世界的な景気低迷の中で米国経済だけが一人勝ちできるのか?

2013年11月に米ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授がIMFの講演で論じた「長期停滞仮説」(恒常的な需要不足による先進国経済の長期停滞)は、エコノミストの間で世界的な反響を呼んだ。サマーズの長期停滞に反論するエコノミストもいるが、2014年以降の世界の金利動向をみていれば、サマーズの見通しが正しかったことが証明されている。

4月8日現在の長期金利をみてみると、米10年国債1.9056%・日本10年国債0.362%・独10年国債金利0.362%・スペイン10年国債金利1.2000%・イタリア10年国債1.209%となっている。

独10年国債金利(左)と日本10年国債金利(右)の日足

(出所:石原順)

イタリア10年国債金利(左)とスペイン10年国債金利(右)の日足

(出所:石原順)

米10年国債金利の日足

(出所:石原順)

他国に比べて米国の金利が相対的に高いという環境では、趨勢的なドル高基調は動かない。一方、ユーロはドイツの10年国債金利が日本10年国債と同水準まで下落しており、対ドルでも対円でも下落していくという流れにある。だから、今年の相場は円売りではなく、ドル買い相場である。

ローレンス・サマーズの「長期停滞論」やトマ・ビケティの「21世紀の資本」に対してまともな反論できないのは、世界中の中央銀行がこれだけ緩和を行っても景気が良くなってこないからである。トマ・ビケティの本が売れているのは不景気だからだ。マーケットの予想では、今年の世界経済は米国がけん引することになっている。「世界的な景気低迷の中で、米国経済だけが一人勝ちできるのか?」というのが、今年の最大のマーケットテーマであろう。

米雇用統計を受けて相場の先行きに不透明感が漂っている

先週発表された3月の米雇用統計は「米国経済一人勝ち説」に市場が疑念を抱くような内容に終わった。「利上げは何時か?」という神経質な相場状況の中、4月3日に発表された3月の米雇用統計は非農業部門の雇用者数が+12万6000人増と市場予想の+24万5000人を大幅に下回った。また、1月と2月の雇用者数も下方修正されている。悪天候の影響から3月の雇用に急ブレーキがかかった格好だが、年後半に利上げを計画しているFRBが利上げ時期を見直す可能性があるという報道が多く、相場の先行きに不透明感が漂っている。

米雇用統計の推移 2000年~2015年

(出所:石原順)

米雇用統計を受けた「利上げ後ずれ」観測の浮上で、現在はドルを買い上がれるような相場環境ではなくなった。また、4月8日に発表された日本の貿易赤字は大きく縮小している。2月の貿易収支は2013年7月に赤字に転じてから最も小さい赤字額である。「日本は近いうちに貿易黒字に転じる」と予測するエコノミストも増えている。

日本の貿易収支 2005年1月~2015年2月(単位:10億円)

(出所:石原順)

「公的資金の買い余力相場」という需給相場

こうした状況ではドル/円相場もよくてレンジか、それなりの円高局面が到来してもおかしくない。そうならないのは「公的資金の買い余力相場」という需給相場が続いているからだ。

公的資金の買い余力については、

GPIF 7.1兆円
共済年金 3.4兆円
かんぽ生命 3.4兆円
ゆうちょ銀行 10.3兆円
日本銀行 3兆円

となっているが、このうちGPIFの買い余力はほとんど残っていないと推測されている。

しかし、これからは郵貯・簡保マネーが株や海外投資を拡大するということをもって、まだまだ株買い・円売りは続くという見方が海外勢には多い。割高水準の株や円安を追いかけるような投資を郵貯・簡保がするかどうかはわからないという観測も市場では多いが、海外ファンド勢は「日本の公的機関に相場観などない。予算を消化するのが彼らの仕事だ」と、公的資金相場がまだ続くとみている。

この<公的資金買い余力観測>によって、海外勢の一部はドル/円や日本の株の買いを続けているのが今の相場だ。長期的な為替の動きは実需が決めるが、「貿易赤字減少の分を公的資金買いが埋める」というのがドル/円に強気なファンドのロジックである。

ドル/円(日足) 次のトレンド待ち 
上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

日経平均(日足)と25日エンベロープ(移動平均乖離)
公的資金買い余力観測相場が続いている

(出所:石原順)

米長期金利が上がらないという謎

現在の米長期金利がなかなか上がらないのは、世界的な需要不足による商品市況の低迷と「金融抑制(Financial Repression)」と呼ばれる当局の指導によって米国機関投資家の買いが続いている結果であるという声が多い。

巨額の借金を持つ国において、インフレは政府の実質債務を減らすことができるが、金利上昇は利払い負担になるので望ましくない。しかし金融市場で国債を買い支える仕組みを作れば、インフレ下においても長期金利を低く抑えることが可能となる。

政府にとっては実質借金額と利払い負担の両方を減らすことができるのである。佐藤健裕日銀審議委員が4月19日に米国で講演し、デフレ脱却が実現した後も、日銀が長期金利上昇を抑えるために国債購入をやめられなくなる恐れを指摘している。日本は「金融抑圧」を余儀なくされるという見方である。

米国債市場が示唆しているのは、仮にFRBが利上げしても米金利はあまり上がらないということだ。今年の年初にブルームバーグが報道したエコノミスト調査では、米10年国債の2015年末時点の利回りは3.24%となっていた。しかし、現在の米10年国債1.9056%である。

また、現時点で市場が予測する2018年のFF金利は2%と、FOMCメンバーのドットチャート見通しの約半分にすぎない。「米長期金利が上がらないという謎」についての報道が増えているが、これは長期停滞と金融抑圧の結果であろう。先週のレポートで取り上げたジェフリー・ガンドラックは、「政策担当者が提供する将来の見通しには全く価値がない。市場の価格設定の方が現実に近いからだ」と発言している。

サマーズの言う長期停滞が正しいなら、米景気に中立的な政策金利の水準は2%になる。景気に中立な米国の政策金利は4%という時代ではない。米国の<イールドカーブのフラット化>は米国の成長率低下を示唆する動きであり、サマーズの長期停滞と軸を一にしている。

雇用統計という遅行性の指標をみていても米国の景気はわからない。米国の中間層の実質賃金は過去30年間横這い、米株価は過去10年間ボックス圏という<スクリューフレーション>(Screwflation)のなかで、住宅は米国人にとって最も重要な資産(投資対象)であった。米国人はリーマンショックまで、住宅価格の値上がりだけで消費を続けてきたといってもよいだろう。住宅価格の上昇が止まると、米国は不景気になる。米国が利上げできるかどうかは、住宅価格の動向次第であると筆者はみている。

S&P/ケース・シラー20都市圏住宅価格指数 2000年~2015年

(出所:石原順)

4月は手仕舞いの月?

筆者にとって4月は手仕舞いなので、今月は利食い優先の姿勢で相場に対峙している。「基本的に10月から12月の押し目を拾って来年の4月までに手仕舞えば、運用リスクを減らすことができる」という実感が筆者にはある。

ドル/円(月足) 2007年~2015年
「10月末買い・4月末売り」の年度別パフォーマンス(赤は損失の年)

(出所:石原順)

日経平均(月足) 2007年~2015年
「10月末買い・4月末売り」の年度別パフォーマンス(赤は損失の年)

(出所:石原順)

ドル/円相場は日足で円安トレンドが発生するか、相場が逆張りゾーンまで下落しないうちは、新規に大きなポジションを作ることを控えている。ドル/円相場に関しては13時間エンベロープを観ながら1時間足での押し目買い・吹き値売り売買を続けているが、これも大幅にポジションを縮小しての相場参戦である。

ドル/円(1時間足)
13時間エンベロープ ±0.3%乖離(黄)・±0.6%乖離(赤)

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

ドル/円(日足)
13日エンベロープ ±1%乖離(黄)・±2%乖離(赤)

(出所:楽天FX マーケットスピードFX)

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。