個人投資家にとっての目玉

前回に引き続き、最近翻訳が出版された投資啓蒙書の名著、「ウォール街のランダムウォーカー」(バートン・マルキール著、井手正介訳、日本経済新聞社)の原著最新版である第11版を題材に採る。

今回の翻訳では、前回まで、米国の読者に特化した内容であるとのことで割愛されていた、第12章「財産の健康管理のための10カ条」が訳出された。この章は、本書の第4部が詳述する個人の資産運用方法の冒頭に位置するもので、日本の個人が資産運用を行う上でも参考になるトピックを多く含んでいる。

「投資家にとっての損得」(筆者の視点は常にここにある積もりだが)の観点から、「その通りだ!」と賛成できる箇所と、「疑問があるのではないか?」と思う箇所とがあり、何れも個人にとって(また、FPのような個人に運用のアドバイスを伝える人にとっても)重要なポイントではないかと思うので、10項目の全てにコメントしてみたい。

翻訳書では、365ページ〜407ページが対象だ。是非、直接読んでみて欲しい。

スタートの4項目は「ごもっとも」

以下、翻訳書での10項目の小見出しを掲げて、内容を簡単にご紹介した後に、筆者の見解を述べる。

第1条 元本を蓄えよ

マルキール先生は、「財産を増やすための原動力はあなたの『貯蓄』であり、貯蓄するには強い意志が必要なのだ」と説き始める。

これは、その通りだ。できるだけ若い頃から投資を始めて、「時間を味方につける」(368ページ)ことが重要だというのが、本書のメッセージだ。

正しいので敢えて付け加えることは無いが、行動経済学的に、「残ったら貯蓄しよう」ではなく、「あらかじめ『天引きで』貯蓄額を決めておこう」とするのでないと、お金は貯まらないことを申し添えておく。

元本が小さいと、投資の効果が乏しいというのは、本書が言う通りだ。投資を楽しい趣味にするためにも、そこそこのお金を貯める「習慣」を作って欲しい。

第2条 現金と保険で万一に備えよ

人生には、ひどく困ることになる「不測の事態」があり得る。これに備える手段が、一つには貯蓄であり、二つ目には保険だ。

マルキール先生は、「もし医療保険や労災保険でカバーされている人なら、三カ月分の生活費を賄えるだけの手持ち現金というのが一応の目安だろう」(369ページ)と述べている。

さらに、「個人の場合はまず家と家財、それに自動車保険だ。それから、健康保険と傷害保険だ」という。確かに、備えがない時に確率は小さくても大きな損をする可能性がある場合、保険は有効なリスク・ヘッジ手段だ。

但し、マルキール先生も「保険で一番得するのは、それを売る保険代理店やセールスマンで、彼らはたっぷりと手数料を手にする」と指摘する。そして、「掛け捨ての死亡保険を買うと同時に、保険料の節約分を免税の老齢貯蓄プログラムで運用するのだ」と、同氏が「自家保険」と称する方法を推奨する(370〜371ページ)。

また、保険商品については、割安な保険料の商品を探すことの重要性を説き、「代理店のセールスマンは必要ないのだ」と言い切っている。

この項目の教えは全く正しい。

日本の個人に当てはめると、以下の通りだ。

  • (1)通常の社会保障と健康保険の他に、必要な保険は、家の火災保険と自動車の自賠責保険、それに貧乏な夫婦に子供が生まれた時に一時的に入る掛け捨ての死亡保障の生命保険だけだ。
  • (2)それ以外のケースでは、保険料を払うよりも、その分を蓄える方が賢い。加えて、変額年金保険がダメだと言っているが、これは、日本でも(アメリカ以上に!)その通りだ。

第3条 現金でもインフレ・ヘッジ

将来起こり得るインフレに備えた、変動金利の短期性商品を幾つか紹介している。「マネー・マーケット・ファンド」、「銀行の大口定期預金(CD)」、「インターネット・バンキング」(の有利な利率の預金)、「短期国債(Tビル)」、「免税のマネー・マーケット・ファンド」などが紹介されている。

何れでも、本格的なインフレになった場合に、インフレを上回る利回りを得ることは難しいかも知れないが、リスクを取らない運用の手段として、知っておくといい。

現在の日本の個人の場合は、しばらく使わないけれども安全に運用したいお金は「個人向け国債変動金利10年満期型」、当面使うかも知れないお金は銀行の「普通預金」でいいだろう。

第4条 節税対策と年金制度の利用

この項目は、米国の個人にとって、節税になる運用を可能にする制度と、年金利用の節税効果について説明している。

日本の個人の場合、確定拠出年金(特に個人型は利用できるのに使っていない人が多い)とNISA(少額投資非課税制度)を最大限に且つ有効に活用すべきだ。

「運用目標」は本当に大切なのだろうか?

第5条 運用目標をはっきりさせる

ここでの(382ページ以下)「運用目標」は、資金の使途のことではなく、主に「リスクに対する態度」を指している。

マルキール先生は、「安眠度」という言葉で、個人がどの程度のリスクを許容できるかに関する程度と、これに対応する運用商品を一覧表にまとめている(383ページ)。

例えば、新興国の株式インデックス・ファンドは「しばしば夢を見て睡眠不足になる」に、格付けの高い社債は「安眠だが時々夢を見る」に分類されている。どうやら、この表と表現は、マルキール先生のお気に入りのようなのだが、筆者は、一つのシンプルだが、重大な視点の欠落を感じる。

この表では、投資家に適切なリスクの程度を「運用商品」の別で選ぼうとしているが、実際には、リスクを取る運用商品への「投資額」で調節するのが、より確実であり、同時に効率的な方法だ。

この点は、しばしば投資家の盲点になり、同時に、運用商品の売り手側の狙い所になる。

「運用目標をはっきりさせる」というが、運用目標は、誰にとっても「なるべく小さなリスクで、なるべく大きなリターンを得ること」に決まっている。例えば「インフレヘッジが目的だ」という人も、インフレ以上に資産が増えた場合に、「お金が増えすぎて困る」ということはまずないだろう。

個々人にとっての違いは「自分にとって適切なリスクの大きさ」だけだ。

リスクに対する好みによって、(投資「金額」ではなく)適切な運用商品の「種類」が変わるというのは、運用商品の売り手側がマーケティングの手段として流布しているフィクション(作り話!)なのだ。個人投資家に向けたメッセージとしては、このフィクションを解毒することの重要性を説く必要があるのではないだろうか。

第6条 マイホームの活用

不動産については、それが一つの運用対象であることを、割合淡々と書いている。「株式市場に比べると、住宅市場の『効率性』はそれほどでもない」とマルキール先生は考えておられるので、それほど力が入らなかったのかも知れない。

もっとも、この項目に書かれていることは、日本の個人の参考になる。

筆者が注目したのは、「不動産の投資リターンは、インフレが加速している局面では株式を上回る傾向がある。他方、インフレが沈静する局面では、逆に株式を下回ることが多い」(390ページ)という記述だ。

不動産はインフレが昂進する時期に高騰する傾向があるが、インフレを抑えるための金融引き締めが行われると価格が低迷し、さらに買い手が付きにくくなる。

筆者は、機敏に動くことの難しい個人投資家にとって、上げ相場の前半には不動産が有望だが、後半は、流動性の観点からも、株式の方が良い投資対象だと思っている。

「アベノミクス相場」は明らかに後半に差し掛かっていると思うので(筆者は、だが)、これから現物の不動産投資は気が進まない。

不動産のエクスポージャーを取るなら、マルキール先生も勧めているREITがいいように思う。

REITは、買い手を見つけなくても売れるし、投資額の一部を換金できるし、中身は分散投資されている。不動産業者の利益がたっぷり入っている現物の不動産よりもマシな場合が多い(マンションでも、一軒家でも。自分が住む家でも同じだ)。

第7条 債券市場に注目

基本的にマルキール先生はエクイティ(株式)好きなのだが、分散投資に効果ありという理由で、個人の債券投資にも目配りしている。しかし、率直に言って、この項目には気合いが入っている感じがしない。最後に、「債券に似た株式を組み入れる」という小見出しで、配当が成長する優良企業の株式の配当が、その企業が発行する社債の利回りよりも高いケースに注目することを勧めている。

また、外国の債券について、「外国に目を転じると、国内の債券よりも遙かに高い利回りが得られる国がたくさんある」と書いているが、通貨の違う債券の利回りを直接比べるような勘違いをされていないか、少し心配になる。

ただ、「新興国のハイ・イールド債に広く分散投資したファンド」は、日本の投資家も、コストの安いものがあれば、分散投資の対象として考えていいかも知れない。

現在の日本の投資家が置かれた環境で「債券」を考えると、期待リターンも、相関関係も、「過去の延長で考えては拙い」ことに注意が必要だ。

また、社債のような信用リスクの判断が必要なものへの個別投資は、十分な分散投資が出来る資金量を持たない個人にはお勧めできない。そして、これらは、そもそも、「個人向けに売られる」時点で、機関投資家にとって魅力のない条件であることが明らかなので、避けるのが賢明だ。

今の超低金利の元では、債券を持つなら、(1)銀行よりも信用面で安全で、(2)金利上昇リスクに強く、加えて、最近のマイナス金利政策で(3)下限として設定されている0.05%が魅力的になった、個人向け国債の変動金利10年型の優位性が圧倒的だ。

もっとも、この場合、リスク分散の一環として株式と組み合わせるというニュアンスよりも、有利な条件のリスクフリー資産で運用するといった意味合いで持つことになるだろう。

大いに賛成出来る3項目

第8条 金、ダイヤ、書画骨董、コレクター・アイテム

標題だけ見ると、マルキール先生が、実物投資を勧めているかのように勘違いしそうになるが、概して言えば、これらの物への投資に対して、先生は消極的だ。唯一、金については、他の資産との相関が小さいので、価格によっては(現状の価格は高すぎるとお考えのようだ)少々持ってもいいと言っており、その手段は、金鉱株で運用するファンドやETFだという。

また、その他の実物投資や、さらにヘッジファンドについても、手数料が高すぎて「話にならない」というニュアンスで否定的だ。ことにヘッジファンドについては、「ファンド・マネジャーは法外な手数料と、儲けの20%をピンハネしてリッチになる。しかし、個人投資家にとってはほとんど儲けが残らない。これらのファンドの平均的な運用成績は惨めなものだ」(404ページ)と語っている。

この項目に関しては、日本の個人投資家も、そのまま「そうだ!」と思っていいと思う。

敢えて付け加えると、金の購入は、資本として生産活動に関わる物への「投資」ではないので、基本的に必要無いと考えておくのが適切だろう。

また、ヘッジファンドについても、一般投資家がアクセスしにくい「トップ・ファンド」なるものが存在して、これを投資する段階で見分けることができる、とは考えない方がいい。

第9条 投資にかかるコストに目を配る

 

この項目のマルキール先生の主張に、筆者は、全面的に賛成する。

対面ではなく、手数料が安いオンライントレードの証券会社を使う方がいいというのもその通りだし(筆者が楽天証券の社員でなくても、そう思うはずだ!)、同時に、しかし頻繁に売り買いしても概ね儲からないという主張にも賛成する。

そして、マルキール先生は「ラップ・アカウント」に対して明快に否定的だ。「私はラップ・アカウントの利用は勧めない」(405ページ)と言い切っている。

この項目の最後の段落は、この本の最も優れたメッセージかも知れない。段落全体を引用する。

「投資に関して、投資家にはどうしようもないことも多い。その最たる物が株価や債券価格の変動だ。しかしコストに関してはその意思さえあれば十分コントロール出来る。そして税金に関しても、努力次第で相当節約出来る。コントロール出来る要因は注意深くコントロールすることこそ、すべての投資戦略の要なのだ」(405ページ)。

コントロール出来る要因の改善に集中することは、投資だけでなく、人生全体にあって重要なポイントだ。

第10条 分散投資が大原則

マルキール先生は、分散投資を「現代ポートフォリオ理論(MPT)の教えの要」と言っている。

投資の考え方のどこまでをMPTの範囲に含めるかは難しい問題だが、分散投資の有効性は、現実に機能する。

有効な分散投資で可能な範囲でリスクを低下させることも、投資家が自分で「コントロール出来る」要因を改善する行為の一つだ。

もちろん、投資する商品が一つないし少数であっても、その中身が十分に(そして、出来れば「有効に」)分散投資されているなら、それでも良い。

リスクを低下させる分散投資がせっかく可能なのに、十分な分散投資を行わないのは、実にもったいないことだ。

マルキール先生の、10項目の最後の3項目は、当たり前の内容だが、重要且つ優れた指摘であり、投資家は、しっかりこれらの考え方を身に付けて欲しい。この本は、こうした優れたメッセージがあるので、1973年の初版以来、11版まで版を重ねながら読み継がれてきたのだろう。