現在の株高はスタンレー・フィッシャーのおかげ

「日本やドイツのGDPの不振、地政学リスクを抱える中で、米国株や世界の株価が切り返しているのは、8月11日のスタンレー・フィッシャーFRB副議長の講演が効いている」と、ファンド運用者の多くが語っているように、「現在の株高はスタンレー・フィッシャーのおかげ」なのである。米株が上がっているので、為替などの他の市場は材料を都合よく解釈する<良いとこ取り>相場となっている。

NYダウ(日足) 投機筋が注目していた21日ボリンジャーバンド-2シグマと18日移動平均線-3%乖離の交点(ピンクの丸部分)で下げ止まり、ADXと標準偏差もピークアウトした。NYダウは売りトレンド相場が終了し、調整相場に移行している。

(出所:石原順)

昨日、8月20日に発表された7月のFOMC議事録の「状況が整えば、予想よりも早い利上げもあり得る」との文言に反応し、米国株が売られる場面もあったが、NYダウは持ち直し59ドル高で引けている。議事録をみると、早めの利上げを主張するメンバーが3~4人いることが窺われる。

2014年のFOMCで投票権を持つ10人のうち、タカ派のメンバーは市場も周知しているカンザスシティ連銀のジョージ総裁、フィラデルフィア連銀のプロッサー総裁、ダラス連銀のフィッシャー総裁の3人であり、投機筋にとっては何のサプライズもない。昨日の米金利上昇は、イエレン講演前の利食いやポジション整理であろう。

米10年国債金利(左)と米2年国債金利(右)の日足 すべてのバブルを異常低金利が支えている

(出所:石原順)

ファンド勢が注目しているのは、イエレンFRB議長とスタンレー・フィッシャーFRB副議長の発言である。22日のジャクソンホールでのイエレン講演が注目されているが、ファンドの運用者は「スタンレー・フィッシャーの講演で、もう答えは出ている」と語っている。

影のFRB議長と言われるスタンレー・フィッシャーFRB副議長は、8月11日のストックホルムで“The Great Recession--Moving Ahead”(グレート・リセッション‐その後の進展)と題して講演を行った。フィッシャー副議長は8月11日に、「これまでの米国と世界の景気回復については、<disappointment(期待外れ・失望)>」と述べた上で、「潜在成長率の永久的な下方シフトを示唆する可能性があるとの見方を示した」のだ。これまでの報道で、市場から<中道派かややタカ派寄り>とみられていたフィッシャー副議長の印象が、ハト派的と受け止められたのは大きな変化である。

「米国の長期的な年間成長率はおそらく2%程度にすぎず、2009年にFRBの政策当局者が推定した水準より1%も低くなっている」という発言は、スタンレー・フィッシャーの教え子であるローレンス・サマーズの「長期停滞論」と同じであり、結論はサマーズの主張する「バブル必要論」(必要悪的な容認論)と同じスタンスだ。FRBは「ゼロ金利の解除を急がない」と考えた投機筋は新規の株買いに動き、株を売っていた投機筋は株の買戻しを余儀なくされている。

日銀の追加緩和観測?東日本大震災以来の大幅な落ち込みとなった日本の4~6月期のGDP

8月13日に2014年4~6月期のGDP速報値が発表された。実質の季節調整値で前期比-1.7%、年率換算で-6.8%と2四半期ぶりのマイナスとなっている。市場予想中央値の年率-7.2%よりは落ち込みは小さかったが、消費増税後の駆け込み需要の反動で、東日本大震災のあった11年1~3月期(-6.9%)以来の下げ幅となっている。

前期比-1.7%の内訳をみると、外需が+1.1%、内需(民間最終消費・民間設備投資・民間住宅など)が-2.8%となっている。外需の+1.1%は輸入が前期比-5.6%と大きく落ち込んだことが要因である。

これまでメディアで「消費税増税の影響軽微」のキャンペーンが展開されてきたが、内需は民間最終消費が実質で前期比-5.0%の大幅な落ち込みを記録しており、97年の消費増税時以上の影響が出ていることが明白となっている。

民間最終消費の推移 1994年~2014年

(出所:石原順)

GDPの悪化は3月までの消費増税駆け込み需要の反動だけではないだろう。7月28日のレポートで日本のデフレと少子化の正体について書いたが、そもそも日本の少子化やデフレは、日本の不動産価格が年収に対して高すぎることの結果であり、住宅ローンや家賃で可処分所得が小さい日本の家計の現状では、消費も投資も盛り上がらないのである。日本の家計貯蓄率の推移を見ればわかるが、日本の家計は既に限界まで消費しているのである。

日本の家計貯蓄率の推移(単位:%) 日本の家計は限界まで消費している

(出所:石原順)

バブル崩壊を経験したにも関わらず、不動産価格が十分に下がっていない(今でも年収の10倍)ので、いつまでたっても日本はバブル崩壊から立ち直れないのである。失われた20年間に日本政府がやってきたことは、不動産価格を下げさせないようにすることばかりだった。すなわち、不動産価格が下がると不良債権が増えるので、公的資金を金融機関に注入し、あるいはゼロ金利や量的緩和などで市中へジャブジャブに資金を供給して、不動産が不良債権として処理されるのを防いできたのである。

日本人の賃金は40年にも及ぶ円高で、国内では貧困ライン上の賃金でも国際的にはまだ高いという、極めていびつな構造になってしまっているのである。高騰する電気代などの公共料金や保険料、あるいは距離で比較すればガソリン代の倍もする高速料金なども、海外から見れば異常な高さであり、法人税を多少下げたところで海外企業は日本に進出してこないだろう。

日本の実質賃金指数の推移 2010年以降は下がりっぱなし

(出所:石原順)

東日本大震災以来の大幅な落ち込みとなった4~6月期のGDPを受けて、市場では秋の臨時国会で補正予算観測や、10月31日の日銀金融政策決定会合での追加緩和観測が浮上している。アベノミクスは期間限定、消費税は永久であり、財務省は消費税10%を実現するためにはなんでもやるだろう。補正予算や追加緩和があってもなんらおかしくない。

GDPの悪化にもかかわらず、日本株が持ち直しているのは、PKOの買いとスタンレー・フィッシャー講演後の米株高の効果が大きい。今後、日銀の追加緩和があるかどうかは、日本株の位置が重要となるだろう。日本株はPKOや年金買い期待を煽る自作自演相場なので、株価の位置や消費増税のスケジュールを頭に入れての押し目買い相場となりそうだ。

ドル/円は上値抵抗線をブレイク、下値での準公的機関のPKOや日銀の追加緩和観測が相場を後押し

以前のレポートにも書いたように、オバマ米大統領が「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」と述べ、世界の警察官を止めているので、地政学リスクは戦争をしない米国よりも景気が停滞している欧州が請け負う形となっている。ドル高相場の中で、円の通貨ペアとしてはドル/円が一番買いやすい。

ユーロ/ドル(日足) サポートの1.33が切れて、投機筋はユーロ売り再開

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドルインデックス先物(日足) ドル高トレンド相場

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

2014年の日本市場は、株もドル/円も日銀の追加緩和観測とPKOだけで動いてきた。4~6月期の日本のGDPが予想以上に悪化しており、「消費増税10%の実現のために日銀の追加緩和があるだろう」という観測レポートが外銀を中心に出回っている。運用難で苦しんでいる投機筋は、この追加緩和観測に素直に飛びついたようだ。

また、8月20日発表された7月の貿易統計(速報、通関ベース)は、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支が9640億円の赤字となっており、25カ月連続の貿易赤字となっている。貿易赤字から生じる<実需の円売り>も円安を支える大きな要因である。

日本の貿易統計(単位:10億円) 25カ月連続の貿易赤字

(出所:石原順)

そうした動きを受けて、今週、ドル/円は上値抵抗線をブレイクしてきた。8月19日には週足チャートでドル買いシグナルが点灯し、翌20日には日足チャートでもドル買いシグナルが点灯している。動かない相場で苦しんでいる投機筋は、こうしたテクニカルの好転を<収益機会>とみたようだ。

米雇用統計発表日に高値を付けるという2014年のドル/円相場の循環を考えると、「9月5日(次の米雇用統計発表日)まではドル/円の押し目買いに分がある」というのが、投機筋の基本的な見方であり、現在も押し目買いを続けているという。上値については、目標値うんぬんよりも、ADXや標準偏差の動きを観ながら、相場のトレンドが続く限り、相場についていくというスタンスだ。

ドル/円(日足) 上値抵抗線をブレイク!ADXや標準偏差が上昇していくトレンド相場に発展するか?オプションオプションボラティリティの上昇で投機筋もドル/円相場に参入

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)・オプションボラティリティ(紫)

(出所:石原順)

ドル/円(週足) 日足と同時に週足にもドル買いシグナルが点灯中

上段:14週ADX(赤)・26週標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21週ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドル/円(日足)と米雇用統計発表日 雇用統計の日が転換点?

上段:21日ボリンジャーバンド・トレンドライン
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

現在はカネ余りだけで上げている相場、決して油断してはいけない

先週のレポートに書いたように、<バブル延命観測>が大勢の米国では、楽観論が拡がっている。しかし、BISやIMFは中央銀行バブルに警鐘を鳴らし、バブル容認的なイエレンFRB議長でさえ、ジャンク債(ハイイールド債)バブルには注文をつけている。

「ヘッジファンドが上場投資信託(ETF)を使ってジャンク債(投機的格付け債)を空売りするために必要なコストは現在、昨年末の48倍に達している。これだけの費用をヘッジファンドが惜しまず支払う状況は、ジャンク債がどれほど嫌われているかを物語っている。

世界最大の資産運用会社である米ブラックロックが運用し、「HYG 」のティッカーで取引されている「iシェアーズiBoxx米ドル建てハイイールド社債ETF」(運用総額124億ドル=約1兆2700億円)が典型的な例だ。トレーダーは、このETFの信用取引を通じて価格の下落を見越した空売りを行うことが可能だ。有価証券の貸借取引をモニターしているデータレンドによれば、この種の信用取引のコストは昨年末時点で1日当たり7000ドルにすぎなかったが、今年8月5日終了週には34万2000ドルに達した。これはトレーダーがここ数週間、高利回り債ETFをいかに嫌っているかを示すだけではない。ジャンク債のように流動性が比較的低い資産クラスでは特にそうだが、個人の投資手段と考えられてきたETFで、ヘッジファンド型の機関投資家がますます投資の中心になりつつあることを意味している」(ジャンク債ETFは「炭鉱のカナリア」か-空売りコスト48倍 8月18日ブルームバーグ)と、ジャンク債ETFはバブル相場の指標銘柄(炭鉱のカナリア)になりつつあるようだ。

悪材料を挙げればきりがない、カネ余りだけの相場である。「ソロス氏率いるソロス・ファンド・マネジメントは、6月末時点でS&P500種株価指数に連動する上場投資信託(ETF)のプットオプション(売る権利)を大幅に増やした。プットは相場が下がれば利益が出る。この評価額は約22億ドル(約2250億円)。運用額全体の17%、最大の保有銘柄だ」(8月20日 日経新聞)との報道や、ウォーレン・バフェットも株を買っていないということを考えると、現在の相場はやはりバブル相場である。株式相場の5月・9月・10月は下振れのリスクが大きい月である。何かのきっかけで相場が崩れる可能性にも留意しておきたい。

iシェアーズiBoxx米ドル建てハイイールド社債ETF(日足)バブル相場の指標銘柄=「炭鉱のカナリア」か?

(出所:ストックチャーツ)

「今回は、ミンスキーですら考えてもみなかった大ブームを生み出しました。きわめて高いリスクの資産に投資した人たちの相当数は、自分たちがどんなに野放図なことをしているのか軽率にも考えてみなかったのです。自分は安全圏にいると思っていた彼らの多くは、実は、とんでもない投機かポンジー金融の仲間になっていたことに気がついて、大いに驚いたというわけです」(2009年4月『ミンスキー・メルトダウン-中央銀行家の教訓』サンフランシスコ連銀総裁ジャネット・イエレンの発言)

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。