強気相場の「母乳」となる世界の流動性が縮小している

先週のレポートで、Dr. Gloom(陰鬱博士)と呼ばれるマーク・ファーバーのレポートを紹介した。投資家からの「ぜひ、続編を!」という要望が多く、マーク・ファーバーのレポート「The Gloom, Boom & Doom Report」の代理店となっている出版社の了解を得られたので、今週もDr. Gloom(陰鬱博士)の相場観を紹介しよう。

「世界の経済状況は悪化している。これは特に中国など新興国に当てはまる。すぐに思い浮かぶブラジル、ロシア、南アフリカは、ごく一部にすぎない。しかも、世界中(米国も)で工業部門が縮小しているようだ」と陰鬱博士が語るように、世界景気は悪化している。

MSCI フラジャイルファイブ株価指数(単位:米ドル、2013年~2015年)

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート11月号)

日経ヴェリタスの前田昌孝編集委員によると、「今回は利上げ後の世界経済の不透明感が強い。国際通貨基金(IMF)は10月6日に15年と16年の世界経済の成長率予測をそれぞれ0.2%ずつ下方修正し、3.1%と3.6%にした。来年は今年に比べて成長が加速する見通しとなっているが、長年、商品市場の分析をしているエコノミストはIMFの見通しは徐々に下方修正され、結局、今年と同じ程度になるのではないかと話していた」(日経新聞電子版【マーケット反射鏡】2015年11月25日)という。

銅先物(日足) 銅価格は景気の先行指標 世界の商品価格の下落は世界経済から成長力を奪う・・

(出所:石原順)

前回、世界最大の政府系(SWF)ファンドであるノルウェーの政府年金基金グローバル」の状況を伝えたが、SWF(政府系ファンド)が規模を縮小させ、資産を売り払うようになった。世界の流動性は縮小している。

世界の流動性供給(年変化率 1988年~2015年)

世界の流動性は2008年の非常に短い期間にだけ縮小した。このとき、新興国の株価は文字どおり悲惨な状況になったと容易に推測できる。そして世界の流動性が2009年に猛反発したとき、新興国株は高騰した。

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート10月号)

日米とも家計は限界

11月5日に日銀が発表した「家計の金融行動に関する世論調査」で、日本の全世帯の半分近く(48%)が金融資産を持たない一人世帯であることが判明した。低所得の独身層や独居老人の貧困が増えており、日本は急速に貧富の格差が拡大している国になっている。下のグラフを見ればわかるが、米国も1999年以降、インフレ修正済の実質世帯所得(中央値)は低下の一途である。米国でも大多数の世帯では家計がひっ迫どころか、かなり限界に達している。

米国の実質世帯所得中央値(1985年~2015年)

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート11月号)

女性×男性の所得比と通年フルタイム労働者(15 歳以上の男女別の平均所得1960~2014年)

米国では過去30年近くにわたり、明らかな巨大貨幣的インフレがあったにもかかわらず、実質賃金が横ばいのままなのだ。この図から一目瞭然のように、男性フルタイム労働者の実質平均所得が1971年の水準にあり、また女性フルタイム労働者の実質平均所得が2001年の水準にあり、そして実質家計所得が1996年の水準にある。中央銀行が繁栄を創造し、生活水準の向上を目的に拡大的な金融政策を実行し、資産バブルを奨励するのは、最も破滅的な政策である。まったくもって自滅行為であり、矛盾した行為である。

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート 10月号)

米国の持家世帯・賃貸世帯の変化(2001年~2015年)

2013年には3分の1を超える借家人、つまり1,120万の賃貸世帯が、収入の半分超を家賃に支払っていた。2000年は300万人超であった。問題は、2005年以降、米国で持家世帯の数が減っている一方、賃貸世帯の数が800万超も増えていることだ。

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート 10月号)

米国の借家世帯の変化(1950年~2014年)

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート 10月号)

米国の自動車ローン(単位:10 億ドル、2006年~2015年)

米国の自動車会社は、決して終わることのない債務回収の泥沼にはまるのを望んでいるかのようだ。平均融資額2万7,000ドルと平均返済期間65カ月はともに過去最大である。自動車会社は日に日に刹那的になっており、7年ゼロ金利ローンはいまや業界標準だ。ディーラーに支払う千ドル単位のインセンティブが急増している。そしてサブプライム自動車ローンが、いまや全売上の20%超を占めるようになった。2010年以降、サブプライム自動車ローンは、プライムローンの2倍を超えるペースで伸びている。FRBと米財務省とウォール街は、自動車販売が景気低迷を治癒する強壮剤になるだろうと判断した。そのため猫も杓子も新車を得られるよう、債務の水門を開いた。景気回復の兆候を顕示するため、絶好調な自動車販売を必要としたのだ。

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート 11月号)

世界経済は「グリーンスパン=バーナンキ=イエレンモデル」に依存する

上記の状況を踏まえて、Dr. Gloom(陰鬱博士)マーク・ファーバーはレポート(11月号)で、「米国経済の好景気は良くて鈍化したままとなるだろう。ただし、簡単に“ゼロ成長”へと落ち込みやすく、景気後退にもなり得る。資産インフレ、実質所得の減少、人工的低金利、そして過剰債務は、必ずしも持続的経済成長の作り方ではない。しかも、前から何度も説明しているように、中国経済が公式統計の数字よりもはるかに減速している。事実、公式発表はまったく現実と逆である。大半の新興国も成長していないか、すでに景気後退だ。こうした経済情勢から出る最初の結論は<FRBによる近い将来(向こう6カ月)の利上げはなさそうだ>となる。むしろ知ったかぶりの干渉主義者や新ケインズ主義者が来年早々にQE4(量的緩和第4弾)を発表したり、マイナス金利を導入したりしても、私は全く驚かない」と述べている。

米国の12月利上げはもはや既定路線になっているが、マーク・ファーバー、レイ・ダリオ、ジェフリーガンドラックは米国の出口戦略(利上げ)は失敗すると読んでいるのだろう。今後の投資対象としては、「現金を保有している投資家は、10年物米国債に変えることを考慮すべきだ。確かに、本レポートの読者にとって、10 年債の約2%の利回りは“取るに足らない”であろう。しかし、ゼロ金利やフランス、イタリア、日本、スイスの10年債( それぞれ0.8%、1.44%、0.29%、マイナス0.37%)に比べれば魅力的だ。これは特にFRBがマイナス金利導入の可能性を検討した場合、当てはまる」と述べている。

米10年物国債金利 フランス、イタリア、日本、スイスの10年債に比べれば魅力的?

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート 11月号)

私は1970~73年の強気相場を思い出さずにいられない

10月のレポートでマーク・ファーバーは、「世界中の株式が目先的には売られ過ぎで、シーズナルな強さから10月中に売られ過ぎの状況から株価は上昇するはず」と説明した。それは、その通りになった。一方で、「FRB が“途方もない”QE4をしでかさないかぎり、株価の高値更新を期待すべきではない」とも述べている。「S&P500には2,050から2,134にかけて巨大な抵抗圏がある。この見解を依然として維持」しているようだ。

S&P500指数(2014年11月~2015年10月) 11月25日現在は2,088

これからのシーズナルな強さは現在の経済金融状況では私を納得させるものではない。2,050から2,134にかけて巨大な抵抗圏がある。

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート 11月号)

マーク・ファーバーはただのGloom(うっとおしい)な男でない。彼は運用者であり、そのコメントは実践的だ。「私は1970~73年の強気相場を思い出さずにいられない。1971年以降、たった50ほどの銘柄(ニフティフィフティ=いけてる50銘柄)が指数の高値更新をけん引した一方、大半の銘柄はすでに弱気相場に入っていた。亡きジョー・グランビルが当時の次のような表現をしている―“将軍たち”は先陣を切っていたが、軍隊がついてこなかった。その可能性について考慮しておく必要がある。アマゾン(AMZN)、グーグル(GOOGL)、マイクロソフト(MSFT)、アップル(AAPL)、GE(GE)といった、ごく少数の銘柄が、“大多数”の銘柄がその裏付けにならなくても、S&P500の高値更新をけん引する可能性がある。この説を支持しているかのようにGEは高値を更新し、シーズナルな強さが現在効力を発揮している」と、弱気なだけではなく<不景気の株高>も想定しているのである。

米国株のシーズナルパターン

2014年のハロウィーンから始まったシーズナル的に好ましい6カ月間、ダウは2.6%上げた。一方、昨年のメーデーから始まった好ましくない夏の期間、2.6%下げた。

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート 11月号)

結局、Dr. Gloom(陰鬱博士)マーク・ファーバーでも「ハロウィーン・ルール」を考慮しているのである。強気相場に賭けるなら、やはり10月末に買って、翌年の4月末に売るという作業を繰り返すのが投資の王道であろう。

また、マーク・ファーバーは、「アマゾン(AMZN)、グーグル(GOOGL)、マイクロソフト(MSFT)、アップル(AAPL)、GE(GE)といった、ごく少数の銘柄が、“大多数”の銘柄がその裏付けにならなくても、S&P500の高値更新をけん引する可能性がある」と指摘している。結論はもうお判りだろう。「だから、個別株より株価インデックスに投資すべき」なのだ。もう、株式相場の答えは出ているのである。

200 日移動平均を超えているS&P500 構成銘柄の割合2010年~2015年)

株式の評価は限界にきている。企業の売上と収益の低下を考慮すると、特にそうだ。そして米国株をみると、大半が高値圏にないか、1年前から20~30%下げている。その意味で、200日移動平均を超えている銘柄が50%弱あるのは興味深い)。2013~14年には、株式の90%超が一貫して200日移動平均を超えていた。そのため、現在の低い数値は、非常に多くの株式が横ばいもしくは12~24カ月にわたり下げていることを示している。ちなみに、ダウ運輸株平均は2014年11月高値から14%下げた。

(出所:The Gloom, Boom & Doom Report ファーバーレポート 11月号)

外為市場は株価次第

10月から続いている株価の季節的な上昇サイクルは未だ継続中である。このレポートで述べているように12月16日のFOMCまでは強気の方針で臨んでいる。目先は12月3日に「ECBのドラギが動く」という観測が根強く、日・欧の株式市場はもう一段の上昇も考えられよう。

一方、外為市場は日足ベースでみると、豪ドル/円が穏やかな上昇相場を示唆している以外は、全般的に調整相場となっている。しかし、株価が下げない限りは、依然押し目買い(円売り)有利の展開が続くだろう。今週は材料難で小動きだ。今週末の感謝祭からクリスマスまでは例年通り市場の流動性が落ちるだろう。しかし、12月3日のECBや12月16日のFOMCを控えて、運用者の間では「今年の12月は休めない」との声が多い。現在は決戦前の静けさなのかもしれない。

豪ドル/円(日足)
上段:13日エンベロープ ±1%バンド(黄)・±2%バンド(緑)
下段:26日標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

豪ドル/円(1時間足)
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26時間標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

ドル/円(日足)
上段:13日エンベロープ ±1%バンド(黄)・±2%バンド(緑)
下段:26日標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

ドル/円(1時間足)
上段:13時間エンベロープ ±0.3%バンド(黄)・±0.6%バンド(緑)
下段:26日標準偏差ボラティリティ

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

「大半の投資家が過去12カ月にわたり、いくらも儲かっていないといわなければならない(貯蓄の大半を株式に投資して金融危機でほとんどを失ったケースは、よくある話であろう)。最近会った個人向けのブローカーが“個人投資家の活動が終わった”と語っていた。これとヘッジファンドの残念な成績は、投資家がここ1~2年にわたって、いくらも儲けていないことを示唆している。しかも米国株が過去12カ月にわたって横ばいであるのに対し、いうまでもなく世界株の成績は、はるかに悪化した。メディアの応援団は“私たちはいま大相場のなかにいる”と信じ込ませようとしている。しかし、私は事実をありのままに述べているだけだ」(マーク・ファーバー)

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日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。