執筆:窪田真之

7月29日昼過ぎに、日銀の金融政策決定会合の結果が発表されました。市場が期待する大規模緩和はありませんでしたが、ETF(指数連動型投資信託)の買い入れ額を年間3.3兆円から6兆円に増額する、大規模な株買い支え策が発表されました。

大規模緩和がなかったので円高が急伸(午後3時20分時点で前日比1円62銭円高の1ドル103.66円)しましたが、株(ETF)買い支え策発表が効いて、この日の日経平均は92円高の16,569円となりました。

29日のNY市場に入り、一段と円高が進み1ドル102.09円となりました。1日で3円以上の円高急伸です。4-6月の米GDP(速報値)が前期比年率1.2%増と、事前予想(2.6%増)を下回り、再び、米景気回復に疑問符がついたことが影響しました。

同日のCME日経平均先物(9月限)は16,320円と、日経平均終値を249円下回りました。

(1)株買い支え役に徹する日銀

29日に量的金融緩和の拡大発表はありませんでした。マネタリー・ベース(市場に出回るマネーの基礎となる部分)の拡大ペースは年80兆円で変更しませんでした。株(ETF)の買い増し額を2.7兆円増額する分、債券の買い増し額を2.7兆円減額したことになります。

日銀は、日本株買い増しを「質的金融緩和」と呼んでいますが、私はこれを金融緩和と呼ぶのは妥当でないと思います。日銀が発表したのは、ただの株買い支えです。本来、中央銀行がやるべきことではありません。やるとしたら、金融危機を防ぐために一時的に買い取ることに、限定すべきです。

今のように金融危機の懸念がない時に、政府と連携して年6兆円も株を買い取るのでは、正常な株式市場の機能を損なう懸念があります。将来、日銀が保有株を売却するときには、株式市場にきわめて大きな需給面の懸念を与えることになるのでしょう。さもなければ、日銀に、日本株を永久保有させるしかありませんが、そうなると、コーポレート・ガバナンスに問題が生じます。

政府・日銀は、これまで打ってきた財政・金融政策が、日本のデフレ脱却に効果がなかったので、ともに目先の成果だけ求める安易な策に流れるようになっています。株式市場に直接介入する姿勢は、資本市場が未成熟な中国政府のやり口と似通っています。

政府の経済対策も、長期的に日本経済の足腰を強くする規制緩和や構造改革を避け、短期的に景気を押し上げる公共投資や、バラマキ型福祉に偏重してきています。政府・日銀が、長期的な日本経済を考えず、短期的に株を上げることばかりを目標にしている印象です。

(2)目先の日経平均は支えたが、円高進行で先行きに警戒残る

日経平均週足:2015年1月―2016年7月

(注:楽天証券マーケットスピードより筆者作成)

7月29日の東京市場は、日銀の株買い支え策発表が聞いて、円高・株安のダブルショックに見舞われずに済みました。

4月28日、6月16日は、日銀が追加緩和なしを発表した直後に、円高・株安のダブルショックに見舞われました。4月28日の日経平均は前日比624円安、6月16日は同485円安でした。7月29日も、円高を嫌気して一時日経平均が302円安になる場面がありましたが、株買い支え策の発表が効いて、その後、上昇に転じました。

ただし、一時的に株安は防いだものの、円高急伸は防げませんでした。今週は、日経平均に円高を嫌気した、売りが出てくる可能性もあります。

(3)日銀の金融緩和は限界?

日銀は、4月・6月・7月と3回連続で大規模緩和の期待を裏切りました。それでも黒田総裁が、9月にも政府と連携して追加緩和を行うと発言したため、今度は9月の追加緩和期待が広がっています。

私は、日銀が追加緩和で打てるカードは尽きてきていると考えています。日銀の財務上の制約が、日銀の大盤振る舞いにいずれ制約要因となると考えています。

 

市場の一部では、ヘリコプターマネー(ヘリマネ)のような大規模緩和を期待する声も出ています。ヘリマネ自体は、財政法で禁止されていて、できないことはわかっていますが、日銀のやっていることは、少しずつヘリマネに近づいています。

ヘリマネは、日銀が「政府が発行する無利息・無期限の債券を引き受けること」と解釈されています。これは、実質、日銀が政府にマネーを譲渡するのと同じです。それは財政法で禁止されています。

今回、市場で期待が広がっていたのは、日銀が「ヘリマネのような」緩和を行うことです。たとえば、以下のような財政・金融策の協調がイメージされていました。「政府が大規模財政出動を決め、新規に40年国債を発行する。日銀はそれにあわせて、40年国債の大規模買い増しを発表する」。

日銀が無利息無期限の国債を直接引き受けるわけではないので、ヘリマネではないが、40年という超長期の低利回り国債を大量に買い入れれば、それは限りなくヘリマネに近い金融政策となります。日銀は、今回は、そうした財政出動と連携した大規模緩和には踏み込みませんでした。

黒田日銀総裁は、29日の記者会見で「必要な場合は、量・質・金利の3次元で追加緩和を講じる」と従来通りのコメントを述べ、先行きの追加緩和の期待を残しました。デフレ色が強まる中、毎回、大規模追加緩和を見送り、「必要なら追加策を行う」と言い続ける、いつものパターンです。

(4)今話題にするのは時期尚早だが、いつか来る日銀金融政策「出口」

2016年3月時点で日銀の総資産が405.6兆円まで膨らんでいるが、純資産は3.5兆円しかありません。日銀券を刷り続けることで、資産規模を膨らませ続けることはできるが、純資産をすり減らすマイナス金利の国債買い取りには、いずれ限界が来ます。日銀は、3月末で、日本株ETFや不動産投資信託などを、約9兆円持っています。ここから、年6兆円のペースでETFの買い増しを続けると、純資産に比べたリスク資産の保有はいずれ過大になります。

日銀にはいずれ、自らの財務を痛める大規模緩和を制限しなければならない日が来るでしょう。「年80兆円のペースで買い増ししているマイナス金利の国債を、年70兆円に減額しなければならない」といったことを議論しなければならなくなるでしょう。そうなると、金融市場に大きなショックをもたらすことになります。

米FRBが大規模緩和を終了した時のプロセスが参考になります。2013年5月、当時、米FRB議長であったバーナンキ氏が、「将来、金融緩和を縮小しなければならない」と発言しただけで、世界中の株が暴落し、「バーナンキ・ショック」と呼ばれました。

黒田日銀総裁が今、「将来、国債買い増し額の減額が必要になる」と口にすれば、同様のショックが東京市場に起こるでしょう。黒田総裁は、日銀の「出口」を誰にも意識させないためにも、「必要ならば、追加緩和をする」と言い続けなければならなくなっています。