・ゲーム部門は対ドル円安でデメリットとなります。一方で任天堂は、円安メリットが発生します。

任天堂の円安メリットには二つあり、ハードウェア、ソフトウェアの海外販売から得る外貨建て営業利益の円換算値が円安で増える円安メリットです。1ドル=123円台、1ユーロ=135円台が続くと想定すると、会社予想営業利益500億円に約140億円が加わることになります(表1で試算したもの)。今の任天堂にとっては少ない金額ではありません。

もう一つの円安メリットは、手元にある外貨建ての現預金と売掛金から買掛金を差し引いたネットの外貨建て債権の円換算値が円安で膨らむメリットです。2015年3月末で、ドル建てで21億1,200万ドル、ユーロ建てで8億8,600万ユーロあります。2015年3月末レートが1ドル=120.17円、1ユーロ=130.32円ですので、今の1ドル=123円台、1ユーロ=135円台が続けば、2016年3月期の営業外損益の為替差益として、単純計算で60億円(ドル建て分)+41億円(ユーロ建て分)、計約100億円が計上されることになります。今の任天堂の利益水準は過去と比べ低いため、この程度の為替差益でも業績変化率を押し上げることになります。

もっとも、営業利益への円安メリットが顕在化するには、ゲームのハード、ソフトが目論みどおり売れることが必要です。当面は、海外での3DS用ソフト、Wii U用ソフトの売れ行き、年末に予想されるスマホゲームの動向に期待したいと思います。

注目銘柄

これは、いずれのセクター、銘柄でも言えることですが、ファンダメンタルズが良好な場合、基本的な業績が好調な場合に、円安メリットは大きくなります。この点に気をつけて銘柄選別をしたいと思います。具体的には、トヨタ自動車、富士重工業、村田製作所、日本電産、TDKなどに注目したいと思います。また、ソニーと任天堂については、ソニーは映画、音楽、デバイス、任天堂は海外市場でのゲームの売れ行きが良好ならば、円安が業績を後押しすると予想されます。

最後に、今回の円安が長期化する場合、日本企業の国際競争力に大きなプラスの影響が出ると思われます。特に、国際競争力の高い自動車、電子部品についてです。投資妙味を考えるときに、この2セクターは無視できない分野になると思われます。