シンプルな出来上がり

注目されていたGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の新しい運用方針が10月31日に発表された。内外の株式、債券4資産の比率をまとめたもので、国内株式25%、外国株式25%、外国債券15%、国内債券35%がその結論だ。株式が内外合わせて50%、外貨建て資産が40%と、覚えやすいシンプルな仕上がりだ。

これまで資産分類に短期資産が含まれていたが、ほぼゼロ金利の長期化が予想される現在、短期資産に資金を配分する意義は乏しく、妥当だろう。全体で5%以下としたオルタナティブ資産も含めて、前記の伝統4資産分類の何れかのカテゴリーに分類して管理するという。

カルパースなど海外の有力機関投資家がヘッジファンド投資などの廃止に向かいつつある現状で、日本の公的年金がオルタナティブ運用ビジネスに付き合う必要はないと筆者は考えるが、オルタナティブ資産として別枠を設けなかったことは正解だろう。

この運用計画は、約130兆円にのぼる我が国の大事な公的年金の運用計画でもあり、世界最大級の機関投資家の運用計画でもある。国民としても投資家としても興味の湧くところだ。せっかくの機会なので、検討過程をまとめた資料「 年金積立金管理運用独立行政法人 中期計画の変更について 」を見てみよう。

「根本的な間違い」その一

日本の公的年金は、名目賃金上昇率プラスアルファの利回りを目標に運用される。今回の運用計画策定で厚生労働大臣が与えたプラスアルファ目標は1.7%だ。これを「名目賃金からの下振れリスクが全額国内債券運用の場合を超えないこと。株式等は想定よりも下振れ確率が大きい場合もあることも十分に考慮すること。予定された積立金額を下回る可能性の大きさを適切に評価するとともに、リスクシナリオ等による検証について、より踏み込んだ複数のシナリオで実施するなど一層の充実を行うこと」という条件の下で達成することが、新方針を検討する運用委員会に与えられたミッションだった。

率直に言って、リスクについては、具体的に何が条件なのか、分かりづらい(一読して何のことかスッキリ分かる人がいるとは思えない)。かつて、GPIFは、国内債券のリスクを大きめに推定し(大きな数字が出る過去40年くらいのデータを使っていた)、「全額国内債券並み以下のリスク」を標榜していたが、この説明では今回政府が求めるリスク資産への配分の大幅積み増しが出来なくなった。両者が混在した結果、このようなややこしい表現になったのだろう。

これは、運用の考え方として、そもそも「名目賃金上昇率+1.7%」という目標リターンがはじめからあることがおかしいのだ。

どのような期待リターンを求めるポートフォリオを選択するのかは、現実的な推定リスクと期待リターンとの前提条件の中で、何が可能かを検討して決めるべきものであって、いきなり目標とするリターンを与えるのはおかしい。

本来であれば、許容できるリスクの下で可能と思われるリターンを年金財政の計算にフィードバックして、年金財政の検証を行う必要があるが、年金財政の検証と称する作業を、長期経済見通しで想定した利回り(単なる「一つの予想」にすぎないが)で行っているため、その利回りと辻褄を合わせた利回りを運用の目標にせざるを得なくなっている。

運用委員会は、専門家としての良心があれば、そもそも厚労省が行った公的年金の財政検証自体を非現実的だとして差し戻す必要があった。

そもそも年金財政の検証自体が現実から遊離した信用の出来ないものになっており、これと辻褄を合わせようとして、運用計画が奇妙なものになったのが、大凡の事情だと推察できる。今回の運用委員会の委員たちには(率直に言って、時間を食うのに薄謝でしかも批判されやすい仕事である)、人情的には「お気の毒」と言いたいところだが、厳密には「無責任だ」と批判しなければならない。

公的年金の財政検証と称する計算は政府の長期経済見通しに基づいて行われているが、政府がやっても、民間がやっても、「経済見通し」などというものは全くあてにならないものであり、まして、政府がやる場合には、自分たちの経済政策が失敗する前提の数字を作りにくいといったバイアスもある。

運用計画の検討そのものの問題ではないが、「だから、公的年金に関する財政検証は信用できない」ということを申し上げておく。

「根本的な間違い」その二

前記の説明資料を読むと、運用を考える上で看過できない根本的な間違いがもう一つ見つかる。それは、運用計画の「想定期間」だ。

運用の想定期間が25年というのは、いかに巨額で小回りの利かないGPIFであっても、現実離れしている。運用の想定期間はポートフォリオの調整スピードから決まる。25年を平均的に見通して標準となるポートフォリオを定めて目標とする、という方法は全く馬鹿馬鹿しい。資金の大きなGPIFといえども年間に数%レベルであれば、資産配分を変えることは十分可能だ(事実、これからやろうとしている)。

そして、100%と0%といった両極端に特定の資産クラスへの配分を移すと考えることが現実に必要な場合は乏しかろう。

本来なら、運用計画は、ポートフォリオの調整コストを加味しながら、1年単位くらいの目線の置き方で随時考えていくのが正しい。但し、現実的には、取引コストも個々の資産クラスの期待リターンも正確に推定することが難しい。

或いは、ある程度長い期間を「想定運用期間」として、その期間の期待リターンとリスクが概ね均一であるかのように扱うことが一種の簡便法としては許されよう。だが、そうした期間は、GPIFでもせいぜい5年くらいのものだろう。

政府の経済見通しでは、これからしばらくの間にインフレ率も金利も大きく変化すると考えているのだから、この期間を含めた25年を通算してひとまとまりの運用期間と想定することは、常軌を逸している、と筆者は思う。

にもかかわらず、次に「積立金の水準が最も高く」なるのが25年後だという理由で、25年を想定運用期間とするのは、全く無理だ。

それでも25年とした理由を推測すると、そうとでもしなければ、運用目標が達成出来そうだという説明のでっち上げが困難だったからではなかろうか。

現在の国内債券の利回りは、10年満期の長期国債を全額買ったとしても約0.5%にすぎない。これが、上がるか、下がるかは、将来起こるイベントに左右されるのであり、確信を持って予測することなど全く不可能だ。

にも関わらず25年もの「想定投資期間」を考えることで、例えば国内債券に対して2.6%(財政見通しの「経済中位ケース」)といった、現実的にありもしないリターンをひねり出して、年金財政は大丈夫だとの辻褄を合わせているのだから、この期間想定は「実害」を及ぼしている。

その他の問題点

他にも、投資家が反面教師とすべき問題点が幾つも指摘出来る。

例えば、政府の長期経済見通しを前提として計画を考える点が、計画を検討した人達にとっては「そうせざるを得ない」ところであっただろうが、現実離れしている。誰が作ろうと、経済見通し、まして長期の見通しなど全くあてにならない。マクロ経済見通し(まして長期の)を丸々前提とする運用計画など作るべきではない。

また、リスクの目処として「全額国内債券ポートフォリオ」を用いるのも不適切だ。はっきりとどの程度のリスクで、たとえば一年間にどのくらいの積立不足を生む可能性があるかを示しながら、運用計画を策定すべきだし、国民に説明すべきだ。

また、「国内債券」に±10%、「国内株式」に±9%、「外国株式」に±8%などと付けられた「許容乖離幅」は、大きすぎて無責任だ。上下にこれだけ異なるポートフォリオは、全く「別物」だ。

それが必要なほどの環境変化があれば、基本ポートフォリオ自体を見直すのがGPIFサイズの資金といえども当然だ。

これは、「25年間の標準ポートフォリオ」という奇妙なものを想定するから、このようなことになったともいえるし、政府の求めるリスク資産購入を可能とする運用計画無理に整合性を与えようとしたツケであるかも知れない。

さて、できあがりの基本ポートフォリオは、政府見通しの「経済中立ケース」を前提として、名目で4.57%の期待リターンで、標準偏差は12.8%だという(リスクの推計は通常の機関投資家よりもやや大きめだ)。同様の前提で、全額国内債券ポートフォリオは名目リターンが2.6%で、リスクは4.7%とされている。

「経済中位ケース」に加えて、「市場基準ケース」(現在の超長期債の利回り等を参考にしたケース)も使って両者の比較をしているが、GPIFの資料によると、全額国内債券のポートフォリオは、全てのケースで「ほぼ予定積立金額を確保することはできない」という結果になり、策定された基本ポートフォリオでは、2039年(25年後!)に積立不足となるのは「経済中位ケース」で40%、「市場基準ケース」で25%だとしている。

要は、基本ポートフォリオが期待リターンとして「名目賃金上昇率+1.7%」を満たすポートフォリオの中では「最もリスクの小さいポートフォリオ」であり、全額国内債券ポートフォリオ(そもそも期待リターンが足りない)よりも、積立不足が起こる確率は小さい、ということを根拠に、今回のポートフォリオが妥当だとしている。

しかし、これでは、目標リターン期待値として目指すポートフォリオの中ではリスクが最も小さいことが主張されているが、そのリスクが適正な範囲のリスクであるか否かの根拠は全く示されていない。

総括するに、考え方として多くの誤りを含む上に、結局のところ無責任な運用計画だというしかない。要は、当面の「公的相場操縦」を可能とする運用計画に素人では反論しにくい、ややこしい理由を付けただけのものだ、とでも理解するしかない。

せめて、リスクについて、国民にもっと分かりやすく説明すべきだろう。大変残念な運用計画であり、投資家が真似してはいけない要素に満ちている。