米国の利上げは困難?

今年のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)が終了した。先週はECBがQE(債券買い入れプログラム)に動いた。ドラギECB総裁はダボス会議に出席しなかったが、ダボス会議に出席した多くの中銀総裁らはドラギのQEを称賛した。

ダボス会議やビルダーバーグ会議はファンド筋が注目しているが、今年のダボス会議で注目されたのは、ローレンス・サマーズ元米財務長官とゴールドマンCEOのディスカッションである。

「米ゴールドマン・サックス・グループのゲーリー・コーン社長や元米財務長官のローレンス・サマーズ氏がブルームバーグテレビジョンのパネル討論会で、今年利上げをしようとする米当局は困難に直面するだろうとの見方を示した。海外の経済の弱さと米国内のインフレの鈍さが理由だ」(1月2日 ブルームバーグ)と報道されているように、グローバル・デフレ(サマーズのいう長期停滞)の中で、「米国経済だけが一人勝ち(利上げ)できるのか?」と不安に感じているエコノミストは多い。

ローレンス・サマーズは、「脅威がはっきりするまではインフレとの闘いを始めるべきではないし、それはまだまだ先のことだ。圧力が差し引きでデフレの方にかかっている限り、行動を考えるべきではない」と発言している。

米雇用統計の推移 2000年~2014年 失業率はオバマケアの影響でパート労働者が増え5.6%まで低下してきた。世界的な長期停滞の中で米国は利上げに動くのか?

(出所:石原順)

NYダウ(日足) 高いところを買っても儲からない・・利上げ観測が重しとなり、さえない展開

上段:18日エンベロープ±3%(赤)
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

多くの運用者は、「イエレンは利上げに関して政治的な配慮をするだろう。おそらく、今年の年央に米国は利上げを行うのではないか」とみている。共和党支持者である米国の退役軍人などの年金生活者は異常低金利に対して怒っていると言われる。米雇用統計の失業率が5.5%を割り込んでくると、議会を握る共和党の批判などからイエレンFRBはアリバイ作り(FRBの信認維持)の利上げに動かざるを得なくなるだろう。

米国が金融正常化に向かう補完装置となっているのは、周回遅れの金融緩和を行っている黒田日銀とドラギECBである。FRBとしては日銀とECBがQEを行っている間に金融政策の正常化(金利による金融政策)に戻りたいという計算もある。

だが、金融相場から業績相場への移行期には相場が大幅調整することが多い。金利を一回でも上げてしまうと、市場は「次の利上げはいつか?」ということで動くからだ。現在のすべてのバブルは異常低金利が支えているのである。米国の政策転換がうまくいくかどうかは極めて怪しい。

ダボス会議が終わってファンド運用者とミーティングをしたが、「米国の自然利子率が大きく低下しているなか、MIT学派のバブル必要論(バブルがないと完全雇用が達成できない)で異常低金利が長期化すれば、米国の株や不動産のさらなる資産バブルが走る可能性がある。一方で、サマーズが懸念する米国の利上げ(政策転換)が早めに行われるようだと、株や不動産が大幅に調整するというリスクが浮上するだろう」と運用者は警戒している。

ダボス会議に出席した米資産運用会社ブラックロックCEOは、「今年のダボス会議について昨年よりも悲観的なムードが漂っていた」と発言している。ゴールドマンのゲーリー・コーン社長は、「米国が成長していることに議論の余地はないが、世界の他の部分で起こっていることを前にして米国が利上げをできるのかと不安に思う」と、グローバル・デフレの影響を懸念している。今年の相場には多くの警戒すべき懸念材料があるが、7年間も上げっぱなしの株式市場の運用者が一番怖いと思っているのは米国の利上げだという。 

不気味な銅価格の下落

1月の半ばからセミナー等で銅価格の下落を取り上げてきたが、その後、ロンドン金属取引所(LME)の銅先物3カ月物 が1トン=5450ドルまで下落している。銅価格は景気の先行指標であるため、グローバル・デフレの到来を予測する声も多い。中国の景気停滞で需要の伸びが鈍化していることが価格下落に拍車をかけている。

LMEで銅を売っているのは中国のヘッジファンドであるという噂である。中国のファンドはゼロ金利下にある米ドルを借り入れて銅を輸入し、その銅を売却して得た人民元で株式運用やキャリートレードを行ってきた。中国の金融取引の担保である銅の下落は、中国の異変だとみる運用者も多い。

ロンドン金属取引所(LME)の銅3カ月物(日足) 銅は景気の先行指標 リーマンショック後の安値からの上げ幅の61.8%押し水準に到達

(出所:石原順)

中国はリーマンショック後に4兆元の財政出動を行ってきたが、中国の月間発電電力量の対前年同月比の推移をみると、どうやら中国景気は2011年の後半でピークを付けたようだ。

昨年後半から上海総合指数は大幅に上がったが、ファンド運用者の多くが「2015年の中国市場には注意が必要」だと発言している。仮に中国の信用バブルが崩れて中国景気が減速するようだと、世界経済に下押し圧力が大きくかかることになる。

中国の月間発電電力量の対前年同月比の推移

2011年後半から中国景気は減速

(出所:石原順)

上海総合指数(日足)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

米10年国債金利(日足) CASH IS KING? 米長期金利の低下は何を示唆しているのか?

(出所:石原順)

通貨安戦争が激化、ドラギのQEで黒田バズーカ2が色褪せる

米ゴールドマン・サックス のゲーリー・コーン社長がダボス会議で「われわれは通貨戦争のさなかにある。経済成長を刺激する簡単な方法は、通貨安だというのが大方の見方だ」と述べたように、今年に入ってカナダ、トルコ、デンマーク、シンガポールなどが利下げに動き、ECBはQEに動いている。豪州やニュージーランドも躍起になって通貨高牽制を行っている。

日銀は1月21日に公表した展望レポートの中間評価で、2015年度の消費者物価上昇率を1.0%とした。これは昨年10月の見通しから0.7%の大幅な下方修正である。海外勢の一部は(黒田日銀が設定した「2015年度中に2%」の物価目標が不可能となったため)、1月の追加緩和を期待してところもあったようだが、日銀は追加緩和を見送った。政策に整合性がないので、日銀に対する失望感が漂っているという。日銀内部では「実質的な財政ファイナンスであるとみなされるリスクがより高くなる」と、追加緩和に対する反対意見も噴出しており、黒田日銀は二進も三進もいかなくなってきた。

こうしたなか、ドラギECBがオープンエンド型QE(インフレターゲット2%近辺を持続的に回復するまでQEを続ける)を発表したので、投機筋の関心は円売りからユーロ売りに移っている。ユーロの大幅な下落でクロス円相場はユーロ/円主導の円高トレンド相場(相場がボリンジャーバンド±1シグマの外での取引を継続する相場)となっている。

ユーロ/円(左)とユーロ/ドル(右)の日足 ユーロ安が進み円高に振れている

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

カナダドル/円(左)とドル/カナダドル(右)の日足 予想外の利下げでカナダドル売りが加速

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

豪ドル/円(左)と豪ドル/ドル(右)の日足 カナダドル売りが豪ドル売りに波及(「カナダドルが売られると豪ドルが売られる」といういつもの投機パターン)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

NZドル/円(左)とNZドル/ドル(右)の日足 豪ドルがNZドル安に波及

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

クロス円相場で円高トレンドが発生しているため、ドル/円も上値の重い展開が続いている。それでもドル/円に円高トレンドが発生していないのは、ドル/円には執拗な年金のドル買いが入っているからだ。現在、日本株もドル/円も当局のPKO主導の相場となっている。

ドル/円(日足) 年金PKOで21日移動平均線と-1シグマの往来相場に

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)・一目均衡表

(出所:石原順)

ドル/円(日足) -2%の逆張りポイントは1月29日現在115円43銭

上段:13日エンベロープ±2%(青)
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

ドル/円(日足)と移動平均のセンタリング 

まだはっきりしないが、サイクルでみると円安相場は12月半ばにピークを付けた可能性がある。現在の相場はよくてもレンジか?

(出所:石原順)

ドル/円(週足)  強い円安トレンドはピークアウト、相場は+1シグマの内側に・・

上段:26週標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21週ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドル/円の日足は相変わらず次のトレンド待ちの状況である。一方で週足の円安トレンド(26週標準偏差)はピークアウトしており、12月8日高値の121円83銭を上抜かない限り、115円(115円が切れれば112円)あたりまでの大きなレンジ調整となる可能性を示唆している。日足に次の方向性が出てくるまでは、基本は様子見の局面であろう。昨年から申し上げてきたが、1月~2月にかけての相場は波乱含みだ。常に余裕を持った取引を心掛けたい。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。