このコラムを読まれている頃には大統領選の勝敗は決まっているかもしれません。しかし、ひょっとしたら、まだ決まっていないかもしれません。トランプ候補は、ネバダ州の期日前投票が、終了時間が過ぎても行われていたと「選挙は不正だ」と訴えていることから敗退しても選挙結果を受諾していないかもしれません。あるいは接戦となった州の再集計を求めているかもしれません。米国の州の中には、僅差だった場合に自動的に再集計を行う州があるといわれています。また、候補や有権者が再集計を請願できる規定を設けている州も多いそうです。再集計を行うことは珍しいことではありません。従って、場合によっては8日当日に新大統領が決まらず、翌日にもつれ込む可能性があります。

大統領選挙期間中のマーケットの動きをみてみると、クリントン優勢の場合は株高、ドル高の動き、トランプ優勢の場合は株安、ドル安の動きを示していました。直前の動きをみてもFBIの「捜査再開」の報道で株安が続き、S&P500種株価指数は先週末までに9営業日続落となり、1980年以降で最長の連続安となっていました。ドル円も105円台前半から102円台まで急落しました。ところが、FBIが「訴追しない」との報道が流れると、S&Pは9連続下落した値幅の半分近く戻し、ドル円も104円台半ばまで戻しました。

このようなヒラリー当選はリスクを取る方向、トランプ当選はリスク回避する方向という流れは、新大統領が決まってもそのような流れになるのでしょうか。ヒラリーが勝利しクリントン大統領となった場合に、ドル高が続くのでしょうか。また、トランプ候補が大統領になった場合にドル安が続くのでしょうか。これまでの単純な図式の動きではなく、これから発表される政策や人事の動きからシナリオを考えていく必要があります。

共和党が勝てばドル高、民主党が勝てばドル安?

米国大統領選挙のたびによく言われるのは、共和党が勝てばドル高、民主党が勝てばドル安という話があります。共和党は為替の動きはマーケットに任せる市場主義を重視するためドル高に動きやすく、民主党は労働者層を基盤としていることから保護主義の傾向があるためドル安に動きやすいという考え方です。また、大統領選の翌年(就任の年)は新大統領に対する期待が大きくなり、ドルが買われやすいという話があります。実際に過去の動きはどうだったかを見てみます。

下表はヒラリーの夫のクリントン大統領以降、在任4年間にドル高だったかドル安だったかを計算した表です。在任期間の4年目の終値から1年目の始値を引き、プラスであれば在任期間はドル高となります。マイナスであればドル安となります。また、クリントン大統領以降再選していますので、8年間のドル高・ドル安も計算してみました。2016年は11月7日時点の終値を使っています。また、在任期間は、就任日の1月20日までの5年目は省略しています(オバマ大統領の場合、2013年1月からの2017年1月までですが、在位期間は2013年~2016年と表示しています)。その下の表は大統領就任1年目がドル高で終わったか、ドル安で終わったかを計算した表です。1年目の12月の終値から1月の始値を引き、プラスであればドル高となります。マイナスであればドル安となります。

米国大統領在任4年間(再選8年間)のドル高・ドル安

米国大統領在任4年間(再選8年間)のドル高・ドル安

この表が示すように、必ずしも共和党=ドル高ではないということがわかります。民主党政権はドル安が多く、オバマ政権の最初の4年間もドル安が続きましたが、8年間ではドル高で終わりそうだということがわかります。大統領就任1年目はどうでしょうか。これは、過去6回の内、5回がドル高となっています。

これらの表の結果は頭に入れておけば参考になりますが、必ずしもその通りにならない場合もあるということは留意しておく必要があります。ヒラリー候補もトランプ候補もTPPに反対していることから、保護主義的色彩が強くなるとみられています。また、オバマ政権時代のドル高が米国の製造業に悪影響を及ぼしていることから、他国の通貨安政策を強く非難し、ヒラリーもトランプもドル高は志向しないとみられています。従って、もし、ヒラリー候補が大統領になっても、これまでのように株高、ドル高に動かない可能性があるかもしれません。トランプ候補が大統領になると、これまでの動きを加速させる可能性もあるかもしれません。

米国は従来から為替政策として表明したことはありません。ある有名な話があります。ある国が米国の高官に対して、為替問題の話をしたところ、「為替問題は米国の問題でない、貴国の問題である」と一蹴したという話です。基軸通貨国として盤石の地位を築いていた時代の話ですが、その伝統はまだ活きているようです。従って、ヒラリーになってもトランプになっても為替政策を表明することは考えられませんが、TPP反対、保護主義的色彩からドル高を嫌うことは十分に予想されます。

もうひとつ留意しておく点は、財務長官人事です。大統領が為替に言及することはほとんどないですが、財務長官はかなり頻繁に時には強く発言します。クリントン大統領時代のルービン財務長官は、「米国は強いドルを求める」と繰り返し主張していました。時には、ルービン財務長官の発言がマーケットに大きな影響を与えることから、財務長官の発言は常に注目されていました。トランプ候補の場合、まだ財務長官の人事ははっきりしていませんが、ヒラリー候補の場合は、現FRB理事のブレイナード理事が最有力ではないかと注目されています。ブレイナード理事はハト派であるため、利上げは好まず、従って人事発表のニュースだけでドル安になる可能性があります。

以上のことを踏まえ、選挙期間中の動きは頭の中ではリセットして、新大統領決定後は、マーケットに対しては中立の構えで臨んだ方がよさそうです。