スマートベータとは何か

近年、「スマートベータ」と呼ばれる運用商品が関心を集めている。『日本経済新聞』(8月13日朝刊19面)の田村正之編集委員が執筆した「『賢い指数』投信に新風」という記事では、スマートベータに「賢い指数」という日本語を充てていた。

投資の教科書を読むと、ベータ(β)とは厳密には、マーケット・ポートフォリオ(全リスク資産を時価総額加重で保有するポートフォリオ)に対する感応度のことだ。

純然たるCAPM(Capital Asset Pricing Model)理論では、「全リスク資産」でなければならないのだが、株式投資の世界では、日本株なら「TOPIX」、米国株なら「S&P500」といった時価総額加重ウェイト型の株価指数を「マーケット・ポートフォリオ」と見立てて、個別銘柄の感応度を計算して「β値」とするのが、運用業界(ポートフォリオ管理に使う)や投資銀行業界(企業評価などに使う)の実務的な習慣だった(あまり感心しない習慣だが)。

一方、現存のスマートベータと称される商品は、何れも時価総額加重型の市場平均を表す株価指数と「異なる」運用をすることに力点がある。「普通のベータよりもスマート(賢い)な運用である」(或いは「でありたい」)と言っている訳だ。同時に、S&P500やTOPIXのような市場平均型の株価指数は賢くないとも言っている。

よくある株式ポートフォリオのスマートベータ運用を表現すると、以下のようになるだろうか。

  • 何らかの運用ルールに基づいて、市場平均型ではない株価指数を作る。
  • この株価指数をターゲットにインデックス運用する。

実質的には、運用内容が事前にルール化された、いわゆるシステム運用である場合が多いが、「JPX日経400」のように、判断基準はあっても人間の判断が入るものもある。

運用ルールが株価指数化されていると、過去に遡ったパフォーマンスを比較的自然に長い期間顧客に見せて、長いトラックレコードが無くても判断して貰いやすい点が商品としての長所だ。もちろん、顧客の側でも、運用ルールに基づく指数の過去の振る舞いを見ることで、運用内容を理解することが容易になるメリットがある。

但し、特定の運用ルールの過去のパフォーマンスが良かったというデータの解釈には、ぱっと思いつく限りでも、以下の四点に注意が必要だ。

  • (A)売買コスト(手数料+市場インパクト)などを含まないデータである場合が多いこと(つまり、実際の運用とは条件が異なること)
  • (B)単に「たまたま」良かった可能性が大いにあること
  • (C)過去を知っている現在の知識で作ったルールによるものであること
  • (D)“価格の歪み”を利用しているルールの場合、直近迄の過去に上手く行っていることがかえって「価格の歪みの解消によるチャンスの減少」を意味する場合があること

の四つだ。

過去のデータが素晴らしいからといって、簡単に感動してはいけない。正しい解釈には、かなりの専門的な分析が必要であること(マルチファクター・モデルによるパフォーマンス分析や、ポートフォリオの売買回転率・コストやパフォーマンス劣化に関するチェックなど)に加えて、プロが分析しても完全に分析しきることが出来ないこと、を知っておきたい。

しかし、通常のアクティブ運用の商品の場合、こうした過去のマーケットに関する参考データが無い場合が多い訳だから、スマートベータ商品は、判断材料があるだけ良心的だといえることは強調しておきたい。

運用のタイプ

先の日経の記事には、日本国内の運用会社が商品化したスマートベータ商品の主な物について、運用タイプ別に紹介されている。「企業規模型」、「低リスク型」、「クオリティ型」、「高配当型」、「等金額型+高配当型」の5タイプが紹介されている。

ここで企業規模型と呼んでいるのは、利益や株主資本など、時価総額以外の指標で企業規模を定義して、これを銘柄毎の投資ウェイトとしているものだ。株価以外のファンダメンタルな指標に基づいて作られた株価指数をターゲットとするインデックス運用と同等だ。「ファンダメンタル・インデックス」と呼んでいる商品と同じであり、これは米国では10年くらい前からある。何を指標に選ぶか、どの程度の回転率になるか、等、判断すべきポイントは複数あるが、「単に株価が高い銘柄のウェイトを大きくする時価総額ウェイトよりは、利益でウェイト付ける方が納得出来る」といった、納得性の良さが商品としての長所だ。

低リスク型は、ポートフォリオのリスクを最小化させる運用(ミニマム・バリアンス:最小分散)である。これは、経験的に(つまり、ある時期のデータに対して適合して)リスクを最小化することだけから作ったポートフォリオの単位リスク当たりの超過リターンで測ったパフォーマンスが良いことから、一部で流行っているクオンツ運用の一種だ。マルチファクター・モデルがあると簡単にポートフォリオを作ることができるので、運用は簡単だ。

推定されるリターンの分散(バリアンス)を小さくするポートフォリオを作ると、なぜリターン/リスクの効率が良いのかに関しては、直ちに納得の行く説明は付きにくいが、全体の方向性としてリスクを抑える運用であることは安心材料だ。

日経の記事が「クオリティ型」と呼んでいるのは、「ROEが高く経営が効率的な銘柄を選択」するもので、具体的には、JPX日経400に連動することを目指すファンドのことだ。これは、はっきり言って褒めすぎだろう。ビジネスのリスクや業態に関係なく単にROEが高いことをもって「クオリティがいい企業だ」と決めるのは、投資の考え方として単純に過ぎるし、下手をすると割高な銘柄を買ったり、回転率が上がりすぎたりする危険がある。

尚、JPX日経400は、銘柄選定基準やウェイト付けの考え方はあるが、最終的には人間が判断を行っているので、他のスマートベータ運用とは些か性質が異なる。最終的に人間が判断する事自体が悪いとはいえないが、完全にルールが明確な運用とは区別しておきたい。

「高配当型」や、高配当な銘柄をベースに、一定期間毎に投資銘柄のウェイトを等金額に揃え直す「等金額リバランス」は、1980年代くらいから「フォーミュラ・プラン」、「システム運用」などと称していた原則としてルール・ベースの売買を機械的に行う運用の再登場だ。再登場だからといって悪い訳ではないが、筆者はこの商品を見て、運用方法というものは意外に進歩しないものであるとの感慨を持つ。高配当銘柄プラス当金額リバランスという運用方法は、1990年代くらいに行われていた、「システム運用」よりも、遥かに単純で素朴だ。単純なものが悪いという意味ではないが、運用の細かなテクニックも含めて、かつての経験と教訓が十分生かされているといいな、とは思う。

パッシブ・アクティブ両方の立場から

スマートベータ運用の商品に投資することを、「ベンチマークの多様化」と捉えてパッシブ運用に位置づけようとする考え方があるが(政府の有識者会議報告書にもあった)、実務的な考え方の上でこれは誤りだ。スマートベータに基づくベンチマークでアセットアロケーションを行っているわけではない筈なので、これを「パッシブ運用」だと考えるのはおかしい。

パッシブ運用をよしとする立場からスマートベータ運用を考えるとどうか。

以前の本連載にも書いたが、市場平均型(時価総額加重の全銘柄網羅型)のパッシブ運用が運用パフォーマンス比較上強い現実的な理由は、(1)ライバルの平均をもつことの有利性、(2)低回転率が可能であること、(3)投資対象が広く分散されていること、(4)手数料が安いこと、などだ。

一方、市場平均型の運用では、値上がりして時価総額が増える銘柄のウェイトがどんどん上がっていくことの、後追い的なさえない感じ、感覚的気持ちの悪さがある。

パッシブ運用サイドからスマートベータ運用商品を見ると、感覚的な気持ちの悪さを回避しているけれども、ライバルの平均を持つような運用ゲーム上明快な有利性がないこと、銘柄入れ替えが市場平均型のインデックス運用よりは多いこと、純然たるインデックス・ファンドよりは手数料設定が高いこと、などの小さいけれども確実な弱点が見える。

JPX日経400のように、派生商品があって、銘柄入れ替えの影響が心配な指数の場合、さらに心配な要素が加わる。取引所や証券会社の感覚としては、運用のためのベンチマークを対象とする先物やオプションがある方が利用者に便利で且つ証券界としては商売がしやすいようにも思うが、純粋にインデックス運用の効率性を考えると、市場に派生商品がらみのポジションがあって、銘柄入れ替えやウェイトの変更が狙われるのは不都合だ。

「力が入っているなあ。でも、それだけの値打ちがあるのだろうか?」、「まあ、既存のインデックス・ファンドと全く同じ手数料なら考えてもいいか」といった感想がパッシブ派の率直な意見だろう。

他方、アクティブ運用に価値があると考える側から見ると、スマートベータ運用は、(1)単純なシステム運用だ、(2)将来の運用の意思決定を今から決めておくのはバカげている(ルール化されたシステム運用とはそういうことなのだが)、(3)まして市場に運用内容を公開しているのは不利だ、(4)要は付加価値の低いアクティブ運用に「スマートベータ」という名前を付けて安売りしているだけではないか、ということになる。

確かに、昔からある「フォーミュラ・プラン」、あるいはクオンツの「システム運用」と何が違うのかといわれると、説明は困難だ。

そう考えると、例えば、高配当銘柄が有利な時とそうではない時があるし、等金額リバランスが有効では無い状況でリバランスを行うのは手数料と市場インパクト(合わせて売買コスト)の無駄だ。

筆者としては、スマートベータ運用は、投資家から見た分かりやすさを考えると、低廉なコストで提供できるなら、悪くない運用商品コンセプトだと考える。ただ、「スマートベータ」というネーミングは今一つだと思うし、既存商品の運用内容にはもっと工夫の余地があるように思う(機会があれば一度作ってみたいものだ)。

ハッキリしているのは、コストの高い(例えば信託報酬が1%以上の)アクティブ運用商品に投資する気が起きないことだ。アクティブ運用側からの批判は、アクティブ運用者自身がスマートベータ運用も自力で出来るようなスキルを持ちながら、アクティブ運用商品をスマートベータ並の運用手数料で提供できれば全て解消する。

インデックス運用派の人々は、現状のスマートベータ商品であれば、そう気にする必要は無いと思う。例えば、TOPIX連動のファンドを、JPX日経400連動に切り替える意味はない。しばらくは、高見の見物をしていていいと思う。