前提条件の確認

いわゆる「チャイナ・ショック」で株価が大きく動き、現時点で、株式市場はまだ落ち着いたと言える雰囲気に無いが、こうした時には、株価の「水準」を再確認することが必要だ。

相場急変時の一般論で言うと、①変動理由の理解、②株価水準の確認、③自分のリスク水準の点検、④投資行動の決定、といった4つのプロセスを踏むことが望ましいが、その中の第2のステップに当たる。

ファンドマネジャーなら、先ずTOPIXについて考えるだろうし、一般論として国内株式のインデックスファンドを買うなら日経平均やJPX日経400に連動するファンドよりも、TOPIX連動の商品がいいと筆者は思うが、今回は、一般投資家に馴染み深い日経平均をベースに考えてみる。TOPIXベースで考える時も、やり方は一緒なので、目的に応じて、適宜アレンジする前提で参考にして頂きたい。

9月2日の日経平均は、18,095円40銭だった。9月3日の『日本経済新聞』(朝刊)に掲載されている日経平均ベースの株式指標は、PER(株価収益率)が14.4倍、PBR(株価純資産倍率)が1.24倍、配当利回り(単純平均)が1.59%だった。

日経平均を株式に喩えると、EPS(一株利益)が1,325円(1円未満四捨五入、)、BPS(一株純資産)が14,593円で、一株当たりの配当は288円だ。ちなみに最近世間で話題になることが多いROE(自己資本利益率)は、8.61%である(1÷PER×PBR、即ち益利回りのPBR倍で計算出来る)。

そして、同じ2日に、長期金利(新発10年国債利回り)は0.39%だった。

さて、この日の日経平均18,095円は高いのだろうか、安いのだろうか。

今回は、いろいろな考え方で計算した日経平均の適正水準に関する評価を複数考えてみる。

  • 益利回りと長期金利のイールド・スプレッド(単純比較)

PER14.4倍を益利回りに直すと、6.9%だ。これは、1000円の株を買うと1年間当たり69円の利益を稼いでくれる計算だ。

益利回りは、「イールド・スプレッド」と称する長期債利回りとの「差」を計算して評価することが多いが、現在の日経平均のイールド・スプレッドは6.51%だ。これは、なかなか高い水準であり、イールド・スプレッドの観点から見ると、日経平均はかなり割安だと言っていいだろう。

最適なイールド・スプレッドを一意的に決めることができる便利で且つ納得的な理論は残念ながら無いが、これを6%、5%、4%と下げていくと、それぞれに対応する日経平均の水準は、20,735円(6%)、24,582円(5%)、30,182円(4%)となる。

これらの数値の何れを妥当と見るかは議論が分かれようが、現在の長期金利を前提とすると、目下の株価は割安だとの評価になることは間違いない。

 

  • イールド・スプレッド(自然体の長期金利なら?)

現在の長期金利0.39%を「自然な利回りだ」と思っておられる投資家は少ないだろう。国債利回りの形成には、金融緩和政策の一環として、日銀が長期国債を大量に買い続けていることの影響が大きい。

「債券と株式を比較することが重要であり、現実に債券利回りが低いのだから、株式が有利(=割安)であると素直に考えよう」という立場((1)の立場)にも一理ある。

一方、株式運用は長期保有を中心に行うのが基本だし、何れは金融緩和政策が終わるのだから、自然に形成された利回りに対してはどうなのかを考えるべきだという見方があり得る。

例えば、政府が予想する将来の長期金利に対してはどうだろうか。

2015年7月22日に行われた経済財政諮問会議に内閣府が提出した「中長期の経済財政に関する試算」は、経済が概ね政府の意図する経路を辿る「経済再生ケース」で、将来の長期金利を、2015年度0.9%、2016年度1.4%、2017年度1.9%、2018年度2.7%、…と予想している。

ちなみに、消費者物価の上昇率は2016年度に1.6%と予想し、翌2017年度には消費税率引き上げを見込んで3.1%、2018年度以降は日銀の目標通り2.0%というのが、目下の前提だ。

株式に話を戻して、現在の益利回り6.9%と各年度の予想長期金利との差は、2015年度で6%、2016年度で5.5%、2017年度で5%、2018年度では4.2%となる。

2015年度の6%は、利益成長率がゼロなら、今の株価は高くも安くもないというくらいのレベルだろうか。

次にGDPの名目成長率の見通しを加味してみよう。

  • 益利回り+名目GDP成長率と長期金利の比較

内閣府が予想する名目GDPの成長率は、経済が概ね順調に推移する「経済再生ケースで」、2015年度2.9%、2016年度2.9%、2017年度2.7%、2018年度3.9%、…と予想されている。

試算には、政府が意図するほど高齢者や女性の労働力参加が進まないなど、経済状況をもう少し厳しめに見た「ベースライン・ケース」の予測もある。2015年度2.9%、2016年度2.9%までは同じなのだが、2017年度は1.5%成長に減速し、2018年度は2.0%と予想されている。長期金利の予想は、2015年度0.9%、2016年度1.4%、2017年度1.5%、2018年度1.8%だ。

本連載でこれまで筆者は、「益利回り+名目成長率」から「長期金利」を差し引いて、このスプレッドの大きさで株価水準を評価する方法を紹介してきた。

これは、P=E/(i+P-G)と計算する、将来利益の割引現在価値の合計で株価を考えるシンプルなモデルに幾つかの仮定を当てはめて、リスクプレミアムを計算してその大きさを評価しようとするものだ。

(注;P=株価、E=今期一株利益、i=金利、P=リスクプレミアム、G=利益成長率。ここで、i=長期金利、G=名目GDP成長率と仮定する)

この方式では、どうなるか。

「経済再生ケース」の2015年度版で計算すると、現在の日経平均は、6.9%+2.9%ー0.9%=8.9%もの超割安だという評価になる。過去の経験則的には、上記方式で計算したスプレッドで、株価水準について、7%(以上)=割安、6%=標準、5%(以下)=割高、といったレベル感で評価していた。

両ケースの2018年度までの何れの予想を見ても、名目GDP成長率の方が長期金利を上回るので、6.9%の益利回りを持つ現在の株価が割高と判断されることは無さそうだ。

既存の方式だと、名目GDP成長率が長期金利を上回ると見られる限り、イールド・スプレッドが6%になる20,735円くらい迄は「日経平均は高過ぎない」という判断が出来る安全圏だということになろうか。

  • 残余利益モデルとROE

さて、最近、企業経営の評価指標としてROEに言及されることが多い。「このくらいは欲しいROE水準」として言及されることが多いのは8%だ。

今度は観点を少し変えて、残余利益モデルをベースにして考えてみよう。残余利益モデルは、現在の株主資本(一株当たりの純資産=B)に、将来の要求利益を超える利益(予想利益−要求ROE×一株純資産)の割引現在価値を合算したものとして、あるべき株価を把握する。将来の残余利益を現在価値に割り引く割引率(R)と、要求ROEが等しいと考えて、これを株式投資のリスク負担に対する要求利回りだと考えることが多い。

現実のROEを「R」として、利益成長率をゼロ、利益は全て配当されると考えると、P=B+{(R−R)×B}/Rとなる。

将来の残余利益は一定で且つ一定の割引率Rで割り引かれるので、その割引現在価値の合計は今期の残余利益(={(R−R)×B})をRで割り算して求めることが出来る。

問題は、割引率がいかほどなのかだ。

割引率は本質的に投資家が個々に主観的に決めて株価を評価すべき数値だが、ある種の代表的な投資家の考え方としてGPIF(年金積立金管理運用特別行政法人)の運用計画を見てみよう。日銀の追加緩和発表と同日の昨年10月31日に発表された「年金積立金管理運用特別行政法人 中期計画の変更について」を参照する。彼らが、国内債券35%、国内株式25%、外国債券15%、外国株式25%の基本ポートフォリオを決めた際の前提条件はどのようなものか。

「経済中位ケース」の各資産の名目ベースの長期的な期待リターンは、国内債券=2.6%、国内株式6.0%、外国債券3.7%、外国株式6.4%、短期資産1.1%となっている。

国内株式のリスクプレミアムは、債券に対して計算するなら3.4%、短期資産に対して計算するなら4.9%だ。

仮に、株式を評価する際の割引率を6%としてみよう。現在の日経平均の推定ROEの8.61%、BPSの14,593円を当てはめると、P=14,593円+{(0.0861−0.06)×14,593円}/0.06=20,941円が適正株価となる。この計算は、吟味不十分な多数の仮定を置いた暫定的なものだが、この計算と比較しても、現在の日経平均は1割以上割安だという評価になる。

例えば、債券利回りに長期金利を代入してリスクプレミアムを足した割引率(0.39%+3.4%=3.79%)を割引率(R)として使うと、P=14,593円+{(0.0861−0.0379)×14,593円}/0.0379=33,152円という大変元気の出る数字になる。但し、この数字が実現するということは、その後の株式投資のリターンが3.79%になってしまうということだ。この水準には、殆ど投資家が不満だろう。

あれこれ考えてみると、現在の日経平均の水準は、少なくとも割高だと言わなければならない水準ではなさそうに思える。景気のいい数字をあれこれ計算した割には頼りない物言いで恐縮だが、株価水準の面からは、筆者が投資家なら、現在の水準を「保有持続」と判断するだろうと申し上げて置く。

但し、企業業績が減益になるとか、成長率がマイナスになるといった、ネガティブな変化が生じた場合にも十分な余裕があるほど、現在の株価が安い訳では無いとも言えそうだ。