前回、日本の家計部門の個人金融資産の内訳について欧米各国と比較しながらお話しました。年初からの株の下落によって日本の個人金融資産は多少なりとも影響を受けるが、欧米と比べると株式の資産構成比率が小さい安全志向のため、影響は欧米より小さいという点について触れました。それでは世界的な株の下落によって世界の景気はどの程度の影響を受けるのでしょうか。大きな枠組みで考えてみたいと思います。

世界の株式時価総額は、2016年2月末で約56兆ドル(約6,300兆円)です。過去最大だった2015年5月末の世界株式時価総額は71兆ドル(約8,000兆円)でしたが、その後夏場の中国経済減速を懸念した上海株急落や、年初からの世界的な株式連鎖安によって、15兆ドル(約1,700兆円)の減少となりました。9カ月で約20%と急速に減少したことになります。各国別で見ると、市場規模の大きい日米独は約2割の減少ですが、上海市場は約4割、資源国の南アフリカやブラジルは3~4割減少しています。世界のGDPは約77兆ドルと世界の株式時価総額とほぼ同じ規模ですので、世界のGDPの約2割に相当する規模、もっと身近な言い方をすれば日本のGDPの約3倍に相当する規模の時価総額がなくなったことになります。これだけの規模の時価総額が消えてしまえば、実体経済に影響を与えないとは考えられません。景気への下押し懸念が、更に株安を呼ぶという悪循環に陥る可能性も考えられます。

2008年のリーマンショックの時も6カ月で18兆ドルの時価総額がなくなりましたが、この時は世界的な財政出動によって短期間で危機を乗り切りました。また中国を先頭に新興国は傷が浅かったため、新興国が世界経済を引っ張るという形で、翌々年の2010年には世界の景気は5%を超える成長を達成しています。しかし、今回は、先進国も新興国も財政出動余地は乏しく、また金融緩和政策もかなり実行しており、政策の選択肢は限られているという厳しい現状に直面しています。

国際機関による2016年世界経済見通し

このような状況を受けて、年が明けると同時に発表された国際機関の2016年世界経済の見通しは軒並み下方修正されています。下表はIMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構)、世界銀行の直近の2016年世界経済見通しと、合わせて直近2四半期の各国GDP実質年率の実績値をまとめました。

2016年の経済見通しと実績値(%)

※ ()内は、前回見通しからの修正幅

IMF、OECD、世界銀行とも世界経済全体の見通しは下方修正していますが、日・米・ユーロ圏・中国の経済見通しで、三つの機関とも下方修正しているのは米国の成長見通しだけです。OECDは0.5%と大きく下方修正しています。また、直近2期のGDP実績値を見ても、2.0%から0.7%と急減速しているのは気になるところです。そして株価の下落によって時価総額が約2割消えていることは、逆資産効果によって消費抑制要因となりかねません。米国のGDPの中で消費支出は7割弱を占めているので景気を左右することになります。

米国の個人金融資産は68.9兆ドルです。その内、株式資産は33.8%ですので、金額は68.9兆ドル×33.8%=23.3兆ドルとなります。この金額が2割消失した場合、23.3兆ドル×20%=4.7兆ドルとなります。米国のGDPは約17兆ドルですので、4.7兆ドルは約28%となります。つまり、米国の個人が保有している株式の時価が2割消える規模は、米国のGDPの3割弱に相当する規模だということになります。この数字が、全額影響するということは考えられませんが、心理的には節約モードになり、消費抑制要因になるのではないかと十分に想像することは出来ます。

米国の景気と利上げ動向

このような状況の中で、先進国で唯一米国が昨年12月に利上げを決定しました。この利上げによって、新興国の通貨や株が売られ、資金が流出し、金融市場の混乱を助長しましたが、回りまわってドル高と世界経済の低迷によって、米国景気も減速モードに入ってきました。このまま米国の景気が盛り上がらず、世界景気も停滞したままだと、米国FRBの利上げは様子見、後倒しという状況になってくる可能性があります。下記のチャートが示すように、今後のマーケットの方向を決めるのはFRBの利上げ政策がどのようになるかにかかっています。

もし、FRBが利上げ時期を年後半などに後倒しすることを示唆すれば、マーケットはどのような反応になるのでしょうか。セオリー的には、利上げ後退から株式市場にはポジティブな要因となり、株を上げる作用が働きます。しかし、利上げ出来ないことは、利上げ出来ないほど実体経済が悪化しているためだとマーケット参加者が解釈すれば、株は下がることになります。このような事態も起こる可能性があることを留意しておいた方がよいかもしれません。また、為替については、利上げ時期後倒しは、素直にドル安要因になります。日銀のマイナス金利よりも(本来なら円安要因)効き目が大きいかもしれませんので注意が必要です。