例えば学生に何を覚えて欲しいか

 筆者は、獨協大学で「金融資産運用論」と題する講義を担当しており、週に2コマ(1コマ90分)、学部の学生(1年生から4年生)に、主に金融資産運用について教えている。一コマ目の授業は入門者用で、主な金融商品の仕組みと勘所、リスクとリターンの基礎、個人向けの運用の簡便法、運用ビジネスと投資理論の関係、など入門的な投資教育として、これだけは教えておきたいと思う内容を半年単位で話している。サラリーマンや主婦を対象とする一般個人向けの入門的投資教育に、大学なので、ほんの少し理論を教えている。

 ちなみに、もう一コマは、いわば中級者用だが、バートン・マルキール「ウォール街のランダムウォーカー」(井手正介訳、日本経済新聞社)をテキストに、投資の理論と市場の効率性、バブルの仕組み、個人の資産運用法などを考える授業にしている。

 さて、入門者用の授業では、毎期に一回か二回(学生も含めて人間は忘れる生き物なので教育的には二回話すべきだろう)、初心者向けの運用の心得で、学生にどうしても覚えて欲しいことを、三箇条から五箇条くらいの心得にして伝えている。

「お金の運用で大事な○箇条」といったテーマは、大学の授業以外に、何度も雑誌の原稿などに書いているが、毎回、少しずつ書きたい内容や書き方が変わっている。

 本稿の読者は、全くの初心者よりも、運用に詳しい方が多いかも知れない。たとえば、読者なら、運用の初心者に「是非これだけは覚えて欲しい心得」として、何をあげるだろうか。

 以下、筆者の、今年の秋学期バージョンの初心者向け運用心得をご紹介する。

四箇条

「○箇条」は、条文の数を増やすと網羅的になるが、覚えにくくなる。できるだけ絞り込んで、しかし、重要なポイントを思い出す手掛かりになるようなものがいい。例えば、「運用は、②長期、 ②分散、③低コスト」というようなキャッチ・フレーズは、なかなか良く出来ていると思う。しかし、「長期」という点は用い方に誤解を招きやすい点でもあるし、投資として常に良い訳でもない。また、「分散」は「リスク」ということを思い出してくれるなら、自ずと関心が向かうのではないか。このように考え始めると、あれこれと対案が思い浮かぶ。

 今回、筆者は以下の四箇条にしてみた。覚えやすいようにテーマだけを抽出するなら、①他人、②リスク、③コスト、④サンク・コスト(埋没費用)だ。

お金の運用心得四箇条

  • 他人を信用しない
  • リスクの見当をつけろ
  • 手数料を重視せよ
  • 買値にこだわるな

他人を信用しない

 通常の生活者が自分のお金を扱う上で最も重要なことは、様々な「他人」に対して「健全な警戒心」を持ち続けることだと思う。経済合理的な人間は、特に有利な利益機会があれば、それを他人に教えるのではなく、自分で使うはずだ。この身も蓋もない経済常識をまずは頭に叩き込むべきだ。

 警戒すべき他人の範囲は広い。だが、敢えて最も警戒すべき他人を挙げるなら、取引している銀行の銀行員さんだろう。銀行は、顧客の口座のマネーフローを通じて、顧客の経済状況をかなり詳しく把握する事が出来るし、何よりも顧客の所持金について、定期預金の額と満期や、退職金の振り込みに至るまで、よく知っている。素人が、セールスマンとして相手にするには手強すぎる。

 加えて、特に銀行が対面型のセールスを行う投資商品(投資信託や個人年金保険など)には、選んでいいと思える商品(ノーロードで年間手数料はどんなに高くても1%が上限だ)は一つもない。

 しかし、銀行員に加えて、証券会社のセールスマンや、時にはFPなども含めてだが、顧客に手数料の高い商品や非合理的な商品(毎月分配型ファンドのような)を売りつけることが巧みだ。

 また、エコノミスト、ストラテジスト、アナリスト、あるいはFPも(もちろん経済評論家も)、将来の金融商品のリターンなど正確に分かる筈も無いし、しばしばビジネス上の都合に左右された情報を発信する。

 例えば、私・山崎元も、分からなくても分かったふりをすることがビジネス上利益になる場合もあるし、その場合に、自分が分かっている以上に自信を持っているかのように、単なる推測を述べることがある(なるべくそうしないようにしているし、反省もしているのだが)。そして、たぶん、私よりも自分(ないしは所属会社)のビジネス上の利益に発言内容が影響されやすい「専門家」は数多くいるように思われる。

 しかし、自分が新米ファンドマネジャーだった頃のことを思い出すと分かるが、専門家の発言を見聞きすると、何らかの影響を受けるものだ。彼らを専門家だからといって信じるのはいけない。

 加えて警戒すべきなのは、友人・知人などの口コミだ。彼らは、意図的にあなたに自分自身の利益になるような行動を取らせようとしないかも知れないが、しばしば誤った情報・意見の代弁者になる。また、怪しい金融商品などに引っ掛かった時、そうとは気づいていなくても、人は無意識のうちにも自分の仲間を作りたいと思うものなのだ。「これはいいよ!」、「僕は儲けた」、「ある専門家から特別に教えて貰った商品(情報)だ」といった言葉に影響されてはならない。

 人間は、意図や感情をもって、情報を歪めて伝える。「市場のリスクよりも、真に恐ろしいのは人間の方だ」というのが、ざっと30年ほど金融関連の業界で働いてみた筆者の実感だ。

リスクの見当をつけろ

 リスク資産で運用しようと思う時に、損した状態を始めに想定する人は少ない。通常は「これくらい儲かると、まあまあいいな!」というイメージを抱くことから投資を検討するはずだ(それ自体は悪いことではない)。

 しかし、たとえば「内外の株式のインデックス・ファンドに概ね半々に投資していると、リスクは15%から20%の間位なので、リターンの期待値を5%~6%として、マイナス2標準偏差のイベントが起きた場合でも、1年後の損失額は投資額の3分の1に収まる。これを一応の最悪のケースのめどとしよう。…」といった、考えを「意識的に努力して」巡らせて、リスクの見当を付けることが決定的に大事だ。

 リスクの話は、初心者には(学生にも)なかなか伝わりにくいのだが、相手の理解に応じて、どうしても具体的に使えるように話しておかなければならない。リスクに正面から向き合わないと、たとえば、先般策定されたGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の基本ポートフォリオを含む運用計画のような、初歩的な間違いを(結果が吉と出るか凶と出るかは、今の時点では分からないが、作成過程は滅茶苦茶だ)、個人も犯すことになる。

「長期投資していれば、あなたは必ず儲かる」というような、リスクを軽視させようとするような言辞に影響されるのは愚かだ。その発言者は、嘘つきであり、有害な人だ。

手数料を重視せよ

 運用商品の売り手は、「実質的な手数料」の重要性を十分教えてくれないことが多いが、運用商品の評価と採否に当たって、決定的に重要なのは、販売会社と運用会社を合わせた「売り手」が得るその商品の実質的な手数料であり、実質的手数料は投資家にとって、「リスク・ゼロで実現する確実にマイナスの期待リターン」だということになる。

 これは、同時に、実質的な手数料の分からない商品は、自分にとって期待リターンが分からない商品なのだから、投資してはいけない商品だ、ということをも意味する。

 個人年金保険を含む多くの保険商品、加えて、仕組みの条件の中に実質的な手数料を潜ませている仕組み債券・仕組み預金などの「仕組み商品」(実質的手数料は大きい)のほぼ全ては、始めから避けていい商品だ。相手にする必要はない。

 また、たとえば日本株に投資する投資信託で、信託報酬が1.5%のアクティブ・ファンドと、0.5%のインデックス・ファンドがあるとすれば、前者に投資することは5割に満たない勝率のギャンブルに賭けることと同じだ。「アクティブ・ファンドの平均はインデックス・ファンドに負けており」、「いいアクティブ・ファンドを事前に見つけることはできない」のだから、論理的に実質手数料の高いアクティブ・ファンドへの投資は「常に」却下されることになる。

「手数料は高くても、運用が上手いアクティブ・ファンド」などというものは本来選ぶことが出来ないし、勧める人がいたら、その人は自信過剰か商売のために嘘をついている人だ。

買値にこだわるな

 投資に最も向かない性格は、自分の損(あるいは「負け」)を認めることが出来ず、これを投資で取り返しに行こうとする、「悪しき負けず嫌い」だ。

 古来、投資の大損事件は殆ど全てが、損を取り返そうとしてリスクを追加した事によって起こった。

 投資家は、自分が買った株式や投資信託の「買値」に、自分の意思決定が左右されないように意識的な努力を払うべきだ。

 お金の運用を考える上で重要な「費用(コスト)」の概念が二つある。一つは「機会費用(オポチュニティー・コスト)」であり、もう一つは「埋没費用(サンク・コスト)」だ。

 運用に回すとそれなりにプラスの利回りが期待出来るのに資金を遊ばせておくのは「機会コスト」の無駄だ。

 一方、自分が買った値段に拘って、「買値に戻るまで売れない」と思って買った株を塩漬けにしたり、まして下がった株価で買い増しして平均コストを下げて売り逃げしようと試みたりするのは、非合理的な行動だ。既に生じた損は、埋没費用であり、過去は変えられないのだから、現在の株価でその持ち株をどうするかということ「だけ」で投資の意思決定をすべきなのだが、これがなかなか出来ないのが多くの投資家の現実だ。

 四箇条をもっと絞り込むなら、始めの二つだろうと筆者は思うのだが、読者はどう思われるか。読者も、「お金の運用の心得○箇条」を考えてみて欲しい。