執筆:窪田真之

今日のポイント

  • 仏大統領選の第1回投票結果、マクロン氏とルペン氏が決戦投票に進むことに決定。決戦投票でマクロン氏が勝つとの予想が広がり、市場に安心感が広がった。
  • 仏大統領選を大過なくこなしても、EU火種はつきない。解決不能な問題の元凶に共通通貨「ユーロ」がある。

(1)仏大統領選は5月7日に決戦投票 マクロン氏優勢で市場に安心感

仏大統領選の第1回投票は、事前の世論調査とほぼ同じ結果が出ました。1位は中道・親EU派のマクロン氏で、2位の極右・反EU派のルペン氏と決戦投票を行うことになりました。敗れた第3位のフィヨン氏が決戦投票でマクロン氏を支持すると表明したこともあり、決戦投票では、マクロン氏勝利の可能性が高いとの見方が広がっています。

反EUを唱える極右ルペン氏と極左メランション氏の票が伸びなかったことから、フレグジット(フランスのEU離脱)が進む懸念が低下し、市場に安心感が広がりました。

ただし、これで、EU崩壊の危機が遠のいたと考えるのは、早計です。EUには、なお解決不能の構造問題が多数残っており、反EU勢力が拡大する流れは簡単には止まらないと考えられます。

(2)EU加盟国に、EUへの不満が蓄積

EU加盟国の国民に広がるEUへの不満には、2つの種類があります。

人の移動を自由にするシェンゲン協定への不満

近年、欧州で、イスラム教移民によるテロが増加していることを受けて、EU各国に、反イスラム・反移民感情が広がっています。反移民感情が、そのまま反EU感情につながっています。EUはシェンゲン協定によって、域内の人の移動を原則自由としているからです。EUに加盟しているせいで、移民難民が容易に流入しやすくなっているとの不満があります。

移民は、低賃金労働者として、EU各国経済の底辺を支えてきましたが、最近はそういう移民のプラス面よりも、移民による犯罪増加や、低賃金労働者として仕事を奪うマイナス面に関心が向かいがちとなっています。

ドイツやEU官僚に支配されていることへの不満

EUでは、ドイツが経済的に圧倒的に強く、他のEU諸国はみな、ドイツとEU官僚が決めたルールに支配されているとの不満を持っています。もっとも深刻な不満が、EUの命令によって緊縮財政を強制されるところにあります。

ギリシャでは、2015年1月に政権をとった急進左派連合シリザのチプラス首相が、「ギリシャ人の誇りを守るためにEUの求める緊縮策を拒絶する」と宣言しました。ところが、緊縮策を飲まないと金融支援が得られずギリシャはデフォルトし、EUから追い出されることになるので、最終的にチプラス首相は緊縮策を受け入れざるを得なくなりました。

ギリシャが緊縮策を受け入れ、金融支援が続けられたので、ギリシャの債務危機は鎮静化しています。ただし、ギリシャ国民の心に不満は鬱積しており、いつ再び暴発しないとも限りません。

ギリシャに限らず、スペイン・イタリア・ポルトガルなど、ドイツ以外のEU主要国は対外債務が過剰で、EUの指示によって緊縮財政を行っています。そうした国々で、反ドイツ・反EU感情が醸成されつつあります。

(3)共通通貨「ユーロ」の幻想

出口の見えないEUの構造問題の元凶は何か考えると、共通通貨ユーロに行き着きます。今になってみると、経済構造がまったく異なる欧州の国々が統一通貨を持つという構想は、幻想だったと言わざるを得ません。

ギリシャの債務問題を悪化させたのは、共通通貨ユーロの存在です。ギリシャは2001年に自国通貨ドラクマを廃止して共通通貨ユーロを採用しました。

もしギリシャがEUに加盟せず、通貨ユーロを使用していなければ、ギリシャの通貨ドラクマは、2001年以降、経常赤字の拡大とともに、対ユーロ・対ドルでじりじりと下落し続けたはずです。通貨が下落すれば、輸入インフレが引き起こされ消費が抑えられます。一方、観光業・海運業など外貨をかせぐ自国産業は活性化します。経常赤字拡大→通貨下落→輸入減少・輸出活性化→経常赤字減少という「教科書的な為替調整機能」が働いていたはずでした。

ところが、ギリシャはドイツの信用で支えられた通貨ユーロを使用していたため、通貨は高止まりし、為替による調整機能が働きませんでした。ユーロを使い続けていたギリシャは、経常赤字を拡大させても通貨安による輸入インフレに見舞われることがありませんでした。それで、さらに経常赤字が拡大するという構造に陥りました。

スペインもポルトガルもイタリアも、大なり小なり同じ構造問題をかかえています。自国通貨が下がることによる「消費抑制効果」が働かないため、過剰消費は抑えられません。そのまま放置すると最後は、ドイツなど経済強国からの補助金で、埋め合わせなければならなくなります。そうなっては困るから、ドイツはEUを通じて、強権を発動して緊縮財政を強制します。

スペイン・ポルトガル・イタリア人は、自国通貨の下落によるインフレによって消費が抑圧されるならば、それは自国経済が弱い為とあきらめるでしょう。ところが、EU・ドイツの命令で、緊縮財政をやらされ、それで消費が抑圧され、景気が低迷していると聞かされると、EUへの怒りが蓄積していきます。

今のところ、南欧諸国の反EU勢力は、「反緊縮」「反移民」を唱えているだけで、EUからの離脱を明確には宣言していません。自国通貨を捨て、共通通貨ユーロを採用してしまった以上、それを自国通貨に戻すにはあまりに巨額のコストがかかるからです。EUに留まった上で、EUの規制に反旗を翻すスタンスをとっています。

英国がEUからの離脱を決断できたのは、通貨まで共通化せず、英ポンドを残していたからです。通貨を人質にとられたEU諸国は、EUからの離脱を簡単に口に出来ません。ただし、フランス大統領選で決戦投票に進む国民戦線ルペン党首のように、堂々と反EU・EUからの離脱を唱える勢力も現れてきています。

(4)ドイツにも焦り

EUを主導しているのは、EU最大の経済強国ドイツです。南欧のEU加盟国で勢力を拡大しつつある急進左派勢力や極右勢力など、反EU勢力は、今のところ「EU官僚」「ブリュッセル(EU本部があるベルギー首都)」を、緊縮財政を押し付けて景気を低迷させる元凶として批判しているが、一歩間違えば、批判の矛先は「ドイツ」に向かいかねません。

そのドイツに焦りがあります。経済的に弱体のギリシャなど南欧諸国を、ドイツがEUを通じて財政的に支えていることに、ドイツ国民の不満が膨らんでいるからです。「われわれの税金を使ってギリシャを支えるのはやめろ」という声が広がっています。財政規律を重んじるドイツ・オランダなどは、第2・第3のギリシャが現れることを防止するために、財政状態のよくない南欧諸国に、何としても緊縮財政を守らせなければならないと焦っています。

EUを主導するドイツでも、反移民・反EUを掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」が勢力を拡大する事態が起こっています。