スタンレー・フィッシャーの講演でFRBの金融政策が見えてきた

イエレンのジャクソンホール登壇を前に、8月11日にストックホルムでスタンレー・フィッシャーFRB副議長が講演をした。

「FRBのフィッシャー副議長は11日、これまでの米国と世界の景気回復について<期待外れ>と述べた上で、潜在成長率の永久的な下方シフトを示唆する可能性があるとの見方を示した。副議長は、生産性の鈍化や労働参加率の低下などの要因によって、経済成長を生み出す米国の力が損なわれている可能性がある、と指摘。世界経済のより構造的、より長期的なシフトを反映しているとも考えられる。欧州や主要新興国でも同様のことが起きている可能性があるとし、中銀はインフレや雇用、成長全般の認識修正を迫られている、と述べた」(11日 ロイター報道 抜粋)と報道されている。

ここで重要なのは、スタンレー・フィッシャーFRB副議長の米国や世界の景気認識が、ローレンス・サマーズの「長期停滞説」に近いことがはっきりしたことである。フィッシャーも「1930年代の長期停滞が今の時代にも起きている」可能性を指摘しているが、米国経済が「停滞構造」へのプロセスに嵌まり込んだとの認識を持っているのだろう。

米国10年国債金利(日足) 金利が上がらない・・米国経済は長期停滞のプロセスを示唆しているのか?

(出所:石原順)

以前、このレポートでも述べたように、BISが指摘した<バブル暴走懸念>についてイエレンは、「バブルに対してはマクロプルーデンス政策で対応すべきで、利上げを急ぐべきではなく、しばらくは緩和的な金融政策が必要」との立場を取っているが、フィッシャーも「金融の安定性を維持するには、マクロプルーデンス政策や規制ツールをまず活用すべきで、金利水準の変更など、金融政策のより直接的な措置は、最終手段であるべきだ」と、述べている。これはイエレンの主張と全く同じである。

多くのファンド運用者が「スタンレー・フィッシャーの講演で、FRBは市場に対して後手に回りそうなことが確認できた」と語っている。「米国の長期的な年間成長率はおそらく2%程度にすぎず、2009年にFRBの政策当局者が推定した水準より1%も低くなっている」と語るスタンレー・フィッシャーやイエレンは、バブル必要論(必要悪的な容認論)のスタンスだ。つまり、「QEが終わる米国経済は、バブル無しでは持たない」ということである。

米国2年国債金利(日足) スタンレー・フィッシャーFRB副議長講演で利上げ前倒し観測が後退・・

(出所:石原順)

しかし、あまり市場の後手に回っていると、FRB(中央銀行)の(インフレファイターとしての)信認が失われる可能性がある。FRBが信認を失えば大変なことになるので、イエレンもジャクソンホールで金融引き締め的な事も言うだろう。来年は利上げもあるだろうが、それは中央銀行のインフレファイターとしての信頼を失わないための、<アリバイ作り的な利上げ>に過ぎないはずだ。「バブル潰しのために利上げや急激な金融引締めを行うと、民間企業の生産活動まで冷やしてしまうので、民間金融機関への指導や規制によってバブルを制御しよう」というのがイエレンの考えだろう。

メディアの報道は「米国の景気は回復」「FRBは利上げ前倒し」といったトーンが多いが、

スタンレー・フィッシャーやイエレンのスタンスは、早い話がバブルの先送りである。スタンレー・フィッシャーの「米国と世界の景気回復については期待外れ」という発言を受けて、緩和長期化(バブル延命)見通しから米国株が買い戻されている。

NYダウ(日足) 21日ボリンジャーバンド-2シグマと18日移動平均線-3%乖離の交点でリバウンドしたが、ADXと標準偏差がピークアウトするまでは予断を許さない

上段:26日標準偏差ボラティリティ
下段:18日移動平均線±3%乖離(緑)・21日ボリンジャーバンド±2シグマ(赤)

(出所:石原順)

バブルの先送りは、さらなるバブルの膨張によって行われているので、最終的には巨大な中央銀行バブル崩壊が起きるだろうが、その時期をめぐっては運用者の間でも意見が分かれている。今、米国株を買っている運用者は、「今すぐにはバブル崩壊が起きそうな状態ではない」と考えているようだ。

バリュー投資のウォーレン・バフェットは株を買っていない

バブルの先送り観測で米国株はすこし戻しているが、バリュー投資の王様、ウォーレン・バフェット率いるバークシャ・ハサウェイの抱える現金ポジションが554億ドル(過去最多)に達していることが、8月1日の四半期決算で判明した。

バークシャ・ハサウェイの現金ポジションの前回のピークは、金融危機直前の2007年末の433億ドルである。2008年にはリーマン危機の最中、ゴールドマンの株を安く手に入れて大儲けしたが、2008年末の現金ポジションは255億ドルに減っている。

6月末の米国株式市場の時価総額の名目GDPに対する比率は148%となっている。1989年の日本のバブルピークでもこの比率は140%程度だった。時価総額の名目GDPに対する比率をバフェットは重視しているというが、米国株式市場の時価総額の名目GDPに対する比率が148%に達している現在、少なくとも株は買う時期ではないという判断のようだ。

相場の上げ下げはともかく経済のファンダメンタルズや地政学リスクは世界的に悪化

今回は紙面の都合で書かないが、現地の声を聞くと米国もブラジルも経済停滞が顕著となっている。相場の上げ下げはともかく、経済のファンダメンタルズや地政学リスクは世界的に悪化している。バブルは延命しても、カネ余りだけで上げているので、バフェットのような割高な株を買わない投資家は、今の相場では出番がない。

日本株もPKOという自作自演相場だけで上げている。日経新聞の報道によると、日本株は1月~7月までの累計で、個人投資家、海外投資家、生損保、投資信託のすべてが売り越しで、買っているのは信託銀行(年金勘定)と事業法人(自社株買い)だけである。

日本株の投資主体別売買動向(単位:100万円)

(出所:石原順)

日経平均(日足) 2014年相場は年金買いと自社株買い

上段:21日ボリンジャーバンド(赤)
下段:ストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

最近の相場の柱となっていたユーロ売りと株売りの動きも一服し、投機筋の動きもあまり聞こえてこない。まさに夏休み相場だ。ドル/円はリバウンドしているが、米国2年国債や10年国債の金利の動きを見ていると、やはりドル高にも限界があるだろう。目先は様子見の相場だが、夏休みシーズンで流動性が落ちているため、価格変動に対する警戒は必要である。

ユーロ/ドル(日足) 相場は-1シグマの攻防中

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(緑)

(出所:石原順)

ドル/円(日足) 方向性がないレンジ相場を継続中

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド±1シグマ(赤)

(出所:石原順)

ドル/円(日足) 上値抵抗線とストキャスティクス5.3.3

(出所:石原順)

国の借金や負債というのは、誰かが払わなくてはならない。バブルが先送りされるほど、その額は巨額になっていくだろう。金融抑圧政策もいつかは破たんし、日本も米国もブラジルも、負債は最終的にインフレで処理されるだろう。最終的には国民が責任を負うのだ。問題は、そのインフレが明日来るのか、10年、20年後にくるのか、誰もわからないことである。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。