麻生財務相の円安スピード牽制と黒田総裁のトーンの変化

11月19日、ゴールドマンサックスはレポートで「2015年の年末までにドル/円は130円まで下落する」との見通しを示した。11月20日にはクオリティペーパーと言われる英フィナンシャルタイムズ紙が、「2008 年のGreat Recession」(リーマン危機による大不況)を予測したBIS(国際決済銀行)の元経済顧問であるウィリアム・R・ホワイトの論文を掲載した。「日銀の追加緩和は景気回復の役に立たない。円安が止まらなくなり、日本は外貨準備を取り崩して円を防衛せざるを得なくなり、日本の売りで米国債金利が上昇し、米国やその他の国の国債市場崩壊につながる可能性がある」と、ウィリアム・R・ホワイトは警鐘を鳴らしている。

先週、あるファンド運用者に聞いた話では、黒田日銀の「バズーカ2」は、グローバルマクロの運用者の間では「カミカゼ」と呼ばれているらしい。「日銀に出口はない」との解釈から、片道燃料だけを積んで特攻を行ったカミカゼ特攻隊に例えられているようだ。

「物価安定目標2%」という精神論(デフレマインドからの脱却)を金科玉条に異次元の緩和を続ける日銀は、緩和(国債購入)を止められない。止めるといった途端、国債が急落(長期金利が急騰)し、政府は赤字増から景気対策を打てなくなり、国債の利払いが増加する。こうした事態を避けるには異次元緩和を続けるしかないが、そうなると円安が止まらなくなる危険性が高まる。ここ最近の大幅な円安の進行で、アベノミクスはこうした矛盾に直面し、二進も三進もいかない局面に差し掛かったようだ。

119円手前までの急ピッチの円安をみて財務省は焦ったのだろう。11月21日に麻生財務相が「この1週間の円の下がり方はテンポが速すぎる」「急激な為替の変動は歓迎すべきではない」と、急激な円安に対するスピード牽制発言をして、ドル/円は117円45銭まで下落した。

副作用を懸念する反対派を押し切ってまで<バズーカ2>を決定した黒田日銀総裁も、11月26日の名古屋での記者会見で、「円安の影響は、経済主体によって様々に異なり得ると思っています。いずれにしましても、為替相場は経済や金融のファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが望ましいと思っていますので、今後とも、為替相場の動きを含め、金融資本市場の動向については、それが実体経済に及ぼす影響を含めて、引き続き、注意深くみていきたいと思っています」と、これまでと違い円安のデメリットにも考慮した発言をしている。

名古屋の記者会見では円安に関する質問ばかりだったが、黒田総裁はどんな質問にも「日本銀行の金融政策は、現時点で2%の物価安定の目標を達成するために、最大限の努力を払っている」という回答に終始した。<物価安定目標2%>というのは、PKO(プライス・キーピング・オペレーション:価格維持策)を続ける口実に他ならない。日本が現在行っている先進国(一等国)らしくない株・国債・為替のPKOは、太平洋戦争において日本の陸軍や海軍が行った「大本営発表」と似ていると言われている。

円相場は調整局面入りか?調整局面なら逆張りで円売りを狙いたい

「悪い円安」懸念から当局が円安牽制に出てきた。これによって、これまで円売りポジションを積み上げてきたファンドの一部から利食い売りが出ている。「日本の株・国債・円市場はすべてPKOが主導しており、我々は当局の変化に機敏に対応する」と、利食いに動いた運用者は述べている。折しも、米感謝祭休暇のシーズンに差し掛かっており、麻生円安スピード牽制発言から利食いに動いたファンドは少なくないようだ。

円相場はテクニカル的にも変化の兆候が出ている。昨日、ドル/円はNYクローズで21日ボリンジャーバンド+1シグマを割り込んで引けた。また、円相場全体を眺めても、21日ボリンジャーバンド+1シグマ近辺の攻防となっており、標準偏差ボラティリティにピークアウト感が出ている。強い円安トレンドはいったん終了し、ここからは調整相場に移行する可能性が高まっている。

強い円安トレンドがいったん終了し調整局面入りするようだと、相場はレンジ相場となりやすい。円高トレンドが発生しているわけではなく、あくまで円安トレンドの後の調整相場である。ここから調整局面となるようであれば、<逆張り>で円売り(押し目買い)を狙いたい。

ドル/円(日足)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

シカゴIMM 円のポジション 92454枚の売り(11月18日時点 CFTC発表)

感謝祭前の利食いは毎年の恒例行事?

(出所:石原順)

豪ドル/円(日足)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

NZドル/円(日足)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ユーロ/円(日足)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

スイスフラン/円(日足)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ポンド/円(日足)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

カナダドル/円(日足)

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

悪い円安を懸念する日本と米国の円安容認レベルはどこか?

大手格付け会社のフィッチ・レーティングスは11月18日、日本国債の格付けを年内に再点検すると発表した。消費税率を10%に引き上げる時期を1年半先送りすることは「重大な事態の進展だ」と指摘している。

日本国債の格付けについては、「日本が20年以上放置していた行政改革による歳出削減が断行できるのか」、「日銀に出口はあるのか」という2つが焦点となっている。日本の債務問題の深刻さは、ウィリアム・R・ホワイトの指摘する債務の規模の大きさだけでなく、政治が財政を再建するために必要な政策を打ち出すことができないことにある。小手先の増税によって財政が再建されることはあり得ない。20年以上もの間できなかった行政改革があと数年の間にできるはずもなく、投機筋は懐疑的にみているという。

あるグローバルマクロファンドの幹部は、「財務省は日本経済の命綱(異常低金利が日本のバブルを支えている)である日本国債の低金利維持が至上命題である。異常低金利は金融抑圧政策の柱でもある。そのため、日本としては長期金利が急騰だけは避けたいところだ。国債金利が急騰すると日本政府が現在行っている赤字垂れ流しの景気対策ができなくなり、国債の利払いが増加し、財政破綻に市場の眼が向いてくる。したがって、金利上昇を誘発しかねない急激な円安進行となれば、これ以上の円安を望まないという口先介入や、外貨準備を取り崩して円買い介入を行う可能性がある。円安もPKOなら円高もPKOとなるだろう。しかし、円買い介入は日本政府の米国債売りで米国債金利が上昇する(米国にも被害が及ぶ)という危険性をはらんでいる。したがって、米国の円安容認レベルを探るには、米国債の金利の動きを見ていればよい」と述べている。

グローバルマクロファンドの話を聞いていると、「政治が財政を再建するために必要な政策を打ち出すことができないという政治に対する信頼の崩壊が、日本の債務問題の解決を阻む最大の要因」という本質を突いた意見が多いが、日本国内では市場操作による表面的な株の上昇でそうした声はかき消されている。筆者は日本が行政改革や構造改革という自助努力で財政再建することを望んでいるが、投機筋から聞こえてくる言葉は「カミカゼ」とか「バンザイノミクス」という言葉ばかりだ。ジェフリー・ガンドラックが描く「長期的には円安」という円相場の大局は動きそうにない。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。