昨今、「GPIF」が頻繁に話題になる。GPIFとは、年金積立金管理運用独立行政法人(英文名Government Pension Investment Fund)のことで、厚生年金と国民年金を運用する組織であり、現在、約130兆円の資金を運用する世界最大級の機関投資家だ。

話題になっている理由は、GPIFが運用計画の見直しを行っており、この見直しによって大量の株式を買うのではないかといった憶測が市場関係者の間に流れているからだ。

今回は、GPIFの運用計画見直しについて、投資家が興味を持つと思われるポイントを5つ選んで、Q&A形式で易しく説明したい。

尚、あらかじめお断りしておくが、以下は、筆者が正しいと思う見解を楽天証券経済研究所の客員研究員の立場で発表するものであり、別の団体の見解を代表するものではない(注;筆者は、国家公務員の共済年金を運用する国家公務員共済組合連合会の運用委員会の委員を務めている)。

答えてみようと思う疑問は以下の5つだ。

  • GPIF運用計画の見直しで株価は上がりますか?
  • GPIFはいつ株を買うと予想しますか?
  • GPIFの運用計画見直しで儲かるのは誰ですか?
  • GPIFの株式買い増しは良い経済政策ですか?
  • GPIFの資金運用と個人の資金運用のちがいは何ですか?

各テーマについて、最初にやさしい言葉で手短に結論を書いて、次に理由を説明する。

(1)GPIF運用計画の見直しで株価は上がりますか?

筆者は、株価が上がる可能性が大きいが、上がっても効果は一時的だろうと考えています。もちろん、GPIFの動き以外にも株価を動かす要因があるので、そうならない可能性も十分に存在します。

GPIFが運用計画で1%国内株式を増やすと、計算上直接的に、1兆3千億円の株式買いが発生する。また、GPIF以外にも、GPIFの運用方針に影響される資金運用主体の資金(共済年金や厚生年金基金の資金)があるので、その効果はもう少し大きい。加えて、GPIFの資産配分計画の論理からいって、国内株式を増やす場合、外国株式や外国債券も配分を増やす可能性が大きく、これらが為替レートを円安に向かわせる効果がなにがしかあるかも知れない。目下、円安は、株価の上昇材料だ。

GPIFは現在で運用資産の17%程度の国内株式を保有しており、これを、20%を超えて引き上げる運用計画を作るのではないかと見る向きが多い。

従って、新計画の国内株式への配分が20%を切るようだと、「失望売り」が出て、株価が下がる可能性もあるので注意しておきたい。

たとえば、20%台前半への配分引き上げの場合、影響のピークでは日経平均で数千円規模の株価上昇があるかも知れない(もちろん、他の要因によっては株価上昇が無いかも知れないし、株価が下がることもあり得る)。

但し、こうした需給による株価上昇は、一時的な(数カ月位の)ものに終わる公算が大きい。企業の業績の改善など、株式の価値が上がるような出来事があって株価が上がるのではないのだから、当然のことだ。その後に好材料が続かないと、上昇した株価は保たれない可能性が大きい。

1990年代にも、公的年金の資金が株価対策に使われたが、当時の相場展開がまさにそうだった。公的資金が買っている間は株価が上がるが、買いが終わると、だらだら下がる展開となり、結局、株価は大きく下がった。

(2)GPIFはいつ株を買うと予想しますか?

9月に新しい運用計画を発表して、GPIF自身は、その直後から期限を明示せずにある程度の期間をかけて株式を買い増すことになると予想しますが、時期は流動的です。市場では、GPIFの買いの先回りをして買おうとする投資家の買いが、運用計画発表の前から現れる公算が大きいと予想されます。

安部晋三首相は、GPIFの運用委員会の委員長に任命された米澤康博氏に、9月から10月程度を目処に新しい運用計画を取りまとめるように指示したようだが、計画の取りまとめ・発表・実行の時期は、今後の市場や経済の様子によって変化する可能性が大いにある。

私見だが、今回のGPIFの運用計画見直しの背景には、政権は株価を上げたいし、官僚は年末に判断される予定の消費税率の引き上げを確かなものにしたい、という当面の利害が共通する意図があるように思う。

両方の意図にとって、方向として株価が上がることは好都合だ。但し、当面、経済や株価が大きく失速するのは困るが、株価が早く上がりすぎて、年末にかけて下がる展開も不都合だという事情があり、「GPIFの買い」は、株価への材料として、憶測段階の情報、計画に関する情報、実際の資金による買い入れなどが使い分けされることになるだろう。

尚、一般に公的年金の株式買いは、一時に一気に買うのではなく、株価が前日よりも安い日の後場寄りやザラバを中心に、じわじわと買ってくる傾向がある。また、公的年金資金の買いについては、市場関係者が把握して情報が出回ることが多く、市場では「だいたい把握される」。

また、新しい運用計画がどのようなものになるのかは、完全な秘密の下に検討される建前だが、現実的には、情報が洩れる可能性が大きいと筆者は考えるし、大まかな予測も難しくはない。

GPIFの買いに先回りして買う主体が現れる可能性は大変大きいし、動きが把握しやすくて影響力の大きいGPIFの資金の動きが、結果として、「市場のカモ」にされる可能性も大きい。

但し、GPIFの動き以外にも株価に影響を与える要因は多数あるし、GPIF資金の動向は市場の多くの関係者が注目しているので、「GPIFの買いの先回り買い」が必ず儲かるとは限らないので注意されたい。

(3)GPIFの運用計画見直しで儲かるのは誰ですか?

GPIFの動きを「結果的に」上手に利用出来た投資家は儲かるでしょう。この儲けは相当に大きな規模で発生する可能性がありますが、確実に儲かるという性質のものではありません。一方、もう少し金額は小さいかも知れませんが、彼らよりも確実に儲かるのは、運用手数料が増える運用会社です。今回のGPIFの運用計画見直しには、「巨額の資金を運用しているのだから、もっと手数料をよこせ」という金融業界の意図を感じます。

一般に、「政策」というものを評価する場合、その政策によって誰が儲かるのかを考えることは、その政策の本質や背景、さらには適否を考える上で役に立つ。

政策とは、市場で決まる条件とは異なる条件を非市場的プロセスで決めることだが、政策を作る側にも、当事者や利害関係者のコストとベネフィットに関する利害関係が働く。

端的にいって、それ自体が正しい(正しくない)政策でも、政策決定に影響力を及ぼすことが出来る主体にとって利益にならない(利益になる)政策は、実現しない(実現する)ことが多い。

今回のGPIFの運用計画見直しに関しては、その元になった「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の 高度化等に関する有識者会議」の報告書PDF(平成25年、11月)を見て頂くと、背後の利害関係が推測出来る。

個人向けの資産運用商品でも同様だが、リスクが大きくて、中味が複雑な運用商品ほど、運用会社・販売会社などの「売り手」が取ることのできる手数料が大きい。

ご興味のある方は是非、報告書の原文に当たって頂きたいが、リスクを取る運用を増やし、さらに手数料を増やしたい、という内外の金融業界の意図が有識者を通じて強く反映されていることが分かるだろう。

近い将来、高い手数料を払う運用資産の配分が増えると、官僚・政治家が金融業界の儲けになるビジネスとして配分できる資金が増えることになる。今の段階で、癒着とか天下りとかを批判することは出来ないが、国民としては、公的年金の資産運用がより大きな「金融版の公共事業利権」に育ちつつあることに対して、注意が必要だ。

(4)GPIFの株式買い増しは良い経済政策ですか?

良い政策ではありません。先ず、株価対策として効果は一時的なものに過ぎませんし、GPIFの動きが他の市場参加者に利用される過程で投資家間にアンフェアな優劣が生じる可能性が大きく、公的年金の積立金が運用上不利を被る公算が大きいことが、短期的な問題点です。加えて、政府の一部門である公的年金が民間会社の株式を大量に保有することによる長期的弊害があります。また、そもそも公的年金の財政に株式投資のリスクを取り込むことが余計です。

情けないことに、GPIFの運用改革は、アベノミクスの「第三の矢」である成長戦略の一つに位置づけられている。これは、GPIFによる株式と外貨資産買いで株価を上げることがデフレ対策になる効果と、GPIFが大株主として企業統治に参加することで日本企業の経営効率を改善することの二つの思惑によるものと推察されるが、共に間違いである。

先ず、1990年代に行われた、公的年金資金による株価対策(通称「株価PKO」)がそうだったように、需給で株価を上げても、株式の価値が高まらないなら、株価の上昇は一時のものに過ぎず、買いが止まると株価はずるずる下がる。

また、GPIFは巨額な資金であり、公的年金資金でもあるために、運用計画の説明責任を果たすと、他の市場参加者に投資行動を読まれて、利用される可能性が大きい。

GPIFの運営の仕組みから考えて、運用計画レベルでも、実行レベルでも、情報は漏れる公算が大きく、この場合、市場参加者の間に深刻な不公平が生じる。運用委員会に参加する有識者、GPIFの役職員、監督官庁、一部の政治家などが、GPIFの運用の計画と実行に関する情報を知り得る。彼らには厳格な守秘義務が課されるべきだが、情報を完全に管理することは事実上不可能であるように思われる。

GPIFの運用計画変更は、市場参加者に利用され、しかも、それが市場参加者間で公平ではない形で利用される可能性が大きい。この件に関して、情報を利用する市場参加者を責めても仕方が無い。真の問題と原因は、巨額すぎる公的資金を一カ所にまとめて運用するという何とも下手な制度設計にある。

長期的な問題としては、GPIFが日本の上場企業の大株主になることによる、企業統治への弊害が二つある。

一つ目の問題は、政府機関であるGPIFが株式投資による収益を期待することと、政府が企業に対して適切な規制者・監督者でなければならないことの矛盾であり、いわゆる「利益相反」の問題だ。株主が投資先企業のビジネスに対する、監督や規制を適切に行えると期待することは、経済常識に外れている。

もう一つは、前記の問題に関連して、GPIFが上場企業の大株主となることで、企業統治の空洞化が起こることだ。

GPIFを含めて公的年金は、投資先の株式の議決権行使を運用会社に任せており、個別企業の経営に直接関与しない建前になっているが、これは、GPIFも含めた機関投資家・運用会社の多くが先般受け入れを表明した「日本版スチュワードシップ・コード」PDFの第4原則、第5原則と矛盾する。

現実的にどうなるかを予想すると、GPIFのような公的資金は、日本版スチュワードシップ・コードに則って、運用会社に議決権行使を任せつつ、投資先企業と適切なコミュニケーションを取っている「かのような」体裁を整えることになるが、実質的には、運用会社にこれらを「丸投げ」することになる。

仮に、第5原則の言うように議決権行使において「単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫」すると、個別企業の経営に介入せざるを得なくなる。これは建前上拙いし、実務上面倒臭いので、運用会社や議決件行使に関するアドバイス会社などを使って「真面目に関与している振りをする」ことにならざるを得ない。

GPIFのような公的資金ではなく、利害に素直に行動できる民間の株主が株式を保有する方が、企業経営に対する影響は、明らかにいいと筆者は考える。弊害があるとすれば、銀行を含めた上場企業どうしの株式持ち合いなどが問題だが、これを解決するためには、株式持ち合いを規制すべきであって、公的資金に株式を抱え込ませることが適切な解ではない。

公的資金の運用問題を検討した有識者会議は、公的資金が株式を保有し、上場企業の尻を叩くことが、日本経済の活性化につながると勘違いしているのではないだろうか。

(5) GPIFの資金運用と個人の資金運用のちがいは何ですか?

リスクとリターンを意識して運用を考えなければならない点は、GPIFも個人投資家も同じであり、運用そのものの難しさに大差はありません。しかし、GPIFが運用する資産が年金加入者から預かった「他人のお金」であることと、巨額であることの二点に於いて、個人投資家の運用とは異なっています。

たとえば、株式のリスクとリターンとをどのように推定するか、といった、運用で最も難しい部分に関しては、130兆円を運用するGPIFも、少額のお金を運用している個人も、大差はない。

考えようによっては、資金の性質がはっきりしていて安定しているGPIFの公的年金積立金運用よりも、家計の状態や健康状態について個々に大きなばらつきがあり、事態の急変もありうる個人の資産運用の方が難しい面があるともいえる。

一方、GPIFの運用資産は、いわば年金の受給者・加入者から借りている「他人のお金」であり、運用の計画、結果様々な段階で、運用に関して逐一説明する責任がある。GPIFのような年金基金の運用は、専門家が積立金の運用効率のみの利益のために最善を尽くして忠実に運用すべきだとされている。

このため、GPIFは運用計画を加入者に説明しなければならないし、運用内容に対する一定の情報開示も必要だ。しかし、GPIFのような資金では、運用の説明責任を十分果たすことと、自らの動きを他の市場参加者に利用されないようにすることとが両立させがたいのだ。

また、運用の内容は、有効性について定説のない最先端の運用対象や技法によるのではなく、加入者も含めて多くの人に理解されやすいある種の「保守性」を伴ったものであるべきだともいえる。

加えて、GPIFの運用資産は巨額であり運用行動が株価などの市場価格に大きな影響を与える。市場価格に影響を与えるほど大きな資金を持つことは、ポートフォリオの変更コストが大きくなり、一般には、有利な材料ではない。収益率でパフォーマンスを測る場合、ポートフォリオの内容を短期間でスピーディーに変えにくい点は、運用上、GPIFが個人投資家よりも不利な点だ。