日本取引所グループが4月24日に発表した裁定買い残高は3兆5,505億円と、3.5兆円に乗せました。読者の方から「昨年の10月・12月くらいだったと思うが、裁定買い残が3.5兆円まで達すると株価が下がるということをチラッと聞いた気がする。そのことをレポートでとり上げて説明して欲しい」と要望をいただきました。今日は、裁定買い残と日経平均の関係について、解説します。

(1)昨年8月以降は「裁定買い残3.5兆円になったら株は売り」がよく当たっている

百聞は一見にしかず。まず、グラフで過去10カ月のデータを見てみましょう。

日経平均の動き(上段)と、裁定買い残高の推移(下段):
2014年8月4日―2015年5月7日

(注:日本取引所グループのデータに基づき、
楽天証券経済研究所が作成、裁定買い残は4月24日まで)

確かに、裁定買い残が、3.5兆円に達した後、日経平均は短期的に下落しています。

  • 2014年9月:日経平均16,200円辺りで裁定買い残が3.6兆円まで増加→10月に日経平均は14,500円辺りまで下落
  • 2014年12月:日経平均17,900円辺りで裁定買い残が3.5兆円まで増加→12月中に日経平均は16,700円台まで下落
  • 2015年4月24日:日経平均20,020円で裁定買い残が3.5兆円まで増加→5月7日に日経平均は19,291円まで下落

この期間だけ見ると、「裁定買い残3.5兆円で株は売り」がよく当たっています。ただ、もっと長い期間で見ると、この法則は必ずしも当たっていません。

結論から言うと、以下の2点となります。

  • 裁定買い残が短期的に大きく増えた後は、短期的に株が下がるリスクが高い。
  • 過去10カ月で見ると、たまたま裁定買い残3.5兆円到達が売りポイントになっているが、過去には買い残が4~6兆円に達したこともあり、長期的には必ずしも買い残3.5兆円が売りシグナルになるわけではない。

そのことを詳しく説明する前に、裁定買い残の意味を説明します。

(2)裁定買い残の意味

詳しい説明は、後でゆっくり行います。まず、結論です。

<取引所が発表している株式現物の裁定買い残高>=<短期勝負で買い建てられている株価指数先物の残高>

裁定買い残高は、理論的にはスペキュレーション(短期勝負)で買い建てられている株価指数先物の残高と一致します。裁定買い残が3.5兆円あるということは、短期勝負で買い建てられている日経平均先物などが約3.5兆円あるということです(統計の取り方の問題で、実際にはかなり誤差があります)。

短期投資で先物を買っている人が多い状態では、ちょっとしたきっかけで、先物が売られやすくなります。裁定買い残の増加が警戒シグナルとなるのは、短期勝負で先物を買い建てている人が増えていることを示すからです。

(3)裁定買い残3.5兆円は、長期的には必ずしも売りポイントではない

それでは、まず、グラフで2006年以降のデータを見てみましょう。

日経平均の動き(上段)と、裁定買い残高の推移(下段):
2006年4月3日―2015年5月7日

(注:日本取引所グループのデータに基づき、
楽天証券経済研究所が作成、裁定買い残は4月24日まで)

ご覧いただくとわかる通り、長期的には「買い残3.5兆円で株は売り」の法則は必ずしも成り立っていません。

2008年のリーマンショック前は、裁定買い残が4~6兆円ありました。2006年5月に裁定買い残が3.5兆円まで減少したところ(上のグラフで赤の矢印をつけているところ)は、逆に買いポイントとなっています。その後、裁定買い残が6兆円まで増える過程で、日経平均は大きく上昇しています。

2009年に裁定買い残は1兆円割れまで減少しましたが、その後増加に転じ、2013年には再び4兆円まで増加しています(上のグラフで赤の四画で囲っているところ)。この時は、「買い残3.5兆円で株は売り」ではなく、「買い残高4兆円で株は売り」の方が、よく当たっています。

(4)日本株投資へのインプリケーション(示唆)

裁定買い残が短期的に増加した後、ちょっとしたきっかけで株が売られやすくなるのは事実です。実際、足元、日経平均は2万円から下げてきています。ただし、それはあくまでも短期的な判断の参考になるに過ぎません。

長期的に株が売りか買いかは、裁定買い残を見てもわかりません。日本の景気・企業業績の動向によって決まります。私は、これから日本の景気・企業業績の回復色が徐々に強まってくると予想していますので、日経平均が下落している今は、日本株の買い場と判断しています。

私は、4月から始まった新年度に、東証一部全産業(除く金融)ベース経常利益が15%増益すると予想しています。それを前提に、日経平均は12月末に21,000円まで上昇すると予想しています。その際、裁定買い残高は、4兆円台に乗せると考えています。

(5)なぜ、裁定買い残=短期勝負で買い建てられている先物残高となるか

ここから先は、専門的な話となりますので、関心のある方だけお読みください

裁定買い残が増えるプロセスを、解説すると以下の通りです。

  • 日経平均先物を短期勝負で買う人が増えると、先物が現物価格より割高に買われる場面が増えます。
  • 証券会社など裁定業者が、割高な日経平均先物を売って、割安な日経平均採用銘柄をバスケットで買います。これが「裁定買い」と言われる取引です。日経平均先物を売り建てると同時に、日経平均採用銘柄を買うので、裁定業者は、相場が上昇下降するリスクをいっさい負っていません。割高な先物と、割安な現物をセットで買って、利ざやを獲得することを狙っているだけです。
  • 裁定業者は、裁定買いで買い付けた株式現物の金額を、取引所に報告します。日本取引所グループは裁定業者から報告された裁定買い残高を集計して、公表します。

したがって、理論的には、日経平均先物の短期買い建て残高は、裁定買い残高とほぼ等しくなります。

次に、裁定買い残高が減少するプロセスを解説します。

  • 短期勝負で日経平均を買い建てている人が、先物を売り埋め(先物を売って買い建てを解消すること)し始めると、先物が現物価格より割安に売られる場面が増えます。
  • 証券会社など裁定業者が、割安な日経平均先物を買って、割安な日経平均採用銘柄をバスケットで売ります。これが「裁定解消売り」と言われる取引です。この取引によって裁定業者が保有する裁定買い残は減少します。この取引によって、裁定業者は、利ざやを確定することができます。
  • 裁定業者が取引所に報告する裁定買い残高が減少します。取引所が集計して公表する裁定買い残高も減少します。

したがって、理論的には、日経平均先物の短期買い建て残高の減少分だけ、裁定買い残が減少することになります。

<補足説明>

先物の売買目的には、投機買い・ヘッジ買い・投機売り・ヘッジ売りの4種類があります。先物の総売り建て残高と総買い建て残高は、常に一致します。したがって、
(投機買い残高)+(ヘッジ買い残高)=(投機売り残高)+(ヘッジ売り残高)
投機買い残高とヘッジ売り残高が大きく、ヘッジ買い残高と投機売り残高が小さいのが普通です。投機買い残高がどこまで膨らんでいるかを知るてがかりが、裁定買い残高であるわけです。