為替相場を予測する上で、貿易収支や経常収支の話がよく出てきます。これらは短期的にも中長期的にも重要な変動要因となります。経済学的な細かい定義ではなく、為替相場を見る上での必要な項目をお話します。
まず、日本と外国との取引の集計をまとめた国際収支というくくりがあります。その中に経常収支と資本収支というくくりがあります。経常収支の中に貿易収支と所得収支という為替を見る上での重要な項目があります(経常収支にはその他にも項目がありますが、今のところ為替の大きな変動要因にはなりません)。また、資本収支の中に直接投資と証券投資があります。
貿易収支 輸出額―輸入額=貿易収支
この数字がプラスの場合を貿易黒字 ( 輸出額>輸入額 )といい、→ 通貨買い
マイナスの場合を貿易赤字( 輸出額といいます。 → 通貨売り
貿易黒字の国の通貨は買われ、貿易赤字の国の通貨は売られます。2014年7月発表の日本の上半期の貿易統計は7兆5984億円の赤字となりました。これは、半期ベースでは最大の数字です。日本は自動車、電機、機械の輸出大国で長らく貿易黒字の国でした。しかし、2011年3月の東日本大震災以降、原発の停止に伴い石油、LNGの輸入が増えたため貿易赤字国になりました。貿易赤字は2014年8月までで26ヶ月連続となりました。さらにに、アベノミクスによって円安が進行したため輸入金額が膨らみ、赤字の金額が非常に大きくなってきました。輸入のために買うべきドルの金額が増えているため、円安要因となりました。しかし、この先も貿易赤字が続くことが予想されますが、この要因だけでさらなる5円も10円もの円安が進行するとは考えづらいです。1兆円の貿易赤字は既に相場には織り込まれているため、さらに円安に行くためには赤字が毎月々かなりのペースで増えていく必要があります。しかし、それは現実的ではありません。一方で、貿易赤字は続くため、円高に行きにくい相場地合いは続くと思われます。どういう事かというと、ドル売りで円高に動くと、輸入業者などから輸入代金のためのドル買いが入り、円高を止める方向に働くということです。その影響で、5円も10円ものドル円の急落も考えづらいのです。
所得収支 海外投資による利子・配当収入と外国に支払う利子・配当の収支
日本は所得収支が年々増えているため、貿易収支の赤字が続いていても所得収支を合わせた経常収支は黒字が続いています。2014年7月では、経常収支は4167億円の黒字となっています。これは貿易収支が8281億円の赤字でしたが、所得収支が1兆7038億円の黒字となったからです。貿易取引では赤字ですが、過去の蓄積による海外資産から得る収入の方が多くなっているということです。これら海外からの利子や配当は外貨建てのため、ドル売り要因となります。したがって、貿易収支が赤字でも(ドル買い要因)、所得収支の黒字の方が大きいため(ドル売り要因)、結果として経常収支が黒字になり(ドル売り要因)、ドル売りの方が力が強いということになります。このことは、日本の場合、貿易赤字だけで円安がどんどん進行していくということにはなり得ない構造になっていることを示しています。貿易赤字が所得収支の黒字を上回り、経常収支が赤字になるまでは円安にも限界があるということになります。
直接投資 海外現法設立の出資や海外企業への出資、海外企業の買収など
80円台、70円台の円高局面で日本企業の海外企業に対するM&A(企業買収)が活発になりました。しかも、通信会社や薬品会社にみられるように1件当たりの買収が大型化してきました。これらは短期的に大きな円安要因となります。新聞などで観測記事が出てきた時は要注意です。現実にドル買いがまだ実施されてなくても、その観測記事だけで相場が動くことがあるので、これらの記事には留意する必要があります。もちろん、海外企業が日本企業を買収する場合には円高要因になります。買収案件や出資案件の記事には目を通しておく必要があります。このことは、海外企業同士の場合も当てはまりますので要注意です。例えば、英国の企業がオーストラリアの資源会社を買収する場合、ポンド売りの豪ドル買いになるとの期待が高まるということが起こります。
証券投資 日本の機関投資家や個人の外債、外株の購入、あるいは海外からの日本株買いや国債の買いなど
円安へ動く背景に、日本の企業年金などの機関投資家による国内債から外債へのシフトがあると言われています。現実に機関投資家は海外の中長期債を買い越しています。この中には為替ヘッジ付きの金額も含まれていますが、円安要因として大きなインパクトがあります。国債の価格下落リスク(金利上昇リスク)を警戒して、海外資産へシフトしていく方向はまだ続く可能性があるため、今後の動向に引き続き注目する必要があります。もし、何週も続くのであれば、短期的には円安要因として効きますので無視できない要因です。
一方、海外からの日本株買いも続いており、これは円高要因になります。海外の日本株買いは、こちらも為替ヘッジ付き投資が含まれていますが、かなり大きな金額です。
日本からの外債投資、海外からの日本株買いと綱引きの様相を呈してきました。これらの数字は毎週、財務省から発表されており、日本経済新聞などにも記事は掲載されていますので注目しておく必要があります。
需給と市場のテーマ
為替相場を予測する上で、短期的な要因としてマーケットの需給はどうなっているか、そして現在の市場テーマは何か、あるいは重要度の順位はどうかということが注目されます。ドル円の需給の例でみれば、貿易赤字が続いているということは貿易取引でドル買いが常に勝っているということになります。しかし、四六時中勝っているということではなく、ひと月の中でこの日はドル買いが多いとか、一日のなかでこの時間はドル買いが多いとか、あるいはこの相場水準では輸出(ドル売り)が勝っているということが起こります。例を挙げてみます。
- ひと月の中では、五、十日(ごとび)に輸入決済のドル買いが集中することや、月末にドル買いが集中することなど。
- 資本取引では、月末近くや月初に投信の設定が多いため、外貨建て投信が多い月だとドル円以外にも円売りが盛んになる。
- 外貨建て債券の利金の円転(外貨を円に換えること、ドル売り)は2月、5月、8月、11月の15日に発生。この数日前は円高に注意。
- 一日の中では、午前10時前に各銀行がその日の公示レートを決めるため、輸出企業のドル売りが多いと10時前後に円高に、輸入企業のドル買いが多いと円安に動く癖があります。10時前後10分間ぐらい相場をみてもらうと動いているのが分かると思います。しかし、事前に今日はドル買いかドル売りかどちらが多いかということはわかりません。相場の動きを見て判断するしかありません。
- 日時だけでなく、相場水準が需給に影響してくることもあります。例えば、この水準以上だと自動車会社の輸出に伴うドル売りが待っているということも起こります。短期的な需給は供給(ドル売り)が勝るということになり、短期的に円高が進みます。
このように、現時点では買い方が多いのか、売り方が多いのか需給を探ることが短期的な相場を予測する上でプラスになりますが、為替は24時間世界中で動いているため株のようにはいきません。しかし、新聞を読んだり、情報収集したりして常に意識しておくことは大切です。
市場テーマ
相場を予測する上で、短期的あるいは中期的に現在のマーケットが注目しているテーマは何かを常に意識しておく必要があります。マーケットが注目しているテーマから外れていると相場予測は外れていきます。長期的には大きなテーマだが、短期的には重要度は低いとなると相場が読めなくなってしまいます。現在、マーケットが注目しているのは、
- 米金融政策
- その方向性を判断するための米雇用統計
この2点が最も重要なテーマです。株高が続くのかどうか、円安が続くのかどうかということは、この2点の動向にかかっています。新聞を読む時も、これらに関する記事やニュースは必ず目を通しておくことが大切です。
その次にマーケットが注目しているのは、
- 欧州の金融政策。現在利下げを継続していますが、常にスタンスが変化したのかどうか注目する必要があります。その間に物価は多少上昇しましたが、政策目標である2%未満にはまだまだ低い数字です。
- 新興国経済の代表としての中国経済の動向。GDPが注目されますが、毎月景況感指数が発表されています。この数字によって相場が大きく動く時があります。特に豪ドルなどは中国の経済指標でよく動きますので、豪ドルの相場を予測する際には注目する必要があります。
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