最近よく目にするのが、「世界貿易の停滞」についての記事です。これまでは、世界経済は成長して、世界貿易も順調に右肩上がりに伸び、その枠組みの中での各国の貿易収支の動きを為替の変動要因として捉えてきました。しかし、この前提となる世界貿易の動きが停滞しているとなると、為替を予想する上で、貿易収支は変動要因として影響が小さくなってくるのではないかという考えから一連の記事に注目しています。
世界全体の貿易収支はゼロですが、国の貿易構造によって貿易収支が黒字の国(輸出が輸入よりも多い国)もあれば、貿易収支が赤字の国(輸入が輸出よりも多い国)もあります。そして「貿易収支の黒字国の通貨は買われ、貿易収支の赤字国の通貨は売られる」という構図になります。つまり、輸出の場合、輸出で稼いだ外貨を自国通貨に換えることから外貨が売られ自国通貨が買われます。輸入の場合、原材料や製品輸入の支払いとして、自国通貨を売って外貨に換えて決済するということになります。貿易黒字国は輸出の方が輸入より多いことから「外貨売り・自国通貨買い」の方が金額的に多くなり、「自国通貨高」要因となります。貿易赤字国は輸入の方が輸出より多いことから「自国通貨売り・外貨買い」の方が金額的に多くなり、「自国通貨安」要因となります。
日本の例でいうと、輸出によって外貨で稼いだドルを、部品の支払いや設備投資の代金の支払いとして日本で通用する円に換える必要があるため、ドル売り・円買いとなります。一方、石油を輸入する場合は、石油代金をドルで支払う必要があるため、円を売ってドルを買うということになります。東日本大震災の後は、輸出の停滞と石油価格の大幅な上昇によって貿易赤字がしばらく続きました。これはドル高・円安要因となります。その後輸出の回復と石油価格の大幅下落によって貿易黒字に転じました。これはドル安・円高要因となります。世界貿易が停滞し、全体の貿易量が減少していることは、貿易黒字や貿易赤字の金額も減少し、ドル買い、ドル売りの金額も減少してきます。そのため貿易収支は変動要因としてその影響が小さくなってくるのではないかという考え方です。
スロー・トレード
世界経済は2000年以降の5%台の成長から3%台に落ちてきていますが、成長はしています。従って、世界貿易が停滞しているのは世界経済の減速によって一時的に停滞しているだけであり、いずれまた回復してくるのではないかとの見方もあります。ところが、最近注目されているのは、こういう循環論的な見方ではなく、貿易の伸びが世界経済の成長率を下回ってきたという構造的な見方に注目が集まってきました。2008年のリーマンショック(金融危機)までは貿易の拡大ペースは世界経済の成長率を上回るのが普通でしたが、近年はそれが逆転する「スロー・トレード」現象が定着してきました。「スロー・トレード」とは、貿易の拡大ペースが世界の経済成長率と比べて伸び悩む現象をいいます。
世界経済の成長率はIMFによると、10月時点で2016年3.1%、2014年3.4%との見通しとなっています。4月時点と比べると2016年、2017年とも変わらずとの見通しとなっています。
参考:IMF世界経済見通し(2016年10月時点)
一方、世界貿易量の伸びは世界貿易機構(WTO)によると、4月時点の2016年の貿易量の伸びの予想は+2.8%と5年連続で3%を下回る見通しとのことです。1995年~2000年の平均伸び率7%の半分にも満たない数字ですが、更に9月時点の予想では、この伸びが前年比+1.7%と4月時点の予想を大きく下回りました。このように3%台の世界経済の成長率を下回る貿易量の伸びになってきました。2017年の世界貿易量も1.8~3.1%の伸びの予想ですが、4月時点の予想+3.6%より下方修正されています。
更に、世界全体の貿易統計として最も速報性があるオランダの経済政策分析局によると、2016年の世界貿易量は4-6月期に前期比▲0.8%に落ち込んだとのことです。足元で減速し、しかもマイナスになってきているという状況です。このオランダの経済政策分析局は世界の貿易量を毎月調査しており、「世界貿易モニター」として公表しており、世界の中央銀行なども政策判断材料として注目しているとのことです。
反グローバリズム
世界貿易の停滞は景気の循環で生じる一過性ではなく、構造的なものとして捉えられつつあります。日銀の黒田総裁が、「新興国経済の減速の影響などから輸出に鈍さがみられる」と指摘するように、中国を筆頭に新興国経済の減速が最も大きな背景としていわれています。しかし、もっと掘り下げれば先進国の潜在成長率の低下がもたらす先進国の需要減退によって新興国の製品・資源の輸出が減少し、新興国の景気が減速するという構図にもなっています。輸出主導の成長モデルが行き詰っているということになります。
もうひとつの背景として指摘されているのは、現地生産化が進んでいるため、貿易が減少しているという点です。例えば、消費地での技術が向上したことから消費地での部品調達が可能となり、消費地での生産が増えてきたため日本からの輸出が減少してきているという現象です。
「経済が成長すれば貿易も伸びる」というこれまでの常識が通じなくなってきた世界は、世界経済を牽引する力が世界貿易になくなってきたことを意味するかもしれません。更に近年、追い打ちをかけるように反グローバリズムの動きが欧州や米国で広がってきています。不平等や貧困はグローバリズムがもたらしたものであり、そのグローバリズムを広げる自由貿易に反対するという動きがポピュリズムと結びつき強まっています。
米大統領選挙のヒラリー、トランプ両候補もTPP(環太平洋経済連携協定)にははっきりと反対表明をしています。他の自由貿易協定を見直す動きも出始めており、両候補の内、どちらの候補が大統領になっても米国は内向き志向が強まるかもしれません。また、英国の離脱問題に揺れるEUでも、米国とのTTIP(環大西洋貿易投資協定)にドイツ、フランスなどが公然と交渉中断を求め始めました。ドイツもフランスも来年2017年には重要な選挙が控えていることが背景にあるようです。世界経済にとっては決して良い兆候ではありません。
9月に中国・杭州で開催されたG20首脳会議では、中心議題の一つとしてこの問題が取り上げられました。反グローバル化の根底にある不平等や貧困に対処して自由貿易への公衆の支持を取戻し、世界経済の成長エンジンである貿易を再活性化させるとの決意表明がなされました。
今回の「世界貿易の停滞と反グローバリズム」というテーマは、為替相場を予測する上では、今すぐ役に立つという話ではありません。しかし、年末から来年前半にかけて重要な政治日程が目白押しです。米国大統領選挙、日本の衆議院選挙(?)、フランス大統領選挙、ドイツ総選挙と主要国の選挙が続きます。これらの選挙が反グローバリズムとポピュリズムと結びつき、思いがけない結果となった場合、為替市場に大きな変動をもたらすことは十分に予想できます。そして、その後、新しい政権の中で自由貿易が拡大するのか、縮小するのか、その方向が政策によって見えてきます。そしてその時には、個々の国々に為替の変動要因としてさまざまな影響を及ぼしてくるかもしれないということを思い出してください。その時のために、今回の話をベースにこれから起こる出来事を新聞やネットの情報で追いかけて下さい。かなり複雑な時代になってきたことは間違いないですが、準備をしておくのとしないのとでは成果に違いが出て来るかもしれません。
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