TPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加は、アベノミクス成長戦略の重要な柱です。近年、日本では製造業の空洞化(海外への生産移管にともなう国内工場の閉鎖)が顕著に見られるようになってきました。空洞化を防止し、強い製造業を復活させるためには、TPPへの参加は必要です。

オバマ大統領来日中に、日米でTPP大筋合意を打ち出せなかったことは、自動車・機械など、日本の製造業にとってネガティブです。日米の結束の固さを海外にアピールできなかったことも政治的にマイナスです。

ただし、これでTPPが実現不可能と決まったわけではありません。たとえ時間はかかっても最終的にTPP参加を実現できれば、日本の製造業は大きなメリットを享受することができます。政府は、7月下旬までに日本のTPP参加が正式決定することを目指して、交渉を続けます。

(1) TPP参加は日本経済・日本株に大きなプラス要因

安倍政権が打ち出した構造改革で最も評価できるのは、TPPへの参加表明です。アメリカと自由貿易協定を結ぶことは、製造業が強い日本に大きなプラス効果をもたらします。そのことは、日本の製造業と競合するドイツ・韓国などの国々はみんなよく知っていることです。

TPP参加が日本にもたらす利益が大きいだけに、世界各国は日本のTPP参加表明に衝撃を受けました。今までTPP参加を渋ってきたアジア諸国も一斉にTPP参加へ流れが変わりました。また、日本のTPP参加表明に刺激されて、日本とEUのEPA(経済連携協定)、日中韓FTA(自由貿易協定)、日豪EPAなどの自由貿易協定が実現に向けて一斉に動き出したのも、日本の製造業にとってポジティブです。

ただし、足元、日本でTPP参加に向けた議論がやや停滞していることに、世界各国は気づいています。TPP参加が絵に描いた餅に終わるのか、世界から注目されています。

(2) 日中韓FTAでは、自由貿易は実現しない

「TPPはアメリカ主導でアメリカの言いなりになるから良くない」「日中韓FTA(自由貿易協定)の実現の方が重要である」という意見を聞くことがあります。これは、大きな認識違いと考えます。

日本は、アメリカに近い資本主義のルールが浸透している国です。農業に保護政策が続いていますが、製造業は自由競争で堂々と世界と勝負しています。世界各国を見渡すと、実はこれは珍しいことです。世界には中国を始め、資本主義のルールや自由貿易が徹底していない国がたくさんあります。

日本にとって大切なことは、中国・ロシアなどの旧社会主義国に、きちんと資本主義のルールを守らせるように働きかけることです。それには、アメリカの援護が必要です。TPPに中国を巻き込んで、アメリカとともに中国に資本主義ルールの徹底を働きかけることは、日本の国益に合致します。日本がTPPに参加しないで、日中韓FTAに加盟しても、中国中心の経済ルールを変えることは難しいと思います。

中国と韓国は、日本がTPPに参加しないで、日中韓FTAにだけ参加することを望んでいます。日本がTPPに参加表明するまでは、中国はTPPへの参加を完全に拒んでいました。米国の自由競争ルールに巻き込まれたくないからです。ところが、日本がTPPに参加表明してから、中国もTPPへの参加を検討せざるを得なくなりました。日本がTPP枠でアメリカに関税フリーで工業製品を輸出できるようになった時、中国からアメリカへの輸出に関税がかかるのでは、中国にとって著しく不利だからです。

韓国が日本のTPP参加を喜ばないのは別の理由によります。韓国は、日本と同様、資本主義のルールがかなり浸透している国です。韓国は既に米国とFTA(自由貿易協定)を締結しており、米国に関税なしで輸出することができます。日本の自動車輸出に関税がかかるのに、韓国からの輸出に関税がかからないことは、韓国車にとってメリットでした。韓国はこの優位を維持したいと望んでいたので、日本がTPPに参加しないことを期待していたのでした。

(3)TPP参加は日本の農業再生の切り札になる

「TPPに参加すると日本の農業は壊滅的ダメージを受ける」「海外から低価格で低品質の食料品が大量に流入し、食の安全が脅かされる」という批判があります。私は、これにも異論があります。

日本の農業を弱体化させているのは、大規模農業を禁止する規制と、小規模農家を保護づけにする農業政策です。最大の問題は、株式会社による農業参入を事実上禁止していることです。株式会社の農業参入を解禁することには、4つのメリットがあります。

  • 資本力の不足を解消
    小規模農家が主体の農業では、資本力が乏しいので、生産コストを大幅に引き下げる大規模化ができません。耕作放棄地が全国に増加していますが、それをまとめて借り受けて農業ビジネスを実行するには、株式会社の参入を認めることが必要です。株式会社は、規模のメリットを生かして、さまざまなビジネス展開が可能です。たとえば価格の高い自然食品を大量生産して価格を下げることも可能になります。
  • 農業収入の安定化
    天候によって収穫量が変動する農業は収入が不安定になりがちです。その結果、日本中で、専業農家が減少し、兼業農家が増加しています。株式会社が農業参入すれば、生産品目を多様化して収入の安定化を図ることが可能になります。天候の影響を受けにくい工場での生産を増やすことも選択肢に入ります。また、食品加工・小売り・外食などにも幅広く事業展開して、総合的な付加価値を高めるとともに、収入の安定化をはかることも可能になります。
  • 輸出の拡大
    日本には、輸出できるくらい高品質の農産物が多数存在します。小規模農家が個別に輸出するのではコストが高くつきますが、株式会社が参入すれば、輸出にも本格的に取り組むことが可能になります。
  • 若年労働者の農業への就業機会を拡大
    今の日本では、後継者がいない農家が多い一方、農業を志す若者が農業に入っていきにくい状況になっているのも事実です。農家出身でない限り、若者がいきなり個人で農業を始めるのはハードルが高すぎます。株式会社農業法人に就職して技術を学び、将来農家として独立することを目指すのが自然です。株式会社の農業参入は、若年労働力の農業への就業機会を増やします。

(4)日本の上場企業には、海外で農業経営を成功させた実績がある

私は、TPPへの参加を決めると同時に、株式会社の農業参入を解禁すれば、長期的に日本の農業は強くなると思います。将来、農業が輸出産業として成長することも可能と考えています。 そう考えるのには2つの根拠があります。

  • 国内に、株式会社の農業参入の成功事例があること
    国内に、株式会社の農業参入を成功させた実例があります。雪国まいたけ(1378)ホクト(1379)がそうです。両社は、工場できのこを生産するという形で、事実上の株式会社の農業参入を実現しています。両社の参入で、高価で庶民の口に入りにくかった舞茸の低価格大量生産が実現し、舞茸は幅広く庶民が口にできる食材となりました。ブナシメジ・エリンギも手軽に入手できる食材となりました。株式会社が土地を大規模に購入して農業に参入することは禁止されていますが、土地を使わない方法で参入することは禁止されていませんでした。雪国まいたけ(1378)ホクト(1379)は、工場で農産物を生産するので、規制にふれずに農業参入を実現しました。
  • 日本企業は、規制のない海外で農業経営を経験していること
    日本企業は、海外で農業経営に成功しています。海外で日本の消費者の基準にあう高品質の農産物を生産し、それを日本へ持ち込むことに成功しています。中国から日本への農産物の大量輸出は、裏で日本の株式会社が主導している場合がほとんどです。
    中国からの農産物輸入はそのほとんどが、日本の商社などが間に入って、日本人の好みにあった農産物の生産指導をしているものです。日本の株式会社が経営指導する中国製のアパレルが日本に大量流入しているのと、同じ構造です。
    国内で株式会社の農業参入が可能になれば、日本の上場企業は、国内の農業を使ってさまざまな輸出ビジネスを立ち上げるでしょう。

<参考>TPPとは

太平洋を取り囲む国々の間で、モノやサービス、投資などが自由に行き来できるようにルール作りを進めるための国際条約のこと。現在、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ、米国、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシア、メキシコ、カナダの11か国がTPP交渉に参加しています。日本は、現在交渉に参加している全11か国の了承が得られ次第、TPP交渉に参加する12カ国目となる予定です。

<TPP参加が実現した場合にメリットを受ける参考銘柄>

乗用車輸出 トヨタ自動車(7203)マツダ(7261)富士重工(7270)
商用車輸出 日野自動車(7205)いすゞ自動車(7202)
機械輸出 コマツ(6301)クボタ(6326)
牛肉輸入 吉野家HLDG(9861)ゼンショーHLDG(7550)

アメリカへの輸出が大きい企業がもっとも恩恵を受けます。中国やインドは現時点でTPP交渉に参加していませんので、中国への輸出では関税負担の軽減はありません。自動車が受ける恩恵が大きいですが、中でも関税率の高いトラック輸出で、よりメリットが大きくなる見込みです。

輸入企業では、アメリカからの輸入食材をたくさん使う牛丼チェーンなど外食チェーンや小売業には恩恵が大きくなります。 一方、TPP発動後に欧米の食品大手が日本に輸出攻勢をかけてくる可能性もありますので、明治HLDG(2269)雪印メグミルク(2270)など乳業大手にはマイナスの影響が及ぶ可能性もあります。