注目されていた日米の中央銀行の政策が9月21日、同日に発表されました。米FRBは利上げを見送り、日銀は緩和を継続し、その操作を長期金利の誘導という新たな枠組みの導入を決定しました。この決定は、今後の為替の方向性を、年内だけでなく次の半年、場合によっては次の1年を決定づける内容との印象を受けました。

為替の変動要因として最も大きな要因は、その国の経済ファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)です。経済ファンダメンタルズとは、経済成長率(GDP)、失業率、物価などです。そしてそのファンダメンタルズを達成するために政府・中央銀行は財政政策や金融政策を駆使します。前回お話しましたように、2000年以降、ITバブルの崩壊や住宅のサブプライムローン問題、欧州債務問題を解決するため、各国政府は財政政策と金融緩和政策の両輪によって対応してきましたが、財政政策の限界が見えてきたころから各国政府は金融政策に頼ってきました。しかし、その金融政策も転換点に来たのではないかという印象を今回の決定は与えました。

転換した日銀の金融政策

日銀は今回の金融政策決定会合で、長短金利を誘導目標とする新たな金融緩和の枠組み、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。声明文では、イールドカーブ・コントロール、オーバーシュート型コミットメントなど新語が出てきて、説明も分かりにくくなってきていますが、新たな枠組みを簡単にまとめますと、

  • %の物価目標達成のための時間軸を延長し、2%超になるまで緩和を継続
  • そのための金融政策の手段としては、「量」から「金利」に移す
  • 金利政策としてマイナス金利は維持するが、(批判が高まったため)今回は深掘りをせず、金融政策の目標を10年物国債の利回りを目標にする。具体的には0%程度に推移するよう国債の買い入れを調節する

というものです。

これまでの「2年で2%」の物価目標達成の期限を「達成するまで」と変更し、2%の目標も「2%を超えるまで」としました。数年前から2年という期限は達成されておらず、日銀は達成困難とはなかなか認めてきませんでした。今回現状追認することによって、日銀の悩みの種であったこの期限を放棄した形となりました。そして2%超の物価目標達成手段として、緩和は維持するが、「量」よりも「金利」操作によって目標を達成するという新たな方針を打ち出しました。しかも、不評だったマイナス金利の深掘りの可能性は残しながらも、今回はいじらず、新たに10年物の長期金利を0%に誘導することによって目標を達成するということです。

政策発表後のマーケットの反応はどうだったでしょうか。マイナス金利の深掘りはなかったものの、「緩和継続」という点に発表後円安に反応しました。しかし、すぐに円高に転じました。長期金利の誘導は可能なのだろうか、あるいは現状からみると10年物金利を0%に維持するということは、国債の買い入れを減らすこともあるため(金利上昇要因)、実質引き締めになるのではないかという見方が円高を誘ったようです。

長期金利の誘導

長期金利の誘導は海外のどの中央銀行も挑んだことはありません。長期金利は市場が決めるもので金融当局がコントロール出来るものではないという考え方からです。実は、日銀もこの点は認めていました。しかし、その考え方を翻したことが、今回の日銀の大転換ということのようです。少し長くなりますが、日銀の短期金利と長期金利の考え方を引用しますので、じっくりと読んでみて下さい。日銀のホームページの中の、「日本銀行の金融調節を知るためのQ&A」には次のように説明されています。

金融調節によって短期金利を誘導するのは何故ですか。企業の設備投資や個人の住宅投資などは長期金利に大きく影響されるのですから、経済の安定のためには長期金利も望ましい水準に誘導すべきではないですか。
日本銀行は、金融調節によって、短期金融市場で形成される金利(短期金利、中でも無担保コール市場のオーバーナイト物(もの)金利)を誘導しています。
短期金融市場は民間金融機関などの金融のプロが短期的な資金の運用や調達を行う場であり、企業や個人の金融経済活動の結果として現れる金融機関の資金の余剰や不足を、最終的に調節する機能を有しています。とりわけ、短期金利の中でも最短期(1日)物であるオーバーナイト物は、より長い期間の金利が市場で形成される際の基準となる重要な金利です。
また、金利は、期間の短いものほどその時点における資金の需要・供給のバランスによって決まる度合いが大きいという性質があります。ですから、金利の期間が最も短いオーバーナイト物金利については、中央銀行は、その水準をその時点での資金の供給量(民間金融機関の日銀当座預金の総量)を調節することによってコントロールすることができます。
他方、金利は、期間が長いほど、将来のインフレなどの経済情勢に関する予想(高いインフレを多くの人が予想すると長期金利は高くなります)や将来の不確実性(不確実性が強いと、リスクプレミアムと呼ばれる資金の貸し手が要求する上乗せ金利が拡大し、やはり金利は上がります)に左右されます。しかし、中央銀行は、人々の予想や将来の不確実性を思いのままに動かすことはできません。また、このような期間の長い金利の動きから、市場参加者が将来のインフレ情勢等に関しどのような予想を持っているかを読み取ることも、金融経済の状況を判断するうえで非常に重要です。
つまり、中央銀行が誘導するのに適しているのは、ごく短期の金利なのです。期間が長い金利の形成は、なるべく市場メカニズムに委ねることが望ましいのです。

以上が日銀の短期、長期金利についてのこれまでの考え方です。おそらく、今後この回答は訂正されると思いますが、どのように訂正されるのか、時々日銀のホームページをチェックしてみてください。

日銀の展望レポート

また、11月1日に公表予定の日銀の経済・物価情勢の展望(いわゆる「展望レポート」)にも注目する必要があります。下表は過去4回の展望レポートのGDPと物価の見通しを一覧表にしたものです。日銀は2016年度のGDP見通しを+1.0%としていますが、直近4・四半期のGDP実質成長率は、+2.1→▲1.7→+2.1→+0.7%(2016年4-6月期)となっています。実体が減速していく中で日銀はGDPを据え置くかどうかに注目です。

消費者物価指数(CPI)はどうでしょうか。CPI(除く生鮮食品は今年に入ってからマイナスが続いています。1月のCPIは前年比▲0.1%、そして直近の7月は▲0.5%と更に物価下落が加速しています。11月の展望レポートで物価をマイナス見通しに修正するのでしょうか。また、17年度、18年度のCPI見通しは+1.7%、+1.9%と目標の2%近辺の見通しを立てていますが、かなり実勢乖離した見通しになりつつあります。果たしてこれらも下方修正するのかどうか注目です。そして、もし、下方修正した場合、新たな金融政策の枠組みをどのように位置付けるのかが最大注目です。物価下落の現実に対して、物価見通しを下方修正しながら、長期金利を0%に誘導することは実質金融引締めとマーケットに疑念を抱かせないでしょうか。もし、この疑念が払拭されなければ、利上げを延期した米国と、マイナス金利の深掘りをせず長期金利を実質引き上げる日本との金融政策の方向性の違いは、ドル円のレンジをドル安・円高方向にバイアスをかけることになるかもしれません。

展望レポート

日銀政策委員のGDP見通し(中央値、対前年度比、%)

見通し時点 2015年度 2016年度 2017年度 2018年度
2016/7 +1.0 +1.3 +0.9
2016/4 +0.7 +1.2 +0.1 +1.0
2016/1 +1.1 +1.5 +0.3
2015/10 +1.2 +1.4 +0.3

日銀政策委員の消費者物価指数(除く生鮮食品)見通し(中央値、対前年度比、%)

見通し時点 2015年度 2016年度 2017年度 2018年度
2016/7 +0.1 +1.7 +1.9
2016/4 +0.0 +0.5 +1.7 ※ +1.9
2016/1 +0.1 +0.8 +1.8 ※
2015/10 +0.1 +1.4 +1.8 ※

※消費税引き上げの影響を除く消費者物価指数