株価水準の考え方

このコラムで以前に、「投資を考える上で最も役に立つ数式」として、一定の率(g)で成長が続く将来のキャッシュフロー(初期値はE)を、一定の割引率(r)で割引現在価値に引き直した合計値(P)を与える公式をご紹介したことがある。Pを株価、Eを今期の一株利益と思って見て頂きたい(図1)。

割引率は、金利(i)とリスク・プレミアム(p)に分解できるので、簡単な変形から、益利回り、成長率、金利の三つの数字を与えると、その時の株価が含意するリスク・プレミアムを求めることができる。益利回りは、PER(株価収益率)の逆数なので、成長率、金利、リスク・プレミアムとPERの関係を考える事もできる。

(図1)“役に立つ公式”とその変形

役に立つ公式”とその変形

たとえば、一株利益=E=1000円で、割引率が7%、成長率が2%なら、P=1000円/(0.07−0.02)=2万円、といった具合に株価を計算できる。

逆に、一株利益(E)=1000円、株価(P)=1万5000円、成長率(g)=2%、金利(i)=1%なら、リスク・プレミアム(p)=1/15+0.02−0.01=0.0766…=約7.6%、といった調子でリスク・プレミアムを求めることができる。

再説、山崎式株価判別法

さて、筆者は、この関係式と2つの仮定を使って、リスク・プレミアム水準を推定して、その時々の市場全体の株価水準の高低を判断していた。

二つの仮定とは、

  • (仮定1) 市場が想定する利益成長率は当面予測されている名目GDP成長率を延長したものとする、という仮定と、
  • (仮定2) 長期金利(10年国債利回り)を市場で形成されたリスク・フリーレートと考える、という仮定だ。

もとより、将来の利益成長率を予想すること自体が難しい。ましてそれを一つの均一の率で代表することは至難の業だが、「市場の参加者は、足許の景気の雰囲気を投影して将来を見る傾向がある」と考えてみよう、として、現在の景気見通しを単純延長した株価を「取り敢えず」計算してみる、というのが仮定1の趣旨だ。

また、リスク・プレミアムを考える際のリスク・フリーレートを日本でいうとコールレートのような短期金利とするか、長期金利とするかは議論の余地のあるところだ。年金基金や保険会社のような長期投資家にとっては負債を考えると長期金利が実質的なリスク・フリーレートに近いことと、短期金利は現在を含むここしばらく中央銀行の「政策金利」として人為的にゼロ近傍に抑え付けられていることから、市場で形成されている「長期金利」に対するリスク・プレミアムを考えることにした、というのが仮定2を妥当と考えた理由だ。

両方の仮定が共に、他の考え方の余地のある暫定的なものだが、上記のように考えて、株価の割高・割安について、リスク・プレミアムが6%あれば「標準」、7%以上あればハッキリ「割安」、逆に5%以下ならハッキリ「割高」というくらいを判断基準とする、というのが、筆者のこれまでのやり方だった。敢えて名付けるなら、「山崎式株価判別法」の基本である。

6月末(日経平均終値1万5162円)のデータでやってみよう。

東証一部のPER(今期予想ベース、加重平均)は15.58倍(「日本経済新聞」7月1日朝刊)なので、益利回りは6.4%だ。経済見通しとして何を使うかはケース・バイ・ケースだが、政府の平成26年度見通しを見ると、実質成長率が+1.4%、物価(GDPデフレーター)上昇率は消費税率引き上げ分を除くと+0.5%となっているので、1.9%を使うことにしよう。今後、デフレから脱却していて、プラスの成長率が続くとするなら、そう無理な成長率でもあるまい。そして、この日の長期金利は0.565%だった。数字を丸めて、0.6%として計算してみる。

推定リスク・プレミアムは、6.4%+1.9%−0.6%=7.7%、と計算できる。

これまでの判断方法だと、「目下の株価は割安である」ということになるのだが、果たしてこれでいいのだろうか。

年金財政検証を参考にすると…

長期の経済見通しなどというものは全くアテにならない、というのが、心と知識のある投資家にとっては常識中の常識だ。シンクタンク等が話題作りのために長期経済予測の本などを出すことがあるが、10年先、20年先といった長期の経済見通しを大真面目で発表するエコノミストはまずいない(いても、相手にされないだろうが)。

しかし、先日、長期の経済見通しをかなり細かな数字で発表している資料が目に入ってきた。その資料は、平成26年6月3日に行われた社会保障審議会年金部会に提出された「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し —平成26年度財政検証結果−」(厚生労働省作成)である(厚労省のホームページにPDFファイルがアップされている)。

これは、いわゆる公的年金の財政検証の計算結果をまとめたものだ。計算の目的上、向こう数十年の経済状況を大真面目に(不真面目でも困るのだが)想定している。政府の想定する、長期経済像を株価的に解釈すると、どうなるのだろうか。

この財政検証は、将来の経済状況を、「生産効率の改善度合い(TFP:全要素生産性の上昇率)」、「労働市場への(女性・高齢者の)参加の進捗状態」によって8つのケースに分類して示した、複雑で、分かりにくいものだ。そして、たぶん、分かりにくくして批判の的を絞らせないために、複数のシナリオを載せたのだろう。

思い切って筆者の判断を述べると、ケースA〜Eは将来の経済状況に対して過度に楽観的だが、ケースEが、政府が年金財政及び年金積立金の運用計画を考える際の前提としたがっている「建前」のケースだ。

幾らか現実的と思われるのが、現状並みの生産性改善率で、労働市場の状況も大きく変わらないケースGであり、個人などが将来を計画する参考にすべき慎重な想定は、生産性改善率がやや下がるケースHだろう。

過度に楽観的でも悲観的でもなく割合に現実的だと思われるケースGを見てみよう。

移行期を経た向こう10年よりの先の長期見通しを見ると、生産性の改善率は年率0.7%もあるのだが、日本の労働人口の減少ペースがこれを上回り、実質GDP成長率はマイナス0.2%で、物価上昇率はプラス0.9%となっている。また、物価を調整した年金積立金の実質運用利回りは2.2%とある。この運用利回りは、株式投資等で長期金利に0.4%のリターンを付け加える前提で計算されているので、この経済シナリオが想定する実質長期金利は1.8%ということになる(名目では3.0%だ。この状況に向かって、長期国債はかなり値下がりするらしい…)。

冒頭に掲げた、図1の式を見て頂くと分かるが、リスク・プレミアムは益利回りに「成長率」を加え「金利」を引くと推定できる。ここで、成長率にも金利にも物価上昇率は共通に入っているので、この計算は、「実質成長率」と「実質長期金利」でやっても同じになることが分かる。

先の計算に、長期の成長率としてマイナス0.2%を、長期の金利として1.8%を代入して、6月末の株価に対するリスク・プレミアムを計算してみると、益利回りが6.4%だったので、6.4%−0.2%−1.8%=4.4%となって、これまでと同じ基準で判断すると、今度は「現在の株価水準は割高だ」という結論になってしまう。

数字をどう解釈するか?

株式投資に対するリスク・プレミアムが7.7%なのと4.4%なのとでは、さすがに誰にとっても「大違い!」だろう。これらの数字をどう解釈すべきか。

はじめに、元々使っていた方法を弁護しよう。これは、現在の長期金利に対して、現在の株式益利回りと成長率予想が、(株式のリスクを考えた上でも)有利か否かを判断する方法なので、現実の長期金利が0.6%に低迷している以上、現時点で少なくとも「株式よりも、長期債が有利だ」とはいえない。

しかし、次のような心配もある。

現在の長期債市場は、日銀の金融政策によって人為的に利回りが抑えられている。これが遠からず「自然な利回り」に戻ると予想されるのだとすると、将来の株価形成も「自然な長期金利」をベースに行われるとの予想することができる。ならば、現時点の価値判断で株価を割安だと信じて、一見フェアバリューに見えるところまで買い上げることには慎重にならざるを得ない。

成長率についても、判断は悩ましい。市場はその時の「勢い」に影響される面があるが、長期的に見た場合、生産性が急に伸びないことは経験的にもいえるし、何よりも労働力人口減少の影響は相当程度、確実だ。

成長率に関しては、直近の見通しに、長期的な低成長の見通しをブレンドして推測するのが、現実的な道なのかもしれない。

2014年度の公的年金の財政検証は、長期的な運用利回りを高く想定する(ケースEで名目4.2%)ことで、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が運用計画を見直してリスク資産への投資を促し、一時的な株価上昇を後押しするものであるのかも知れない。しかし他方、適正な株価水準に対する情報提供として読むと、「今後の株価の上昇し過ぎには警戒せよ」と言っている面もある。

これから「GPIF相場」があるのかないのかは定かではないが、公的年金の株式買い増しを期待した一時的な市場の思惑買いで株価が上昇する局面があれば、株価の高低をあらためて判断した上で、株式投資のポジションを少し落とすことも考えるべきなのかも知れないと考えさせられた今回の公的年金の財政検証だった。

尚、個人は、公的年金の将来像に関して、今回の検証のケースH程度の事態(所得代替率は現役男子勤労者の35%程度)、あるいはそれがもう少し前倒しで実現する事態を想定して、将来に備えて置くのがいいだろう。