FOMCではサプライズは起こらない?スタンレー・フィッシャーの観測気球とリスク回避

「イエレンFRBのこれまでの政策は、マーケットコンセンサス通りにしかやっていない。金融政策に波乱があるとしたら、3月・6月・9月・12月のFOMCの間のイエレンかスタンレー・フィッシャーの講演になるだろうというのが、金利マーケット関係者の見方である」と、昨年12月のレポートに書いたが、2016年1月6日にスタンレー・フィッシャーは追加利上げという<観測気球>を上げた。

FRB副議長のスタンレー・フィッシャー(影のFRB議長)は、1月6日のCNBCとのインタビューで、「市場には、利上げは2回との思惑も根強く残っているが、少なすぎる、市場は今後の進展を過小評価している」、「「個人的に4回の利上げを実施するというのは大まかな見積もりの範囲内だ」と述べ、追加利上げに対する意欲をみせた。

リスク回避相場の最中にこうした発言が出たことで、市場は動揺しリスク資産売りに拍車がかかった。これではまずいと思ったのか、1月14日以降はセントルイス地区連銀のブラード総裁やダドリーNY連銀総裁が、ウイリアムズSF連銀総裁などが年4回の利上げ観測を軌道修正する見解を表明している。

「利上げは無理」という市場の観測とドル全面安相場

そうしたなか、スタンレー・フィッシャーは2月1日、「最近の金融市場の混乱について、一連の動きが金融の条件を継続的に引き締めることになった場合、米国の成長やインフレにも影響を及ぼすであろう」(2月1日 ブルームバーグ)と、1月6日とは一転して市場動向が実体経済に及ぼす影響力に強い警戒感を示した。

世界的な株安、原油急落、ドル高、信用スプレッド拡大という市場の反応を無視できなくなったのか、昨日2月3日にはダドリーNY連銀総裁が、「もっと自信を持って言えそうなのは、昨年12月のFOMC会合当時に比べ、金融の状況は著しく引き締まっているということだ」と述べた。

「事ここに至ると中央銀行は無力化し、市場の力が実体経済を巻き込みながら奈落の底へと突き進むリスクが生じる。中央銀行が無力化するというのは、当局が金融緩和に転じても、実体経済と市場が自律的に底打ちするまで、気休め程度の措置しか実行できないということだ。FOMC当局者は昨年12月の利上げ決定の後、なお金融引き締めではないと力説していたが、自らの首を絞めかねない措置になるとは思いも寄らなかったようだ。こうしてFOMCが思い描いてきた利上げサイクルは消滅し、次の政策が緩和になる可能性が高まってきた」(2月4日 ブルームバーグ【FRBウオッチ】「市場に吹き飛ばされた利上げサイクル、次は緩和か」)というのが、現在の市場の観測だ。利上げは当分ないということで米金利が低下し、米国債が買い進まれている。こうなると、米利上げを織り込んできたドル相場は上がらない。

FF金利先物から見る米政策金利予想値 2016年の米利上げは12月に1回だけ?

(出所:石原順)

米10年国債先物(日足) 米国債は買い(金利低下)トレンド相場
上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドルインデックス(日足)<ドルの上値限界説=ドルインデックス100>が意識されている・・
上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドルインデックス100というドルの上値限界説

不思議なのは、昨年からドルインデックスが100に接近すると、ドル高が止まってしまうことである。筆者は毎日リアルタイムでドルインデックスの動きをみているが、100のところが本当に重い。

2016年の為替相場はボラティリティが高まっているものの、ドルインデックスでみれば2015年からは横這いレンジ相場である。ドルインデックスが100を大きく超えるか93を大きく下回らない限り(レンジブレイク)、あるいは、米国の大統領が変わるまでは大きなトレンドが発生しない可能性もある。いずれにせよ、ドルインデックスが100を大きく超えてこない限り、<ドルの上値限界説=ドルインデックス100>が意識されることになろう。

クリントン政権とオバマ政権のドルインデックス相場(月足)と100の壁
1期目はドル安政策・2期目はドル高政策(1期目=黄色のゾーン・2期目=緑色のゾーン)

(出所:石原順)

日銀のマイナス金利政策は見せかけの政策か?

1月29日に日銀はまさかの「マイナス金利政策導入」に踏み切った。最後のカードになってしまうバズーカ3(追加量的緩和)を温存し、残るもう一つのカードであるマイナス金利というカードを切った格好だ。1月の相場をみて、日銀・財務省は恐怖を感じたのであろう。ここでのマイナス金利の目的は、消費増税が延期にならない程度の円安と株高を維持したいということだろう。

マイナス金利導入の是非はともかく、相場を考えるうえで重要なのは、黒田日銀総裁はバズーカ3を温存したということである。黒田日銀のカードは今後、<マイナス金利幅の拡大>と<補完措置によって買い入れ枠を拡げたバズーカ3(量的緩和)>となる。日本株を売り叩いている海外投機筋も、「日銀の打つ手は限られてきているが、まだ万策尽きた状態ではなく、今回のマイナス金利政策の導入で日本株やドル/円は売りにくくなった」と述べている。

ECBは例外なく当座預金をマイナス金利にしたが、日銀はスイス、スウェーデン、デンマークがとっている階層構造方式を採用した。実際にマイナス金利が適用される当座預金は基本的にこれから増える分だけである。銀行救済の姿勢は崩しておらず、そのため、海外の投機筋からは「見せかけのマイナス金利」と揶揄されている。そもそも、当座預金に付利(銀行への補助金)を付けたのは白川日銀総裁で、それは時限措置だったはずだ。それが既得権化してブタ積みがおこったわけであるが、今回の日銀のマイナス金利は骨抜き度が高い。

<ドル安・円高>という難解な相場

著名投資家のラリー・ウイリアムズが『フォーキャスト2016』のなかで、2016年2月3日の<米ドルインデックスの売り転換>をナチュラルサイクル分析で予測していた。昨日の動きが注目されていたが、筆者もまさかドル/円が117円04銭まで下げるとは思っていなかった。マイナス金利効果期待の剥落と、マイナス金利導入でできた円売りポジションの損切りに加え、昨日のダドリー発言を受けたドル全面安相場に巻き込まれた格好だ。

2月3日の相場でドル/円は117円まで売られるという激しい動きとなっているが、筆者の認識で言うと、現状では円買いトレンドが発生しているわけではない。下のチャートをみると、ドル/円相場は、12月18日のNYクローズ121円25銭から1月21日NYクローズの117円31銭まで約4円の円高トレンド相場が展開されたあとの調整相場となっている。26日標準偏差ボラティリティや14日ADXがピークアウト(天井をつけ下落)しており、トレンド期とはやや逆方向にバイアスがかかった「レンジ内での乱高下相場」となりやすい局面だ。この乱高下相場で儲けるのは苦労する。感情に任せて売買していると、<買ってやられ・売ってやられ>という散々な目にあいやすい。

ドル/円(日足) 円高トレンド終了の後のランダムネス(無秩序)相場
上段:14日修正平均ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドル/円(日足)と9日RSI40-70のシグナル マイナス金利効果は一日天下?RSIの売りシグナルが点灯
上段:3日修正平均ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:13日エンベロープ±1%・±2%
下段:9日RSI(赤)

(出所:石原順)

こうしたなかで、筆者は小さなポジションでデイトレードを行いつつ様子を見ている。下のチャートは、ドル/円(1時間足)・ポンド/円(1時間足)・ユーロ/円(1時間足)に13時間エンベロープ±0.3%・±0.6%と<3時間修正平均ADX>をプロットしたものだ。<3時間修正平均ADX>が70以上や30以下になった時が相場転換の領域となりやすい。筆者は<3時間修正平均ADX>という指標を、円相場(1時間足)の転換をとらえるのに使っている。

相場の転換ポイントは、緑のポイントである。筆者はデイトレードでは、<3時間修正平均ADX>を使って売買している。明確な利食いのポイントがあるわけではなく、利益が出れば直ちに、あるいは相場を見ながら適当に手仕舞うというトレードを行っている。<ドル安・円高>という展開になると、相場が読みにくくなる。それにしても、目まぐるしい相場だ。

ドル/円(1時間足) 緑が相場の転換ポイント
上段:13時間エンベロープ±0.3%(青)・±0.6%(赤)
下段:3時間ADX(青)

(出所:Meta Trader4)

ポンド/円(1時間足) 緑が相場の転換ポイント
上段:13時間エンベロープ±0.3%(青)・±0.6%(赤)
下段:3時間ADX(青)

(出所:Meta Trader4)

ユーロ/円(1時間足) 緑が相場の転換ポイント
上段:13時間エンベロープ±0.3%(青)・±0.6%(赤)
下段:3時間ADX(青)

(出所:Meta Trader4)

今年はイエレンが市場の洗礼を受ける可能性が高まっている

レイ・ダリオは、「FRB当局者が引き締め路線にコミットするあまり、かなりの緩和措置が必要になった場合でも路線変更が困難になるとのリスクにわれわれは直面している」(2015年8月25日 ロイター)と述べた。QEを否定し、中央銀行バブルの崩壊は必然と言ってきたヌリエル・ルービニNY大学教授でさえ、「残念ながら現状ではQEを継続せざるを得ない」と述べている。明日、米雇用統計の発表があるが、イエレンがこれまで重視してきた雇用の数字がこれだけ良いと、利上げ路線を変更するにはおそらく相場の暴落が必要となろう。「さらなる危機が起こらない限り、FRBは緩和に動けない」というのがレイ・ダリオの懸念である。

米雇用統計の推移 2000年~2016年
2月5日の米雇用統計は非農業部門雇用者数変化が19万人、失業率が5.0%の予想となっている

(出所:石原順)

2015年3月までダラス連銀の総裁をしていたリチャード・フィッシャーがCNBCのインタビューで、「市場を不安定にしている元凶は中国ではなくFRBだ。FRBはこれまでさんざん相場を吊り上げてきたが、今やその後始末に困っている。FRBは市場を操作する兵器を持っているが、その兵器には、もう弾が残っていない」と述べた。1949生まれのリチャード・フィッシャーは、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンで債券や外国為替部門で活躍した相場を熟知している人物だ。

市場は常に弱いところを突いてくる。FRB・ECB・日銀に打つ手がないとわかると、中央銀行に対する信頼が失墜しかねない。今年はイエレンが歴代のFRB議長のように、市場の洗礼を受ける可能性が次第に高まっている。2月10日にイエレンが議会証言を行うが、上げるにせよ、下げるにせよ、そこがまた相場の転換点となるかもしれない。

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日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。