過剰な「ストーリー」を警戒せよ

先日、生命保険のアドバイザーで最近「生命保険は『入るほど損』?!」(日本経済新聞出版社。良著です。ご一読を)という直截なタイトルの書籍を上梓された後田亨氏のお話を伺う機会があった。大変印象的だったのは、保険は(契約者にとって損なのに)「ストーリー」で売れているという話だった。

生命保険に関する筆者の考えは以下の通りだが、後田氏の見解とほぼ一致している。

  • (1)基本的に保険は「損な賭け」。自己資金で対応できるリスクには保険を使わない方がいい。
  • (2)生命保険が必要なのは、蓄えのない片稼ぎの夫婦に小さな子供がいる時だけ(保険料の安い生保で、掛け捨ての死亡保障の保険に入る)。
  • (3)健康保険に入っていれば(高額療養費制度があるので)ガン保険等の民間生保の医療保険は不要。
  • (4)貯蓄性の保険は効率性の悪い運用。
  • (5)保険に使うお金があれば、自分で貯蓄ないし投資せよ。

少々経済合理的な思考を巡らせると、誰でも以上のような結論を得ることが出来るはずだ。しかし、人間は感情に弱い動物だ。悲惨な状況のイメージと保険で備えておいて良かったという「ストーリー」に心を動かされて、不要な保険に入ってしまう人が多いことが、容易に想像できる。

もっとも、この保険の「過剰加入」の現象の背景には、保険が複雑且つ高額な金融商品であるにもかかわらず、消費者の判断材料となるべき情報が十分提供されていないことの問題がある。せめて、投資信託並みに、手数料の内訳(販売者が幾らインセンティブを貰って売っているか、保険会社の粗利は幾らか、等)と保険金の支払い実績(投信なら運用報告に相当する)などを公開させるべきだろう。

運用にも過剰な「ストーリー」

よく考えてみると、資産の運用の目指すところは、運用資産のより有利な拡大の一点だ。「老後への備え」や「インフレ・リスクへの対応」といった問題を運用に関係させる必要は、実はない。

「最も有利な運用」がはっきりしていれば、誰でもそれを選ぶだけのことだ。それで「老後」や「インフレ」に対して足りないのであれば、収入を増やす努力をするなり、現在の生活を切り詰めてより多く運用するなりするしかない。

しかし、運用商品を提供する側は、金融資産の運用にも「ストーリー」を絡めることを狙っているようだ。

具体的な金融機関名は差し控えるが、金融機関の店頭にあるポスターを見ると「相談しよう」と呼びかけるようなものが多い。相談で想定しているものは、退職金の運用であったり、老後への資産形成であったりするようだが、「相談」は、商品の売り手側にとっては、顧客の情報収集のチャンスであり、商品・サービスをセールする場となる。無料だからといって、安易に近づかない方がいい。

金融の世界では、米国で流行ったものが遅れて日本で流行ることが多い。現在、彼の国では、「ゴールベースド・アプローチ」という顧客の人生の目的(ゴール)を聞き出して、その実現のために、資産運用サービスを提供する(器としては「ラップ口座」が多いようだ)営業手法が普及しているようだ。

「顧客の人生に伴走する」というような表現が使われるようだが、はっきり言って、相手が、銀行員であれ、証券マンであれ、生保レディであれ、金融商品の売り手に人生相談を持ちかけるのは愚かなことであり、「金融マンにつきまとわれる人生など気持ち悪い」という感性をもつべきだ。

「相談の相手」と「商品購入の相手」とを分離することは、賢い消費者であるための基本中の基本だ。

お金の「自由度」

お金には、「使い道を後で最適に決めることが出来る」という大きな長所がある。

つまり、子供の教育費のためとか、老後の生活費とか、あるいは社会貢献のため、といった「使途」は、お金を得た後で考えたらいい。もちろん、将来お金を使うためには、そのお金を用意しなければならないが、資金の使途は、効率よくお金を増やすことには無関係だから、運用にあって考える必要はない。

つまり、資金の使途で運用商品の種類を変える必要は無い。率直に言って、資金使途と運用商品を関連づけるのは、金融商品の売り手側が仕掛けた「ストーリー」に乗せられる行為だ。

加えて、金融的な意思決定にあっては、ある投資額の2倍投資するか、半分投資するか、といった「スケールの伸縮性」がある。

従って、リスクを大きく取ってもいい人は大きな金額をリスク資産に投資すればいいし、小さなリスクがいい人はリスク資産への投資額を減らすといい。どちらの人も、「リスクに対してリターンの効率がいい対象(の組み合わせ)」に投資すればいい。

つまり、投資家のタイプによって、選ぶべき運用商品が変わるという話も、売り手側が作ったフィクションなのだ。

「使途の自由」と「スケールの伸縮性」の2つの性質は、お金が持つ「自由度」として重要であり、これを上手く生かしたい。

特に、運用商品の選択ではなく、投資金額でリスクの大きさをコントロールするのが適切であることは、多くの投資家の盲点になっている(だから、世の中には夥しい数の運用商品があって、現実に売れているのだろう)。

金融機関に運用に回せるお金の額を見せて、運用商品の種類を変えながら、これを全額投資するように誘導されるのが、典型的な失敗のパターンだ。

具体的方法

現在のような超低金利の環境下では、株式と債券の組み合わせによる分散効果が従前のようには働かない。

端的にいって、リスク資産での運用は、国内株式と外国株式のインデックスファンドの組み合わせで十分だ(概ね国内:海外=4:6くらいがリスクとリターンの効率がいい)。

リスクを取りたくない資産は、金利上昇リスクと銀行の経営リスクを考えると、個人向け国債の変動金利10年満期型がいい。

運用商品は、手数料の安いインデックスファンド(ETFがいい)を2本と、個人向け国債の変動金利10年型の3つを知っていれば、それで十分だ。

他の運用商品をあれこれ知るよりも、NISA(少額投資非課税制度)とDC(確定拠出年金)の効率的な使い方を知る方が有意義で効果が大きい。

NISA、DCの使い方については、この連載でも何回か書いてきたが、例えば近刊拙著「難しいことは分かりませんが、お金の増やし方を教えて下さい」(山崎元、大橋弘祐著、文響社)に運用の簡便法と共に分かりやすく書いたつもりなので、宜しかったらご参照頂きたい。