ようやくの確定拠出年金法改正成立、その影響は?

5月24日の衆議院本会議で、確定拠出年金法の改正案が成立しました。前の国会で衆議院は成立したが参議院で未成立の状態だったものを、今国会では早々に参議院で可決後、衆議院に差し戻し、衆議院が再可決したという形です。

今回の改正法は、確定拠出年金の仕組みを抜本的に見直す要素が含まれています。ユニークなのは行動ファイナンス的視点にもとづく改正や金融機関の怠慢を許さない改正を加えてきているところです。2001年に成立、施行された確定拠出年金制度が15年目にして大きく「てこ入れ」されたといえるでしょう。

今回は、個人投資家の目線から、NISAや他制度との比較も含めて、今回の改正の影響をまとめてみたいと思います。

個人型DCの加入対象者は選択肢が多く、動きがいがある改正

今回もっともメリットがあるのは、「今まで確定拠出年金を利用できなかったが、今回は利用できるようになる」人たちでしょう。推計でも2500万人が対象になりますので大きな規制緩和です。

まず、「企業年金がある会社員(企業型の確定拠出年金はない)」であった約1000万人が利用可能になります。これにより会社員は誰でも確定拠出年金を利用できるということになります。特に厚生年金基金の給付水準が低いのに「企業年金あり」として確定拠出年金加入を認められていなかった中小企業の会社員には朗報でしょう。月額1.2万円と枠は小さいものの、満額を利用したいところです。

次に「公務員」です。公務員は昨年秋の公的年金一元化に合わせ、退職給付制度の改革が行われ、人事院モデルでは400万円の水準引き下げが行われています。民間の相場が下がっているから役人も下げる、というともっともらしい理屈ですが、この理屈だと景気がいいときに定年になった人は得をし、景気が悪いときに定年になると損をするということになります。

本来ならば、働いていた全期間の貢献度合いを退職金水準に換算すべきであり、それは退職時の景気と無関係だと私は思いますが、とにかく下げられることになりました。

毎月1.2万円の枠ながら、22歳から60歳まで積み上げることができれば、十分にこの引き下げ分を補えます。基本的に公務員は加入し上限を積むべきです。

最後は「専業主婦」です。月額2.3万円という比較的大きな枠が与えられます。これは結婚退職→専業主婦→再就職といったライフスタイルの変動に際して確定拠出年金の資産は60歳まで堅持するための規制緩和です。

国民年金の第3号被保険者は仮に仕事をしていても課税所得に達していないため、掛金拠出段階での税制メリットはありません(たとえば夫が自分の所得から掛金を出し、自分の年収に税制優遇をつけることはできない)。

しかし、運用益非課税のメリットはありますし、「主婦にも自分名義の退職金」ができる意義は大きくあります。2.3万円の上限といかなくてもできるだけ利用したいところです。

今まで利用が許されなかった人たちは、今回「掛金が非課税(所得控除)」「運用の譲渡益が非課税」「受取時も優遇税制」という最強の税制優遇プランを利用できるようになります。使わない手はありません。

個人型確定拠出年金への金融機関各社の対応が楽しみ

ところで、「ポストNISA」となる新たな提案商品を模索していた金融機関にとって、今回の規制緩和による確定拠出年金のマーケットが拡大を好機と捉える傾向があるようです。

個人型確定拠出年金は、事務コストを徴収することが特徴ですが、「事務コストは低いが投資コストは高め」「事務コストは高いが投資コストは低め」といった戦略が一般的でした(そこに「事務コストも高いし、投資コストも高い」というやる気なし陣営が加わっていた。これはもちろん対象外である)。

以前から個人型確定拠出年金に算入していたSBI証券は低コストのインデックスファンドを大量に追加して攻めの姿勢を見せてきました。いわば「事務コストも投資コストも低コスト」というビジネスモデルを提示してきたわけです。

加入者範囲が拡大するのは2017年1月からです。つまり来年1月に合わせて、各社が個人型確定拠出年金に新規参入するプランを提示してきたり、過去のラインナップを刷新してくるものと思われます。

ここから年末にかけては、そうした各社の取り組みをチェックする楽しみができそうです。すでに個人型確定拠出年金に加入していた人にとっても、見直しのチャンスになるかもしれません。

NISAとの比較で、確定拠出年金の利用の妙味はどこにあるか

さて、NISAと確定拠出年金の違いを理解すると、自ずと確定拠出年金の利用戦略が見えてきます。簡単な比較図をつけていますので参考にしてください(財形年金も比較対象として加えています)。

確定拠出年金の魅力、NISAの特徴

NISAと比較した確定拠出年金の特徴を踏まえた投資戦略は以下のとおりです。

  • 年間積立額は小さい(月額1.2~6.8万円)うえ気づいた時期から60歳までの期間しか積み立てられないので、早く加入して長く積み立てる期間を確保することが効果的
  • 中途解約はできず、60歳以降の受取を前提とするため、無理のない資金計画のもと積み立てる必要がある(言い換えれば、60歳まで確実に資産が保全される枠組みとして活用する)
  • NISAのように投資した5年目の年末まで、というような投資期限はないので超長期投資を前提とする
  • 累積積立の上限がないので1000万円以上になっても非課税のまま投資できることを活かす
  • NISAにはない所得控除の税制優遇は、いわば「自分の老後のための積立が自分の所得税・住民税の軽減」という仕組みであり、可能な限り活かす(受取時に課税されても現役時代より税率が低いので得)
  • 何度売買を繰り返しても譲渡益非課税は繰り返し得られるため、リバランスなどの売買を行いつつ投資を継続させていく(無理な売買はもちろん不要)
  • 個別株式は基本的に選択肢にないため、投資信託をベースに、マーケットの平均的パフォーマンスを確保していくような投資方針とする
  • 定期預金等の安全性資産が商品に含まれているため、一部資金を定期預金に移し、また投資に回すようなリバランス戦略も取れる(すべてを投資信託に回してももちろんよい)

機会があればそれぞれじっくり解説してみたいところですが、ここまであげた8つのキーワードを考慮しただけでも、確定拠出年金は戦略的に使える資産形成ツールだということが分かります。

また、確定拠出年金のみで完結させるのではなく、NISAやその他の資産形成と併用することでさらに効率的になることも分かると思います。

2017年以降は、個人の投資戦略は商品の選択だけでなく、アカウント(口座)の選択の重みが増していくことになります。

老後の余裕を自分でデザインする時代にしっかり対応していこう

今回の法改正の背景にある国のメッセージはシンプルなものです。つまり「公的年金水準の抑制は避けられず(まさに現在実行中である)、その代替としての自助努力については全国民を対象に税制上の支援を講じる」ということです。

今回の法改正のポイントを個人投資家の目線でまとめてみましたが、意識がある個人投資家ほど、確定拠出年金制度の活用が自分の老後の豊かさを高めることになるでしょう。

1月に拙著「誰でもできる確定拠出年金投資術」を発刊しましたが、法案成立を受け、確定拠出年金の資産運用に関する書籍がいくつか発売されます(山崎元さんも出版します)。

どこの金融機関で個人型確定拠出年金を選ぶべきかという最新情報はネットやマネー雑誌で特集されることになるでしょう。

2017年1月までのあいだ、情報収集をして準備をしていってください。

 

……ところで、本コラムの冒頭で指摘した行動ファイナンスの成果やパターナリズムのアプローチについては今回語りきれませんでした。今回の法改正の「裏テーマ」として興味深いところです。このテーマについては次回のお題としたいと思います。