執筆:窪田真之

今日のポイント

  • トランプ政権が議会に提出したオバマケア代替案は、身内の共和党の反対で可決するメドがたたず、廃案に追い込まれた。トランプ大統領の政策実行力に疑念が生じたことから、先週はドル安(円高)が進み、NYダウ・日経平均とも大きく下落。
  • オバマケア代替案を練り直す際、事前に共和党内で十分に根回しをすれば、可決に持っていくことは可能であろう。共和党案を共和党が否決するという最悪の事態を回避したので、市場は落ち着きを取り戻しそうである。

(1)先週の日経平均の急落要因を振り返り

トランプ米大統領は、オバマケア【注】代替案を議会に提出し、先週23日(木)に、議会で採決する予定でした。ところが、身内の共和党議員に反対が多く、可決するメドがたちませんでした。そこで、採決を24日(金)に延期し、トランプ大統領自身が共和党議員の説得工作を行いました。

ところが、説得工作は成功せず、可決のメドがたたなかったため、24日に、オバマケア代替案の廃案を決定しました。

トランプ大統領は、オバマケア代替案は簡単に可決されると考えて議会に提出したのですが、共和党議員の抵抗は強く、序盤から大きなつまずきとなりました。

この先、公約で掲げる10年で1兆ドルの公共投資や大型減税を実施するためには、議会で予算の承認を取り付けなければなりません。序盤からつまずくようでは、共和党をまとめて思い通りに経済政策を実行するのは無理でないかと、大統領の指導力に疑念が広がりました。

こうした懸念を背景に、先週は、ドルが売られ(円が買われ)、NYダウ・日経平均ともに大きく下がりました。また、森友学園問題をめぐり、自民党の政策実行能力が低下する懸念が出ていることも、日経平均が売られる要因となりました。

【注】オバマケア

米国のオバマ前大統領が始めた医療保険制度改革。自由診療を基本とする米国では医療費が高額になる。このため、民間の医療保険に入って、高額の医療費をカバーする人が多い。ところが、米国には、日本のような国民皆保険制度(すべての国民が医療保険に加入できるように定めた制度)がない。米国には、保険料が払えないために、公的保険にも民間の医療保険にも入ることができず、病気になっても医療を受けられない低所得者が多数いる実態がある。オバマ前大統領は、国民の9割が保険に加入することを目的とする公的医療保険を作ることを目指して、オバマケアを開始した。ところが、財政負担が重いことから共和党はオバマケア廃止を主張していた。一方、オバマケアでも保険料が高いことに不満を唱える国民が多く、オバマケアは失敗との評価が多い。

(2)先週の日経平均は、19,000円割れまで下がってから反発

日経平均日足:2016年11月1日―2017年3月24日

(注:楽天証券マーケットスピードより作成)

先週、22日(水)に、日経平均は前日比▲414円の19,041円と久々の急落となりました。前日の米国市場で、オバマケア代替案が議会で否決される懸念から、NYダウが下がり、ドル安(円高)が進んだことが急落の原因となりました。

ただし、日経平均は、23(木)・24日(金)と2日間反発しました。共和党が出したオバマケア代替案を共和党が否決するという最悪の事態を回避したことから、過度な悲観が緩和しました。トランプ陣営は、採決を断念し、オバマケア代替案を廃案にしました。

短兵急に採決を急いだのが、問題でした。今後、オバマケア代替案を練り直す際には、共和党内で、十分に根回しすることが必要になります。何らかの妥協案を作成し、根回しを行った上で、再提出すれば、可決することはできると考えられます。共和党の反対で共和党案が否決されるという「致命傷」を負わずに済んだことに、市場はとりあえず、ほっとしたところです。

日経平均は反発しましたが、先週のNYダウは、下落が続きました。トランプ大統領の政策実行力に疑念がついた影響はしばらく尾を引きそうです。

NYダウ日足:2016年11月1日―2017年3月24日

(注:楽天証券マーケットスピードより作成)

(3)根が深い「オバマケア問題」

オバマケアは、医療保険に入れず、病気になっても医療を受けられない低所得者が多数いる事態を解消するために、始められたものです。ところが、これには、米国内で反対が多く、オバマケアは失敗という評価が広がっています。

共和党は、財政負担が重くなることに反対しています。オバマケアでも保険料が高くなり、加入できない国民が多いため、米国民も不満を持っています。

トランプ大統領は、こうしたオバマケアへの国民の不満をうまく利用して、オバマケアを批判し、廃止を公約して、国民の歓心を得てきました。

ところが、オバマケア問題の根は深いのです。批判するのは簡単なのですが、それに代わり、みんなが納得する代替案を出すことは容易ではありません。

今回、廃案になった代替案は、既往症を持つ人も加入できる条件が残るなど、財政負担が重いままとなるので、共和党主流派の賛成を得られませんでした。共和党主流派は、基本的にはオバマケアを廃止するだけを目指しています。ただ、それでは、無保険者が再び大きく増えるので、そうならないように、必要最小限の手当てだけする考えです。

一方、オバマケアを批判した向きには、別の考え方もあります。トランプ大統領を支持した低所得者の中には、トランプ大統領がオバマケアを上回る内容の「トランプケア」を発表し、国民みんなが保険に入れるようになると、勘違いしていた人もいるはずです。

トランプ大統領がオバマケアを縮小し、その財源で、公共投資や減税を実行したら、低所得者から見ると、裏切りと映りかねません。

オバマケア批判で名を上げたトランプ大統領ですが、これからは、どんな代替案を出しても、国民から批判される立場に変わることになるでしょう。

(4)日経平均は、今しばらく膠着が続きそう

日経平均は19,000円まで下がれば買いたいと待機している資金があると考えられます。しかしながら、19,600円を抜けて、上昇していくには、まだ材料不足です。今しばらく、19,000-19,600円のレンジで推移すると考えられます。