中東の地政学リスク
前回、BRICSを中心とした新興国の話をしましたが、新興国の状況を見る時は、経済状況だけでなく、国内政治リスクや地政学リスクにも注意して見ておく必要があるとの話をしました。
地政学リスクで最も大きなリスクは、中東の地政学リスクです。
地政学リスクとは、地理的な位置関係によって、その地域の政治的・軍事的緊張が高まるリスクのことです。20世紀以降、中東、バルカン半島、朝鮮半島は代表的な地政学リスク発生ポイントとみられています。その中で特に中東は、イスラエル建国以来、石油の供給地域という背景もあり、常に地政学リスクを内在しています(第18回「地政学リスク(Geopolitical Risk)」参照)。
BRICSは、中東との地理的な位置関係としては距離が離れている国が多いですが、中東の地政学リスク勃発によって中東に対する政治的支援や友好関係の政策に影響が生じてきます。また、金融市場が揺らいだ場合、先進国よりも新興国の方がより動揺が大きくなる傾向があるため、大きな影響を被ることになります。前回、BRICSに加えてお話したトルコは中東に位置しています。
中東の新たな政治変動
中東の地政学的リスクは、従来は、過去に数度となく勃発したイスラエルとアラブ諸国との中東戦争が中心的リスクでした。しかし、2001年9月11日の米国同時テロ事件以来、アフガン侵攻、イラクのフセイン政権打倒、アラブの春による独裁政権の崩壊と、大きなうねりで政情が変化してきています。そしてスンニ派の過激派武装集団であるIS(「イラク・シリアのイスラム国」の台頭によって、これまでの中東の秩序が大きく揺さぶられ、中東各国や地域の関係が大きく変わりつつあります。
- ※ IS(“Islamic State of Iraq and Syria”「イラクとシリアのイスラム国」の略称。ISISともいう)。「イラク・シリアのイスラム国」といっても国ではありません。2014年6月末、イラク北西部からシリア東部にかけての一帯でイスラム国家の樹立を宣言したイスラム過激派武装集団です。日本のマスコミは、当初、「イスラム国」と報じ、新しい国が誕生したような誤解を与え続けていました。現在は新聞やニュースでもISと表示しています。
このような政治的大変動の中でも、今年の7月中旬には長年の懸案事項であったイランとの核協議が欧米6カ国と合意に達しました。ISという共通の敵が出てきたことが合意に拍車をかけたとは言え、中東の地政学リスクをひとつ取り除いた出来事でした。しかし、核協議合意によって中東の平和へ一歩近づいたと思った途端、その後、新たな火種が発生しました。エジプトやトルコでテロが発生したことから、トルコがISを初めて空爆するという事態が起こりました。トルコはシリアに隣接しており、ISとの交戦地帯にも近かったのですが、ISによるトルコ国内でのテロへの懸念もあり、従来は空爆に踏み切りませんでした。しかし、6月の総選挙で2002年から単独政権を維持していた公正発展党(AKP)が過半数割れしたことから国内の政治基盤が不安定になり、また自国へのテロが発生したことから、報復懸念よりも政治基盤を強化することを狙い、空爆に踏み切ったようです。この空爆を受けて、通貨(トルコリラ)は売られました。トルコ中央銀行は経済への影響を抑えようと、急遽、銀行向け貸出のドル金利を引き下げる政策を講じました。
複雑な中東の相関関係
中東の各国や地域の相関関係は複雑です。元々は砂漠に部族単位で民族ごとに生活圏を維持していたのですが、第一次世界大戦後のオスマントルコ帝国の崩壊と、第二次世界大戦後の英米の統治分割によって、イスラエル誕生とともに、中東地域に新たな国境線が引かれたことが関係を複雑にしています。更に世界最大の原油生産地が中東に集中しており、20世紀の石油文明の発展によって、権益と資金が交錯する複雑な構図となりました。
このような複雑な中東関係ですが、出来るだけ単純に説明をしたいと思います。
まず、現在の中東関係は国際的な宗派戦争(イスラム教のスンニ派vsシーア派)に変質しつつあるため、イスラム教のスンニ派とシーア派の違いを頭に入れておくことが重要です。
- イスラム教徒のうち、スンニ派は9割を占め、シーア派は少数派
- 宗派の違いは、預言者の後継者についての見解が異なり、礼拝方法や回数が異なる点
- スンニ派は聖典コーランなどの戒律を重視し、個人崇拝傾向はあまりない
- シーア派は、個人崇拝の傾向が強い
世界に60人ほどいる最高権威のイスラム法学者を信徒の模範として崇拝する - スンニ派は、少数派で信仰の方法も異なるシーア派を異端視しがちであり、IS(「イラク・シリアのイスラム国」)などスンニ派の超保守派は、シーア派を「背教者」と断罪する
- シーア派には、スンニ派に差別されてきたという被害者意識がある
- こうした違いが紛争の一因になっているが、イスラム世界全体では、両派が平和に共存しているケースが圧倒的に多い
次に、少数派であるシーア派の国々・地域を理解します。「シーア派三日月地帯」と呼ばれています。「シーア派三日月地帯」とは、イランからイラク、シリア、レバノンにかけて、シーア派が多く暮らす地域を指します。2003年のイラク戦争でスンニ派のフセイン政権が崩壊したことから、スンニ派国家のヨルダンのアブドラ国王がシーア派の勢力拡大を予期し、ほぼ同じ地域で栄えた古代メソポタミア文明の「肥沃な三日月地帯」の発想から、「新しい三日月地帯」と呼びました。イスラムの少数派であるシーア派は、イランを中心にこの三日月地帯で支援や連携を強めてきています。
その後、シーア派となったイラクの北西部にスンニ派のISが台頭し、シーア派地域に侵攻しました。ところが、ISは過激武装集団であることから、中東の秩序を守るため、IS掃討作戦にスンニ派国家も加わるという複雑な関係となっています。更に、欧米とロシアが関係してきますが、今回は以下の単純図式をまずは理解して下さい。
以上のように単純化し過ぎて他の情報を切り捨てている面もありますが、また、説明に対してはさまざまな意見もあると思いますが、今回は複雑な中東地域を理解する入門編としてお読み下さい。まずは単純図式を頭の中に入れ、中東のニュースが出るたびに関係図を確認して下さい。地図を片手に地理的関係を見ながら頭の中に整理していくことも重要です。繰り返すことによって、中東各国の動きや欧米の対応などが理解できるようになり、相場予想に役立ち、機敏に対応できるようになります。中東が動揺すれば、株や金利市場は混乱しますが、為替市場は売りでも買いでも投資機会は均等に対応することが出来ます。これが為替取引の魅力でもあります。
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