現在のドル円は、日米の金融政策の方向性の違いによってその動きが左右されている状況となっています。米国FRBは金融緩和から利上げという引き締め姿勢に傾いている状況です。金融・為替市場は、米国経済指標やFRB高官の発言によって、その実施時期の思惑と期待に左右されています。FRBが利上げするとの期待が高まれば、米長期金利は上昇しドル高に動いています。逆に利上げ観測が後退すれば、米長期金利は低下しドル安に動いています。一方、日銀は、直近の黒田総裁の発言によると、追加緩和は「マイナス金利の深堀も、量の拡大も、まだ十分可能」との姿勢です。日銀が思い切った追加緩和を行うとの期待が高まれば、長期金利は下がり円安に動き、追加緩和に消極的とマーケットが判断すれば、長期金利は上昇し円高に動いています。

9月は、20-21日に日米の金融政策理事会があり、21日に日本が先行して政策が決定されるため、思惑と期待が日替わりのように交錯し動かされやすい地合いとなっています。先週からFRB高官の発言が相次ぎ、タカ派寄り(金融引締め寄り)のコメントが多かったことからドル高に動いていました。FRB高官はFOMCの日程が近づくにつれて自らの考えをマーケットに発しますが、あまり直前に発すると、マーッケト参加者の期待が先行してしまい、政策発表時の効果が減じてしまう恐れがあります。そのためFOMC直前の発言は禁じられています。これを「ブラックアウトルール(Black out rule)」といいます。「ブラックアウト」とも呼ばれています。逆にいうと、ブラックアウトぎりぎりの日程でコメントが発せられることが多くなる傾向があります。これは頭に入れておくと役に立ちます。

米国FRBの場合は、金融政策に関して踏み込んだ発言をしてはならない期間は、「金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)が開催される前週の火曜日からFOMC終了時まで」となっています。日銀の場合は、「金融政策決定会合の2営業日前から会合終了当日の総裁記者会見終了時刻まで」となっており、国会において発言する場合等を除き、金融政策及び金融経済情勢に関し、外部に対して発言しないこととなっています。

FRBの高官は今週12日(月)までが自由に発言出来る期間となります。先週タカ派寄りの発言が相次ぎ、その中でも注目されたのがハト派寄りといわれたローゼングレン・ボストン連銀総裁の発言でした。「利上げを待ちすぎれば過熱リスクが増す」と、これまでと一転してタカ派寄りの主張をしました。この発言を受けて米長期金利は上昇し、ドル高となりました。このためブラックアウトに入るぎりぎりの12日(月)に予定されているハト派のブレイナード理事の講演も、タカ派寄りの発言をするのではないかとの思惑がマーケットに広がりました。ブレイナード理事は元財務次官であり、ヒラリー・クリントン大統領候補にも近いことから、もし、ヒラリー大統領となれば財務長官になるのではないかとの声が上がっている人物です。その人物が大統領選挙前にタカ派寄りに転じるとは考えられませんが、マーケットではタカ派期待が高まっていました。しかし、講演内容は従来通りハト派の内容でした。

ブレイナード理事はこの日の講演で、利上げを支持する前に個人消費の拡大を示す指標とインフレ加速の兆しを確かめたいとの考えを表明しました。労働市場は一部エコノミストが指摘するより完全雇用から遠い状態にある可能性もあり、「予防的に金融政策を引き締める論拠はそれほど強くない」と発言し、「今後数か月の指標で評価」と述べました。この講演を受けて米長期金利は下がり、ドルは売られました。

9月に入ってから発表された米国の重要な経済指標は、予想より下振れる数字が相次いでいます。遅行指標である米雇用統計の8月非農業部門雇用者数は予想+18万人を下回り、前月比15.1万人の増加でした。また、景気の先行指標である米供給管理協会(ISM)が発表した景況指数は、製造業も非製造業も予想を下回りました。8月ISM製造業景況指数は、景気の良し悪しの節目である50を、2月以来半年ぶりに割り込みました。8月ISM非製造業景況指数は、2010年2月以来およそ6年半ぶりの低水準となりました。生産や受注の落ち込みが影響し、前月比の下落幅もリーマンショック後の2008年11月以来の大きさとなっています。両方とも雇用指数も低下しています。

このように8月からの景気はマーケット参加者やエコノミストが考えているほど景気は盛り上がっていないようです。ブレイナード理事の発言が実態に近いのではないかという気がしますが...。

米国のFF金利(短期金利)先物予想で算出された米国の利上げ確率では、9月は20-30%に対し、12月は50%を超えています。マーケットは、9月の利上げは期待しておらず、一方で12月利上げの期待度が高いということがわかります。ブレイナード理事は「今後数か月の指標で評価」すると述べましたが、指標が伸び悩むと年内の利上げは困難ということになります。今後の米国の消費、物価、雇用に注目する必要があります。

前回、米雇用統計の非農業部門雇用者数の見方について触れました。20万人の増加が3カ月続くと、FRBは緩和縮小や引き締めの政策変更の目安にすると言われています。この目安は、単月ベースだけではなく、3カ月の平均で雇用者数の増勢をみる見方も重要視されています。この3カ月平均のこの1年間の推移を表したのが下表です。長い期間でみると見え方も変わってきます。

米雇用統計(2015年8月~2016年8月)

8月の非農業部門雇用者数は20万人下回る15.1万人でしたが、3カ月平均では23.2万人となっています。春先の減少を6月、7月で盛り返したため雇用の勢いは減じていないとの見方が一般的です。しかし、この1年の3カ月平均の推移をみてみると、減少傾向にあることがわかります。このまま盛り返せばよいですが、もし、雇用が再び低迷するということになると、年内の利上げは困難になるかもしれません。2014年の雇用者数301.5万人の月平均は25.1万人、2015年の274.4万人の月平均は22.9万人、2016年8月までの月平均は18.2万人となります。25.1→22.9→18.2万人と減少傾向になっていることがわかります。米国の潜在成長率が低下しているのか、その背景はわかりませんが、昨年12月に利上げした局面とは異なっていることから、なかなか利上げ局面にはならないかもしれません。