金融緩和補完措置は不発に終わったが、消費増税ダメ押しのための<黒田バズーカ3説>が浮上

12月18日の日銀金融政策決定会合は、「現状維持」だと市場関係者は思っていた。しかし、サプライズ狙いが好きな黒田総裁は「補完措置」を発表した。戦力の逐次投入はしないと言っていた黒田総裁の「補完措置」は、事実上の小規模追加緩和と受け止められてしまったようだ。アルゴリズム取引の買いで株式相場は急騰したが、相場は10分しか持たず、その後は大幅安に見舞われた。

今回の黒田日銀の「補完措置」は、将棋で言う「疑問手」とされ、致命傷(悪手)とまではいかないが 明らかに形勢を損ねる事となった手であると受け止められている。「もう日銀の打つ手は限られている」ことが明らかになってしまったというのが、マーケットの見方だ。

しかし、「今回の補完措置は黒田バズーカ3への布石(地ならし)であり、参議院選挙前の黒田バズーカ3は必至だろう」とみるファンドも多い。今回発表された長期国債買い入れの平均残存期間の長期化で、日銀は買い入れの平均残存期間を現行の7~10年程度から2016年には7~12年程度に伸ばすことが出来る。黒田総裁は現行の縛りではもう国債の買い入れ余地がないため、「国債を買える範囲を拡げた」のである。

買う国債がないなかで、「長い期間の国債を買っていこう」という戦略は、金融抑圧(インフレ以下に国債の金利を下げる政策)が理想的な財務省の方針とも一致している。今後、財務省は超長期国債などの発行を増やし、QQE継続期間中に国債発行側のデュレーション(資金の平均回収期間)を長期化するつもりだろう。

筆者は日・欧のQEはもう限界であると述べてきた。日本では軽減税率の不毛な議論が活発化するなかで、消費税10%は既に既定路線となっている。<黒田バズーカ2>は消費増税のためにおこなわれた政策であり、消費税10%が既定路線となる中で<黒田バズーカ3>はもうないだろうと考えていた。だが、財務省としては、「株安になると安倍さんが消費税を延期しかねない」ことを恐れているのだろう。ファンド勢のなかでは、消費増税ダメ押しのための<黒田バズーカ3説>が急浮上している。

この期に及んでも、「どうして日本はECBのようなマイナス金利を採用しないのか?」という海外の運用者もいる。たとえば、日銀の当座預金の付利を撤廃してしまったら、日銀の当座預金への<ブタ積み>で運用しているゆうちょ銀行はたちまち運用難に陥ってしまう。

そもそも、いくら日銀が金融緩和をしようが、そのお金は日銀の当座預金にブタ積みになるだけで、マイナス金利にでもしない限りお金は金融村のなかに留まり、お金は市中に出ていかない。イールドカーブ(利回り曲線)のフラット(平坦)化で、長短金利差で収益を上げる銀行は融資しても利鞘が稼げない。銀行は融資しても儲からないので、お金は市中には出ていかないのである。

日銀は<見せかけの金融緩和>を続けながら、事実上のデフレ政策を続けているのだ。なぜなら、対GDP比で類をみない債務残高を抱える日本は、インフレになったら(金利が上がったら)、困るからである。物価目標2%を達成するまでは、日銀は国債を買う(金利上昇を抑える)ことが出来る。黒田さんは現実に日本経済がインフレになったら困るのである。金融抑圧政策を継続するには、インフレ以下の国債の低金利を維持のための<みせかけの金融緩和>を続けるのがベストなのである。

筆者が「日本は資本主義制度に危害を加える<統制経済>に向かっている」と述べてきたように、今回、日銀が打ち出した<補完措置>には、賃上げや設備投資に積極的な企業の株式を日銀がETFを通じて買ったり、賃上げや設備投資をする企業にお金を貸した金融機関に日銀が低利で融資をしたりするなどの策が盛り込まれている。こうした統制経済化のなかで、海外ファンドの多くは、「日本の当局は消費税のために相場をもたす」、「日本の当局は来年7月の参議院選挙までは株高を保つ」と、考えているようだ。いずれにせよ、現在の日銀の金融政策は麻薬のような依存性を発揮しており、それが破綻するまで出口はないのである。

だが、陰鬱博士マーク・ファーバーが「エコノミストもファンドマネジャーも当局が介入するほど良い政策であると常に考えている。財政・金融政策によるあらゆる実験と介入に、過誤がある可能性、副作用がある可能性、さらなる介入で過誤を招く可能性があることを、つい忘れしまう。この教訓を旧ソ連や毛沢東時代の中国にあった中央計画当局から学んでいるはずなのに・・。経済政策の決定権者はまずは市場と資本主義制度に危害を加えないことからというお題目を何度も唱えているにもかかわらず、ほとんど何も処置をしないこと、ましてや何もしないことに抵抗を感じてしまう。さらなる量的緩和・政府の消費景気・公的資金援助・新しい規制・移転支出・マイナス金利によるあからさまな富の没収をしたいという気持ちを抑え難いのだ」と指摘しているように、政府や日銀が仕掛け的に民間企業に特定の行動を促すのは、やり過ぎであろう。

そうした自作自演相場の中で、「黒田バズーカ3があれば、当面の相場はそこで天井をみる」(日本株に投資する海外ファンドの運用者)ことになろう。

1時間足トレードに適した通貨ペアは?

筆者は2015年の為替相場の収益の大半を、テクニカル指標「エンベロープ(移動平均乖離)」を使ったドル/円の逆張り(押し目買い)によって上げてきた。「エンベロープ(移動平均乖離)」は移動平均線を一定の割合で上下に乖離させたテクニカル指標である。

「価格が移動平均線から乖離しすぎると、平均に戻ろうとする力が働く」という平均回帰の考え方から、エンベロープで「買われ過ぎ」「売られ過ぎ」を判断し、逆張りや利食いのポイントとして利用されている。

円相場の動く範囲を観察すると、<日足>での通貨の変動は概ね13時間移動平均線の±2%~3%乖離の範疇で動くといわれている。最近は相場の変動率が低下しているため、±1%がコアレンジとなっている。

<1時間足>での通貨の変動は概ね13時間移動平均線の±0.6%乖離の範疇で動くが、最近の相場では±0.3%がコアレンジとなっている。日足相場に円高トレンドが発生していない限りは、<1時間足>のエンベロープ売買では、マイナス0.3%やマイナス0.6%の水準はすべて押し目買いに動いてきた。相場のトレンド(方向性)の有無を判定する指標は、日足の26日標準偏差ボラティリティである。

たとえば、昨日の相場でNZドル/円やポンド/円の<1時間足>は、13時間移動平均線のマイナス0.6%水準に到達している。ここで押し目買いをしてもよいのはNZドル/円で、ポンド/円の押し目買いは好ましくない。なぜなら、ポンド/円の<日足>は26日標準偏差ボラティリティが上昇し、円高トレンドが発生しているからである。

NZドル/円(日足) 調整相場
上段:13日エンベロープ ±1%バンド(黄)・±2%バンド(緑)
下段:26日標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

NZドル/円(1時間足)
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

ポンド/円(日足) 円高トレンド相場
上段:13日エンベロープ ±1%バンド(黄)・±2%バンド(緑)
下段:26日標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

ポンド/円(1時間足)
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

筆者は日足で円売りトレンド相場になっている場合や方向性のない相場では13時間エンベロープで押し目買いを継続するが、日足で円買いトレンドが発生した場合は、直ちに13時間エンベロープでの押し目買いは休止する。

2015年は未(ひつじ)辛抱の年だった

相場格言に「辰巳(たつみ)天井、午(うま)尻下がり、未(ひつじ)辛抱、申酉(さるとり)騒ぐとあるが、2015年は未(ひつじ)辛抱の年だった。この12月の運用者達とのミーティングや忘年会では、「今年の相場は8月の下げを回避できたかどうかに尽きる」という意見が大半だった。

8月相場では世界の株式市場から5兆ドルを上回る時価総額が失われたが、筆者の周辺のファンドや運用者の多くは、幸いにして今年の8月~9月の下げを回避できた。株式相場やクロス円相場は急落時にボラティリティ(変動率)が上昇しやすく、上昇および横這い相場ではボラティリティ(変動率)は低下していく。株式投資とクロス円投資に関してあまり好ましくない現象は、ボラティリティの上昇である。筆者の周辺の運用者は「5月」・「9月」・「10月」といった月の手前で相場から降りてしまうので、今年の「8月相場のクラッシュ」には巻き込まれていないのである。

運用手法では中央銀行が直接相場に介入しているなかでボラティリティが上がらず、2015年も「逆張り」が有効な年であった。

NYダウ(日足) 8月のクラッシュ以外は年を通じて横這い
上段:3日単純平均ADX(赤) ADX70以上、30以下が相場転換の領域
下段:18日エンベロープ±3%バンド(緑)と9日RSI40-70の売買シグナル

(出所:石原順)

日経平均(日足) 8月のクラッシュのあとは郵政PKO相場
上段:3日単純平均ADX(赤) ADX70以上、30以下が相場転換の領域
下段:25日エンベロープ±5%バンド(緑)と9日RSI40-70の売買シグナル

(出所:石原順)

ドル/円(日足) 今年のドル/円相場は変動相場制以来の低変動相場だった
上段:3日単純平均ADX(赤) ADX70以上、30以下が相場転換の領域
下段:13日エンベロープ±2%バンド(緑)と9日RSI40-70の売買シグナル

(出所:石原順)

相場の大天井の兆候は何か?2016年から2017年は申酉騒ぐ・・

低変動相場に終わった今年と違って、申酉騒ぐと言われる2016年から2017年にかけての相場は相当荒れそうだ。

今は異常低金利バブルなのである。世界的なデフレ圧力と異常低金利(大企業が益回りをはるかに下回る金利で借金ができる)のなかで、大企業は設備投資にカネをかけるよりも、さらに債務を負って資金を調達し、他の会社を買収することに邁進してきた。M&A活動が過去最高水準に増えているのも当然であろう。

下のチャートはマーク・ファーバーの<The Gloom, Boom & Doom Report12月号>で取り上げられている米国企業のM&A活動の推移である。

米国のM&A活動 1995年~2015年

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート12月号)

これまでは、ひたすら株の押し目買いをするのが相場の基本姿勢となっていたファンド勢も、「米国の利上げ後の相場に対しては下げへの警戒を怠れない」と考えているようだ。なぜなら、陰鬱博士と呼ばれるヘッジファンド運用者マーク・ファーバーが指摘しているように、「M&A、自社株買い、そしてLBO(レバレッジドバイアウト)の記録的増加は、ほとんど常に相場の大天井近くで起こる」からである。

これまで米国企業のM&A活動がピークをつけたのは、1960年代後半、1970年代後半の資源株、LBOが隆盛を極めた1987年ブラックマンデー前、1990 年代後半、2006~2007 年である。2015年はM&A活動が過去最高水準に増加しており、米国株は天井圏に到達している可能性がある。

NYダウ(週足)と米国の金融政策  2016年は利上げサイクルに入る
FOMCの利上げを前に、石油や金地金などコモディティ相場の急落、中国人民元など新興市場諸国の為替相場の下落が起きた

(出所:石原順)

金利低下にともなう米企業収益の拡大
政策金利が下がると米企業収益は拡大し、政策金利が上がると米企業収益は縮小する

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート12月号)

世界的な景気の悪化で、今年に入って米欧の大手銀行11行は、従業員の1割にあたる10万人を削減している。米国の景気が本当に良いのなら、このようなコストカットは行われない。これまでは自社株買いが米国株上昇の原動力であったが、これから米国の金融機関が一株利益を上げるにはコストカットしかないのかもしれない。

また、来年のドル/円相場は円高に注意が必要なフェイズに入る。来年はこれまでドル/円相場の転換点となってきたドル/円(月足)20カ月移動平均線の攻防が必至となろう。20カ月移動平均を割れるとドル/円がとりあえず110円レベルまで下落する可能性が出てくるので注意したい。ドル/円の超長期波動は円安を示唆しているが、いまの円安は所詮、「良い円安」であり、円安の進行は限られている。

ドル/円(月足) 円のボトム8年サイクル
円安のピークは8年サイクルでみると2014年後半から2016年前半(黄色のゾーン)までに到来する

(出所:石原順)

ドル/円(月足) 20カ月移動平均線と相場の転換
来年のドル/円相場は20カ月移動平均線の攻防が焦点に?

(出所:石原順)

来年の相場見通しに関しては、新年1月4日のレポートで言及したい。2016年が皆さんにとって良い年になることを心よりお祈りする。

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日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。