執筆:香川睦

今日のポイント

  • トランプ大統領誕生で9日に急落した株式市場は10日に急反発。米国市場では「トランプノミクス」(新大統領の経済政策)への期待でダウ平均は史上最高値を更新した。
  • トランプ政権の所得税・法人税減税と財政出動を予兆し米長期金利が上昇。日米長期金利差は2014年4月以来の水準に拡大。ドル円は101円台を底に106円台へ上昇。
  • 市場は新政権の具体的施策を見極めるステージへ。政治イベントを通過して、日本株式の割安感(17年予想PERで12.5倍、予想PBRは1.1倍台)が見直されていく方向へ。

(1)「トランプショック」から「トランプラリー」へ

米大統領選挙(11月8日)での「まさかのトランプ候補当選」を受け、9日の東京市場ではドル円も日経平均も急落。ところが、同日の米国市場で株価とドル円が急反発すると、10日の東京市場では主要株価指数が9ヶ月ぶりの上昇率を記録。「青天の霹靂」とされた前日の「トランプショック」による下落幅を吸収して余りある反発となりました。

特に、米長期金利の上昇を受け、為替相場ではドル円が101円台(東京市場9日)から106円台(米国市場10日時点)に急伸。長短金利差拡大による収益改善期待で日米とも銀行株が急騰する動きに転じました。米国で「恐怖指数」と呼ばれるVIX指数は9日以降急低下し、先行きの警戒感が緩和していることがわかります(図表1)。米国市場ではダウ平均が史上最高値を更新しました(10日時点)。選挙運動中こそ過激な発言が多かったトランプ氏が、当選直後の「勝利宣言」で調和を重視する紳士的な演説をし、同氏に対する印象が改善したことが好材料となりました。議会選挙で共和党が上院と下院の過半以上の議席を維持したことも「ねじれのない安定した政治」への期待に繋がったようです。

図表1:日経平均、ダウ平均、ドル円、恐怖指数の推移

(出所)Bloombergより楽天証券経済研究所作成(2016年11月10日/ダウ平均は11月9日)

(2)「トランプノミクス」は株式市場の支援要因か

トランプ氏が公約に掲げてきた経済政策は米メディアで「トランプノミクス(Trumpnomics)」)と呼ばれています。同氏は「強いアメリカ」を再現するため、(1)所得税や法人税減税に加えインフラ投資など財政出動を実施して内需中心に成長率を高める、(2)規制緩和を進め、金融規制やエネルギー規制を撤廃する、(3)NAFTA(北米自由貿易協定)、TPP、WTO(世界貿易機構)から離脱し国内雇用を守る、などと唱えていました。(1)と(2)は、景気浮揚やビジネスの活性化にプラス(共和党は伝統的にプロビジネスとされる)であり、9日の米国株上昇はこれらを評価した動きと思われます。また、(3)が選挙運動中に支持を集めるための扇動的な表現で、実際の外交が実利的でバランスのある方向へ軌道修正されるなら、市場が安堵する可能性もあります。特に、(1)と(2)への期待で9日の米国市場では長期金利(10年債利回り)が2%を突破して急上昇し、日米の長期金利差は2.12%と2014年4月(2.15%)以来の水準に拡大。これがドル円を押し上げる展開となっており、10日の日経平均急反発の主因となりました(図表2)。9日のFF金利先物市場で、「FRBによる12月の追加利上げ確率」は82%と高止まっている他、トランプ政権のリフレ策期待と財政赤字拡大観測でドル金利はさらに上昇していく可能性があります。米景況感改善と日米金利差拡大によるドル高・円安は日本株の回復傾向を支える要因と考えられます。

図表2:ドル円相場と日米長短金利の推移

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年11月9日)

(3)市場の関心はファンダメンタルズに移るか

意外な結果はともかく、米大統領選挙の実施は「政治イベントの終了」を意味します。株式市場は不透明感(不確実性)を嫌いますので、今後ビジビリティ(先行きの見通し)が改善するのは好材料となりそうです。選挙運動中のトランプ氏は「ポピュリズム(大衆迎合)」と揶揄される過激な発言を繰り返し、資本主義、グローバル化、自由貿易、移民増加に反対する非現実的な公約を示し、経済格差に不満を抱く白人のブルーカラー層を中心に支持を集めてきました。選挙戦中に共和党の主流派幹部がトランプ氏と対立した経緯があり共和党内の修復が不可欠ですが、上院・下院議会とホワイトハウスの全てが共和党の政権が誕生し、政治の安定性と政策遂行の自由度は高まりそうです。その中で、政治経験がないトランプ氏が政策を実行していくには、共和党や両議会の協力を得る必要があり、選挙戦中に主張した過激な政策を実現するのは困難です。一方、日本の外務省は、安倍首相とトランプ氏の初会合を来週17日に設定する素早さをみせました。トランプ氏は、電話で当選を祝福した安倍首相に、「日米関係は卓越したパートナーシップであり、さらに強化していきたい」と明言し、「安倍首相の経済政策を高く評価している。今後数年間、共に働くことを楽しみにしている」と述べたそうです。来週の日米(新)首脳会議で両国の緊密な関係維持が確認されれば、貿易や安全保障を巡る過度の悲観が後退する可能性があります。

中長期の時間軸でみると、新しい米大統領政権誕生に伴う政治的な不透明感が後退するに連れ、市場はファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に関心を移していくと考えられます。日米株式市場の業績見通しとバリュエーションを主要市場指数ベース(S&P500指数とTOPIX)で一覧してみると、2017年の業績見通しはともに増益(市場予想平均)で、新年を視野に入れた予想PER(株価収益率)に割安感があります。例えば、日本株(TOPIX)の17年予想PERは12.5倍、予想PBRは1.1倍、予想配当利回りは2.3%であり、超低金利環境を加味したバリュエーションに割安感は否めません(図表3)。

今後の米政治経済動向に楽観はできませんが、「トランプ新大統領の世界」を巡る不透明感が後退するなら、米国株の堅調でリスクオン(選好)姿勢を回復した外国人投資家が、業績見通しや割安感の面で日本株を見直してくる可能性は高いと考えています。

図表3:日米株式の業績見通しとバリュエーション指標

*業績予想やバリュエーション指標は指数ベースのEPS(1株当り利益)、BPS(1株当り純資産)、
DPS(1株当り配当)の市場予想平均(Bloombergによる集計)にもとづく。
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年11月9日時点)

米大統領選挙動向については、下記もご参照ください。

特集名:2016年アメリカ大統領選と投資の世界市場をプロが先ヨミ!

リンク:https://www.rakuten-sec.co.jp/web/special/us_presidential_election2016/