執筆:香川睦

今日のポイント

  • 米大統領選挙を巡る不確実性が高まってきた。「トランプリスク」を警戒する世界の投資家が米国株式とドルのポジションを減らす動き。その影響が東京市場に波及している。
  • 二候補の支持率差が急縮小。選挙人の獲得予想ではクリントンが優勢を維持し、予測市場はいまだクリントン当選を予想。ただ、BREXITのトラウマもあり市場の警戒感強い。
  • トランプ候補の当選が現実化するなら、ダウ平均、ドル円、日経平均は一段安へ。クリントン当選なら市場には安堵感が広まり、内外株式とドル円の買い戻しが進むと見込む。

(1)「まさかのトランプ当選」に身構える世界の投資家

金融市場での「ブラックスワン」(黒い白鳥)とは、「あり得なさそうだが、起きる場合は市場に衝撃(サプライズ)が大きい事象」を意味します。8日に本選を迎える米大統領選挙動向で、10月28日にFBI(米連邦捜査局)がクリントン民主党候補の私的メール問題を巡る捜査を再開すると発表。米政治・経済・外交の先行きを巡る不確実性が高まり、投資家のリスクオフ(回避)姿勢が強まったことで株式が下落しました。2日は、日経平均が一時360円以上下落しましたが、同日の米国市場ではドル円が102円台まで下落。為替でもリスクオフの円買いが進んでおり、4日の東京市場でも神経質な展開が続く可能性があります。図表1が示す通り、クリントン候補の新しい疑惑浮上で、トランプ共和党候補の支持率が急上昇し、その差は2ポイント程度まで縮小しています。世界の投資家は、6月24日に実施されたEU(欧州連合)離脱を巡る英国民投票の結果がサプライズであったことから「BREXITのトラウマ」を抱えており、来週8日までは「トランプショック」を警戒する相場が続くと思われます。

図表1:米大統領選挙を巡る支持率平均の推移

(出所)Real Clear Politics、Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年11月2日)

(2)当選確率や選挙人獲得予想の最新動向

10月下旬までは「クリントン候補の当選=オバマ政権下の経済・外交政策の継承」を織り込んでいただけに、事態の急変で世界の投資家がポジション(ドルと株式のロング=買い持ち)を縮小する動きに繋がりました。ただ、米大統領選挙が英国での国民投票(BREXIT)と異なる「間接選挙(Winners Take All)」では、州ごとに得票数が最多だった候補者が州ごとに登録される選挙登録人の全てを獲得する制度で、その総数で当選を決める制度である点には留意すべきでしょう。Real Clear Politicsが予想する選挙人獲得予想では、(全米登録選挙人総数538人のうち)クリントン候補が獲得するとみられる数は226人(約42%)とされ、トランプ候補の180人(約33%)を凌いでいます。従って、各種市場予想(Prediction Markets)は「メインシナリオ」としていまだ「クリントン当選」の可能性が高いと見込んでいます(図表2)。とは言うものの、トランプ候補の盛り返しは「勢い」があり、「トランプショック(トランプ当選)」を憂慮する投資家がさらに警戒感を強めてくる可能性に注意が必要です。

図表2:米大統領選挙を巡る予測市場や選挙人獲得予想

(*)「支持率平均」は、Real Clear Politicsによる各種世論調査の最新平均値
(出所)各種公開情報より楽天証券経済研究所作成(2016年11月2日時点)

本選に向けたリスク要因として、(1)今回の疑惑浮上でクリントン候補への投票を取りやめる(投票を見送る)もしくはトランプ候補支持に回る(?)投票者が増える、(2)本選での得票率や獲得選挙人数が「大接戦」となり結果の判明が遅れる、などと言った事態が憂慮され、こうした場合は金融市場が受ける影響が大きくなると想定されます。また、「クリントン当選」となっても、FBIの捜査結果次第でその進退(来年1月20日に新大統領に無事就任できるかどうか)を含めた波乱を市場は不安視し始めたようです。

(3)リスクシナリオが顕在化した場合の下値目途は

今晩(米国時間の4日朝)発表される米雇用統計(10月分)の結果や市場の消化具合にもよりますが、上述した警戒要因が「トランプショック(トランプ当選)」として現実となれば、さらなるリスクオフ(回避)による米国株売りとドル売りが進み、東京市場で日経平均がさらに下落する可能性もあり警戒を要します。ウォールストリートジャーナル紙(11月2日版)は、総計370人のエコノミスト(ノーベル経済学賞受賞者を含む経済学者など)が「トランプ候補を次期大統領に選出するべきでない理由」を列挙し「反トランプ」を表明する連名書簡を公表した-と報道しました。エコノミストは同書簡で「トランプは米国にとり破壊的かつ危険な選択だ」とし、「民主制度や経済制度に加え、米国の繁栄を脅かす唯一無二の存在になる」と指摘しました。トランプリスクが株式とドルの悪材料であることを象徴しています。そこで、参考情報として、トランプ当選が現実化した場合の日米株価の下値余地を示してみます。過去1年程度のダウ平均と日経平均の推移に、中長期の移動平均線(100日と200日)を重ねたグラフを下記に示しました(図表3)。6月下旬のBREXITを受け、ダウ平均がいったん200日移動平均線を割り込んだ経緯を勘案すると、トランプ当選でも米ダウ平均が200日移動平均線の17,700ドル程度まで下落しても不思議ではありません。こうした場合、リスクオフと米国債利回り低下でドル円の下落(円高)も進むと想定され、日経平均は200日移動平均線の16,500円程度まで下落する可能性も。ただ、今年前半の弱気相場との違いとして、日銀が拡大したETF(上場投信)買入枠で、海外勢など投機筋が売り仕掛けを強める場面では、日銀がETF買入を連日実施して相場を下支える可能性があります。一方、クリントン候補が勝利した場合は、足元まで株式やドル売り(円高)が嵩んできた反動と「安堵感」で、株式とドルを買い戻す動きが期待できそうです。8日の本選結果が、「今年最大の政治リスク」とされた大統領選を巡る不安や警戒感に終止符を打てるかどうかが来週の焦点となりそうです。

図表3:ダウ平均と日経平均と中長期移動平均線

*上記は、株式市場の当面の下値目途について移動平均線を使って検討してみた参考情報です。
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年11月2日)

米大統領選挙動向については、下記もご参照ください。

特集名:2016年アメリカ大統領選と投資の世界市場をプロが先ヨミ!

リンク:https://www.rakuten-sec.co.jp/web/special/us_presidential_election2016/