執筆:香川睦

4日の日経平均は前日比171円高の16,254円と反発しました。今週に入っては、外部環境として米ダウ平均が軟調となり、ドル円が下落(円が上昇)したことに加え、先週末の日銀・金融政策決定会合を契機に国内債券金利(利回り)が反発。日米金利差が縮小したことで円高観測を広め、日経平均の重荷となってきました。本日は、米雇用統計(7月分)発表を前に様子見気分が強く、株式市場は神経質な動きが見込まれます。

5日の日本時間5:30のドル円は101.24円、CME日経平均先物(9月限)は16,225円となっています。

(1)米雇用統計発表を受けた為替の動きに注意

今晩(米国時間の5日朝)発表される7月の米雇用統計では、非農業部門雇用者数は前月比18.0万人増加、失業率は4.8%、平均時給の伸び(前年同月比)は2.6%と見込まれています(=市場予想平均)。前回(6月)の非農業部門雇用者増加数は前月比28.7万人増と市場予想を上回り、直後に発表されたFRB労働市場情勢指数も底入れ感を鮮明にしました(図表1)。ただ、今年前半(1-6月期)の雇用創出ペース(月間平均)は17.2万人増と昨年の同時期(1-6月期の平均=22万人増)と比較して鈍化しています。今晩発表される雇用統計の発表値が市場予想に届かず、最近市場が注目しているFRB労働市場情勢指数(8日発表予定)も低調を印象付けた場合、ドル円が一段と下げる(円高が進む)可能性があり注意が必要です。逆に、市場予想通りの結果が発表され、米雇用環境が着実に改善していることが確認される場合は、市場に安心感が広まると考えます。

図表1:米雇用統計とFRB労働市場情勢指数の推移

(注)FRBが公表する米労働市場の情勢を示す指数。失業率、労働参加率、臨時雇用者数、平均時給、求人倍率など19種類の指標をもとに算出される。
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年6月時点)

(2)日銀のETF(上場投信)買入枠拡大は株価の支え

日銀が7月29日に追加緩和策として発表したETF買入枠拡大(年間3.3兆円→年間6兆円)は需給面で株価を下支えする要因として期待されます。ETF(上場投資信託)とは、Exchange Traded Fundsの略で、株価指数などに連動する投資信託として取引所に上場・取引されています。日銀のETF買入は2010年に始まりましたが、その後幾度か買入枠が増額され、2014年10月の追加緩和で年間3.3兆円ペースまで拡大された経緯があります。

図表2:日銀によるETF買入残高と日経平均の推移

(出所)日本銀行、Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年7月末時点)

これまでの買入で日銀が保有するETF残高は約8.7兆円に達しました(図表2)。年間6兆円の買入枠は、1営業日あたりに平均すると約250億円の買い出動に相当します。日本株式市場にとって、ETF買入増額は「投機筋の売り圧力に対する実弾の強化」として意識され、目先の下値不安を緩和させる効果が期待できます。今回の追加緩和策については、「マイナス金利の深掘り(さらなる利上げ)」が含まれなかったことも、銀行業界に広がっていた先行き業績不安を和らげ、週前半はメガバンクの株価に反発がみられました。8月2日に閣議決定した28兆円規模の景気対策に呼応するタイミングで、先週日銀が追加緩和策で株式市場と銀行業界に意志と配慮を示したことは、(政策意図の是非はともかく=人工的な株価下支えとの批判もあります)弱気筋の売りに一定の歯止めをかけることが考えられます。

(3)米雇用統計よりも注目したい成長戦略の早期実行

ただ、今回政府・当局が打ち出した経済政策や金融対策の効果は限定的に留まり、市場では成長戦略や構造改革の進捗が遅れていることへの不満が根強くなっています。例えば、IMF(国際通貨基金)は8月2日に日本に関する経済審査報告書を公表し、安倍政権に構造改革と中期的な財政健全化策の拡充を要望しました。同報告書上でIMFは、低成長・低インフレからの脱却には「アベノミクスの大幅な改善が必要だ」と訴え、具体的には賃金の引き上げや消費税の段階的増税などを有効策として示していました。実際、政府・当局が目指している「インフレ率2%、実質成長率2%、基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化」のどれも達成する見込みが難しい状況です。IMFは、経済政策の十分な改善がなければ、公的債務の拡大や金融緩和の長期化に伴うリスクが高まる恐れがあるとし、「世界経済に負の影響が広がる可能性がある」とまで警告しました。

今年4月にIMFが公表した世界経済の長期見通しで、今後5年平均実質成長率(見通し)が最も低い主要先進国が日本であったのは寂しい限りです。日本の今後5年平均実質成長率は0.47%と、最近5年の平均(0.81%)より低下して行くとみられるのに対し、豪州、シンガポール、米国、カナダなど他先進国の成長率は2%以上を維持していくと予想されています(図表3)。日本の成長率が停滞していくと予想される要因としては、総人口(労働人口)の伸び鈍化、構造改革(規制緩和など成長戦略)の遅れ、非効率な資金循環(個人の預金や企業内部留保が過多で、成長分野への投資が伸びない)などが挙げられます。

換言すれば、経済成長に必要な3要素(労働人口の伸び、生産性の伸び、投資資金の伸び)が改善しないと、安倍政権が目指す「名目GDP600兆円」の実現が危ういだけでなく、日本株式が「世界景気や為替相場など外部環境の変化に揺らされるだけの市場」であり続けるリスクがあります。

図表3:主要先進国の長期実質成長率予想(IMF見通し)

(注1)最近5年平均成長率=2012年から16年(予)までの実質GDP成長率平均
(注2)今後5年平均成長率(予)=2017年から21年までの実質GDP成長率平均(予想)
(出所)「IMF World Economic Outlook Database-April 2016.」より楽天証券経済研究所作成

(4)まとめ-構造改革に向けた政府の強いアクションを期待

今週の国内株式市場は、米ダウ平均とドル円の軟調に押される展開となり、安倍政権が閣議決定した28兆円超の景気対策は、外国人投資家の関心をそれほど喚起しなかった印象です。昨年に日本株式に対して慎重姿勢に転じたとされる外国人投資家の信頼を取り戻すためには、ETF買入枠拡大によるPKO(株価下支え策)や公共投資を中心とする財政出動で市場や経済の需給ギャップを短期的に埋める政策では足りないと考えられます。

日経平均の行方を左右する外国人投資家は、「働き方改革」など労働規制緩和による雇用市場活性化、外国人労働者の拡大、民間資金や外資の導入によるPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)推進、徹底した規制緩和による起業の活性化、国内企業や個人による投資資金の拡大支援、農業分野の競争力向上などを、日本経済が再び成長に向かうための「構造改革」として注目しているとされます。どれもが、日本のGDP拡大(経済の成長)に寄与しそうですが、既得権益(労働者、官僚、企業)による抵抗も強い分野として知られています。

安倍首相は8月3日、「最優先課題は経済」「デフレからの脱却速度を最大限引き上げる」と表明しました。先般の参院選で勝利し、安定した政治基盤を築いた与党政権にこそ、低成長見通しを打ち破るような構造改革と成長戦略を推進するべく強いイニシャティブを発揮してもらいたいと考えています。