まもなく英国のEU離脱の賛否を問う国民投票が行われますが、先週の英国の議員の死亡事件をきっかけに残留派が勢いを増してきた情勢となっています。議員への同情によって残留派が増えてきたというよりも、こういう事件が起こる社会的不安が、離脱によって生じるかもしれない経済的不安と結びついて安定を求める傾向が強まったのかもしれません。この動きを受けてポンドドルやポンド円は、週明け一気に反発しました。ポンド円は149円台が先週の終値でしたが、週明けには153円台まで円安が進みました。残留が勢いを増したといっても、世論調査では残留と離脱の差は僅差であるため、予断を許さない状況に変わりはありません。ポンドドルもこのままポンド高に進むというよりもピンポン玉のように上下に振れる可能性があるため、十分に注意する必要があります。

今回の国民投票の結果が離脱となった場合、経済的損失が非常に大きいという試算が英政府から発表されましたが、IMF(国際通貨基金)も同じようなGDPの減速を試算しています(2019年GDPで最大5.9%減少)。経済的損失という意味は、経済成長が下がり、所得が減り、失業者が増えるという経済活動に悪影響を及ぼすという意味の他に、イギリスから巨額の資金が流出するという金融活動に重大な影響を与えるという意味合いも含まれています。

イギリスのロンドンは、欧州ビジネスの拠点として最も重みをもつ金融街です。「シティー・オブ・ロンドン」、通称「シティー」と呼ばれる、1マイル(1.6キロメートル)四方に過ぎない区域に、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行(BOE)やロンドン証券取引所のほか、250の海外金融機関がひしめき、40万人が働いています。GDPでみると、EU全域の金融サービスの4分の1をイギリスが生み出しています。更にイギリスの金融業での市場シェアをみると(下表)、欧州にとってのロンドンだけでなく、世界にとってロンドンは非常に重要な拠点だということがわかります。ちなみに、日本企業の英国進出は、外務省によると2015年10月時点で1,021社。キャメロン首相の説明では、日本の企業だけで14万人の雇用を創出しているということです。

英国の金融業での市場シェア (赤字は首位)

  英国 ドイツ フランス 米国 日本
銀行の国際融資 17% 8% 8% 11% 11%
外国為替取引 41% 2% 3% 19% 6%
海上保険の保険料収入 26% 4% 4% 5% 7%
ヘッジファンドの資産規模 18% 1% 65% 2%

このようにロンドンは金融業の各部門で大きなシェアを占めているため、離脱となれば、あまりにも巨額の資金が流出することが容易に想像できます。そしてあまりにも巨額すぎるため、そのような事態は回避されるというのが金融業界に従事する人達にとっては常識的な判断となります。日本のある金融情報番組で、30人程に残留か離脱かの予想アンケートを実施したところ、0対100%で残留という結果になったことはそのことを物語っています。しかし、離脱となっても、これまでの何百年という伝統の中で君臨してきた金融街「シティー」は、その機能を維持するのではないかという見方もあります。また、流出といっても一気に進むのではなく、離脱も最短で2年、しかも離脱告知から2年ですので、告知が遅れれば2年以上かかるため準備期間は十分にあります。従って、離脱決定直後は一部資金は瞬時に動くかもしれませんが、大部分の資金はその後緩やかに動いていくというイメージですが、楽観的な想像かどうかじっくりとお金の動きに注目して下さい。

EU残留の影響

イギリスが残留となった場合、金融市場への不安定要因はなくなります。ポンドも株も反発することが予想されますが、そのままどんどん上昇するためには経済が良好となり、政治的にも安定する必要があります。経済はEUの中では悪くはないのですが、非常に良好という状況ではありません、また、大差で残留となれば政治的な不安定要因は減少するのですが、僅差で残留となった場合、様々な問題が尾を引きそうです。英国内では離脱派の不満が燻った状況が続き、離脱に僅差という事実が欧州各国のEUに対する見方に影響を及ぼすことが予想されます。また欧州各国の反EU政党の台頭を後押しすることが予想されます。

米調査機関ピュー・リサーチ・センターが今年4月に欧州10か国に「EUに対する好感度」を調査しました。調査によると、EUに最も否定的な国はギリシャが71%でしたが、驚くのはフランスが61%と過半数を超えていたことです。またEUへの肯定的な見方は中央値で51%とわずかながら過半数を超えましたが、昨年調査と比べてEUに対する肯定的な見方が減少していることがわかりました。フランスのEUに対する肯定的な見方は38%でしたが、昨年調査から17ポイント低くなったとのことです。低下したのはフランスだけではありません。スペインでもEUに対する肯定的な見方は16ポイント低下して47%となり、イギリスでは8ポイント低下の44%、イタリアは6ポイント低下の58%となったということです。ちなみにEUに対する肯定的な見方が最も高かったのはポーランドで72%、次いでハンガリーの61%でした、最下位はギリシャの27%でした。

この調査が示唆するように、欧州各国の政界では反EUの政党が台頭してきています。直近では、イタリアのローマ市長選挙でEUに批判的な新興政党「五つ星運動」のビルジニア・ラッジ氏が当選しました。しかも初の女性市長誕生です。首都ローマでの反EU政党からの市長誕生はイタリアのレンツィ政権にとって大きな打撃となりそうです。下表のようにイギリスやフランスでも反EU政党が躍進してきています。

欧州で台頭する反EU政党

国名 政党 最近時動向
イタリア 五つ星運動 コメディアンのベッペ・グリッロ氏が2009年に創設。2010年から深刻化した欧州債務危機を巡り、巨額の債務を抱えるイタリアは緊縮財政を進めたが、国民に既存政党への不満が高まり、
2014年の欧州議会選でイタリア第2党に躍進
2016年6月、ローマ市長にビルジニア・ラッジ氏が当選
英国 英国独立党 2014年の欧州議会選で英第1党に躍進
国民投票でEU離脱を訴えて支持を集める
フランス 国民戦線 2015年12月の地域圏議会選で得票率27%に伸長
オランド大統領を擁する左派連合とほぼ並ぶ
オーストリア 自由党 2016年5月の大統領選で、ノルベルト・ホーファー氏が僅差で敗北。EU初の極右政党出身の国家元首となるか注目された

これら反EU政党の台頭は、2010年から深刻化した欧州債務危機を巡り、イタリア同様各国が緊縮財政を行ったが経済がそれほど回復せず、高い失業率や緊縮財政、そして移民問題などで不満が高まり、かつそれらの問題に対応するためにEUの統合が強まることへの警戒が広がってきていることが背景にあるようです。このまま経済が低迷していく状況が続けば、この政治の流れは大きくなる可能性があるかもしれません。そのことが、再び英国のEU離脱問題や他の欧州諸国へのEU離脱問題、そしてユーロへの疑念へと展開していくことも予想されます。今すぐ為替市場に反応するという問題ではありませんが、英国の国民投票をきっかけに流れが加速することがシナリオとしては考えられますので、英国の国民投票が終わってからもこれの問題には目配りをしておくことが重要です。

英国(Britain)の離脱(Exit)という意味でブレグジット(Brexit)と呼ばれていますが、他の欧州国にもチェグジット(チェコ)、フレグジット(フランス)、スウェグジット(スウェーデン)、ジャーグジット(ドイツ)、スペグジット(スペイン)などと使われ始めているようです。