日銀短観の想定為替レート
昨年のドル円の終値は120.30円でした(2015年12月31日ニューヨーク午後5時の終値)。為替レートの一日の終値というのは、株式市場のように取引時間が決められていて、取引時間の終了時点の相場が終値ということではありません。為替市場では一般的にはニューヨーク時間の午後5時のレートが終値として使われています。もちろん午後5時1分になっても相場は続けて動いており、取引は行われています。あくまで仕切り値としてのニューヨーク市場の終値であり、一日の終値ということになります。ところがニューヨークの金曜日の午後5時は様子が違います。午後5時になると一斉に退社するので(金曜日の午後、いやランチタイムから既に閑散状態に入ります)、マーケットからプライスはなくなります。居残ってまだ取引をやりたいディーラーも投資家も、プライスがでなければ取引のしようがないので諦めて退社します。こうして1週間が終わります。
昨年12月31日は金曜日で年末でしたので、かつ東京市場はほとんどの会社が休みだったため、終日超閑散となっていました。それでも55銭程の値動きはあったのですが、おそらく取引ボリュームは少なかったと思います。12月31日までポジションを持っていると、取引レートも悪くなり、思ったように取引が出来なくなるので気を付けなくてはいけません。週末も同じようなことが起こりやすくなります。日本人は寝ている時間なのであまり気にすることはないと思いますが、取引注文を入れている場合は留意しておく必要があります。一度、この時間帯の値動きを見ておくのもいいかもしれません。週末の終値の時間は日本の土曜日の朝、午前7時がニューヨークの午後5時になります(冬時間)。午前6時頃からはほとんど相場は動かなくなりますが、終値の数分前から相場が動く時があります。誰かが来週の相場展開を予想してポジションを作っている動きのようですが、取引量がすくないため、値動きが突然飛ぶなど、荒々しくなるのが特徴です。ストップロスオーダー(損切注文)の取引注文を入れている場合は、このような事態もあるかもしれないということを頭に入れておいた方がよさそうです。
さて、話を本題に戻しますが、2015年を120.30円で終えたドル円は、2016年に入って急に円高に動きました。いきなり年明けと同時に円高に行ったわけではありません。1月4日の東京時間の10時頃には、東京勢の実需の買いが見られ120.46円までドルは買われ、年末の終値水準よりも円安に動いています。しかし、その後発表された中国の製造業PMIが市場予想を下回ったため、中国経済減速懸念が一気に高まり、上海株、日本株の急落によって、ドル円は118円台まで円高となりました。その後も株が売られ、原油も30ドル割れとなったことから円高が加速し、1月20日には116円を割れ115.97円と、一瞬ですが115円台が付きました。その後株や原油の反発と同時にドル円も戻るのですが反発力がありません。昨年8月に116.15円を付けた時は、その4日後には121円台まで戻していました。また、その後も120円を挟んでドル円は動いていたのですが、今回は117円台、118円台で推移することが多くなったため、企業の為替を見る目が変わりました。
企業の財務・経理担当者は想定為替レートを気にし始めたのです。想定為替レートとは、輸出入企業が事業計画や年度予算設定時に前提とする為替レートのことです。現在の為替レートが想定レートと大きくかい離してくると、決算に影響が出て来ます。
例えば、輸出企業が想定為替レートを120円で設定し年度予算を計画した場合、120円より円安になれば、輸出企業にとっては、輸出で得たドルを120円で交換した時よりも多くの円貨を手にすることが出来るため、予算以上に収益が増えることになります(為替差益)。反対に120円より円高になれば、予算よりも少ない円貨しか手にすることが出来ず、収益は予算よりも低くなってしまいます(為替差損)。
輸入企業の場合は、円安・円高の効果は輸出企業と逆のことが生じます。輸入企業にとって、120円よりも円高になれば輸入代金の支払い円貨は120円よりも少なくて済むため、収益の増加要因となります(為替差益)。反対に円安になれば、輸入代金の支払い円貨が増えるため、収益低下要因になります(為替差損)。
想定為替レート輸出入企業が事業計画や年度予算設定時に前提とする為替レート
円高、円安による為替差益、為替差損は輸出と輸入とでは逆の効果
例 想定為替レート 1ドル=120円 の場合
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輸出企業が100万ドルの製品を輸出した時に手に入れる円貨
→予算 100万ドル×120円=1億2,000万円
→円安 100万ドル×122円=1億2,200万円
(予算に比べ、2円の円安で200万円の為替差益→収益増加要因)
→円高 100万ドル×118円=1億1,800万円
(予算に比べ、2円の円高で200万円の為替差損→収益悪化要因) -
輸入企業が100万ドルの製品を輸入した時に支払う円貨
→予算 100万ドル×120円=1億2,000万円
→円安 100万ドル×122円=1億2,200万円
(予算に比べ、2円の円安で200万円の為替差損→収益悪化要因)
→円高 100万ドル×118円=1億1,800万円
(予算に比べ、2円の円高で200万円の為替差益→収益増加要因)
これまで輸出企業にとっては、ドル円の水準は常に想定為替レートよりも円安水準であったため、収益の増加要因となっていました。しかし、今後、円高が続くと収益の低下要因となるため、その会社の株価は下がり、株式市場全体にも影響してくることになります。例えば、トヨタは115円で想定為替レートを設定しているため、現在の117円、118円台であれば収益増加要因となりますが、ついこの間の120円、121円よりかは収益の増加度合いが減ってくることが予想されます。そのため株価はこの現象を織り込んで来ることが予想されます。そして、もし、115円が割れるようなことになれば収益は予算割れとなるため、トヨタは、115円を割る前に将来入金されるであろう輸出代金のヘッジとして、ドルを売ってくる可能性が予想されます。従って、為替予想のシナリオを考える際には、これら大手企業の想定為替レートを常に気にしておく必要があります。貿易収支の赤字が減ってきており、また原油価格低下によって、今後石油企業の輸入代金は減ってくることが予想されるため、輸出企業の動向が重要になってきます。
2015年度初めに設定されていた自動車や電機など主要輸出企業の2015年度の想定為替レートは、主要輸出企業30社の平均は116.07円(20社は115円)。また、ユーロ円は125円の設定が多く、主要25社の想定為替レートの平均は127.08円(12社は125円)のようです。現在、1月27日時点の実勢レートはドル円が118円、ユーロ円が128円ですので、まだ為替差益の出る状態ですが、設定時点の余裕と比べるとかなり近接したレートになってきていることがわかります。
日銀短観の想定為替レート
日銀が3ヶ月毎に発表している全国企業短期経済観測調査を発表しています。通称、「日銀短観」と呼ばれています。日銀短観は、企業経営者の景気が「良い」か「悪い」かの景況感(DIと呼ばれています)や設備投資計画を聞いてまとめたものです。対象は大企業、中小企業の製造業、非製造業約1万社と幅広く、また発表の前月に調査しているため景気の現状を示す指標として注目されています。 そしてこの短観にも企業の想定為替レートが発表されており、直近の想定為替レートであるため非常に参考になります。もちろん、マーケット参加者もこの想定為替レートには注目しています。直近の日銀短観は昨年12月14日に発表されました。想定為替レートは以下の通りとなります。(回答期間:11月11日 ~ 12月11日)。
日銀短観の想定為替レート(2015年12月対象)
大企業・製造業 | 2015年度 | 上期 | 下期 |
---|---|---|---|
2015年 6月調査 | 115.62 | 115.59 | 115.65 |
2015年 9月調査 | 117.39 | 117.50 | 117.28 |
2015年 12月調査 | 119.40 | 120.84 | 118.00 |
大企業・製造業(1091社)の2015年度下期の想定為替レートは118.00円となっています。なんと、ほとんど現在の実勢レートと同じ水準です。6月時点から9月、12月と円安に設定してきましたが、現在の相場は逆向きの動きとなっています。おそらく企業の財務担当者は為替のヘッジ予約(ドル売り)をどの水準で行うか検討しており、臨戦態勢でマーケットを注視していると予想されます。
更に個別業種を見てみますと、大企業製造業の中の電気機械の想定為替レートは2015年度下期で118.43円、自動車は116.50円と回答されています。これらから判断すると、118円以上は輸出のドル売りが強まることが予想され、また再び円高に動いた時は、116円台後半から自動車のドル売りが強まるのではないかと予想されます。実際にドル売りが出て来るかどうかはわかりませんが、このように企業の想定為替レートを決算記事や日銀短観などで抑えておくことによって、ドル円相場の変化する水準を推測することができます。それら水準を意識することは相場シナリオを考える上で非常に役に立ちます。
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