なんとなく資産配分を決めてしまいがちな私たち個人にとって、効率性を追求した資産配分の好例となるのは企業年金や公的年金です。公的年金は130兆円近い資産を、企業年金は85兆円近い資産を有しており、期待リターンの向上とリスクの低減のせめぎ合いの中、最適な資産配分を模索し続けています。運用計画立案のためにコンサルティングを使い何百万円もの予算をかけることも珍しくありません。

個人にとっては、こうした資産のポートフォリオを参考にすることで、高いコストをかけずに分散投資の効率性を高めることができます。

しかし、最近では年金のポートフォリオを鵜呑みにする危うさも出てきています。「なんとなく」から脱出するために参考とした年金ポートフォリオの見方を改めて考えてみます。

GPIFは株を買い増す方向へ

日本最大の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人の略)は厚生年金等の資産運用を行う世界最大級の機関投資家です(世の中にはカルパースなどのほうが機関投資家として有名だが、資産規模は30兆円程度である)。

GPIFは基本ポートフォリオとして下記の資産配分を設定しています。右は2013年度末の資産配分です。

  基本ポートフォリオ 2013年度末資産配分
国内債券 60% 55.43%
国内株式 12% 16.47%
外国債券 11% 11.06%
外国株式 12% 15.59%
短期資産 5% 1.46%

株高の影響を受け、国内株式のウエートが上昇、相対的に国内債券の保有比率が下がっていることが分かります。基本ポートフォリオは目標としつつも、一定の乖離許容幅を設け、効率的な利益確定のタイミングを狙う余地を残しつつ、リスクが過剰とならないようにしています。

しかし、昨今の報道では、主に政治的立場からGPIFの株式保有比率の向上が企図され、GPIFのポートフォリオ見直しが行われるとされています。

日経新聞の報道によれば、8月5日に運用委員会が開催され、日本株式の保有割合の上限はプラス6%の18%としていたが上限を外すことにしたとされます。これは9月に基本ポートフォリオを見直すための暫定的措置であり、9月以降は日本株の保有比率は20%以上、国内債券の保有比率は40%台に引き下げるための布石と報じられています。

ここしばらくの「GPIF株保有比率向上」のニュースを単純に読めば少なくとも5兆円は株の買い増しに動く可能性があります。しかし、どのような運用計画にもとづき株式保有比率を高めるのか、説明が欲しいところです。期待リターンは向上するでしょうが、単にリスクを高めて得た結果というだけでは、政治的圧力による方針決定のそしりを免れません。

今後の公的年金の資産配分をまねるにあたっては、自身の取りたいリスクと期待リターンのバランスに合っているか確認をしたいところです。

企業年金は株を手放すという逆の現象

公的年金運用が日本株の投資比率を引き上げるとされる一方、民間の企業年金においてはまったく逆の現象が見られています。つまり、日本株の保有割合の低下です。

企業年金連合会の調査によれば、2005年度には30.81%であった国内株式への投資比率は2013年度には14.90%まで低下しています。確定給付企業年金だけ取り上げると12.32%とさらに低下します。約10年で半分に低下しています。

  2013年度末資産配分 (確定給付企業年金のみ)
国内債券 27.60% 29.25%
一般勘定 13.47% 16.47%
国内株式 14.90% 12.32%
外国債券 12.96% 13.63%
外国株式 16.76% 15.37%
短期資産 4.92% 3.90%
ヘッジファンド 4.86% 4.43%
その他 4.52% 4.63%

(一般勘定とは生保が提供する元本保証型の商品。定期預金のようなイメージだが利回りはそれより高い。その他は不動産やプライベートエクイティ等)

特にこの1年の動きをみると、GPIFと対照的です。すでにGPIFの日本株式保有比率を下回っているだけでなく、2014年3月末の運用資産に占める国内株式の保有比率は前年度末と比べて0.9%下がっているからです。株価上昇を続ける足下での保有比率低下が起きているということは、まさに日本株の売却が増えていることを示します。

理由のひとつは、企業年金サイドの運用方針における期待リターン引き下げ傾向です。1990年代には標準であった期待リターン(予定利率)は5.5%でしたが、2000年代に入り高利回りを安定的に確保することは困難となったことで、期待リターンを引き下げた運用計画が主流となりました。国際会計基準に則った退職給付会計が足下の低金利情勢を勘案した割引率設定を求めたため、これとの乖離が企業の会計上の積立不足になることも理由のひとつです。

特に確定給付企業年金(企業が単独で実施することが多い)については2.7%程度の予定利率が平均であり、高いリターンに期待するより、安定的なポートフォリオとし大きな下落を回避する投資方針が増えています。

厚生年金基金については公的年金に準じるかやや積極的な資産配分のことが多いのですが、今後減少していくことがほぼ確実です。これからの企業年金全体のポートフォリオはより保守的なものが標準的になっていくでしょう。

年金の資産配分を個人が参考にする方法

以前であれば「保守的な投資方針ならGPIFのポートフォリオを参考に、積極的な投資方針なら企業年金のポートフォリオ(ないし企業年金連合会の)を参考にアレンジしてみる」とアドバイスできたのですが、どうやらそう簡単にはいかなくなってきたようです。

今後公的年金の債券保有比率が45%を切ってきた場合、公的年金と確定給付企業年金のリスク資産保有割合はほぼ並びます。ここから2つのスタンスが考えられると思います。

1つは、あなたの年金受給権の一部について国の運用スタンスがリスクを高めているという事実です。今回の意思決定プロセスは正規の手順を踏んでいますが、政治政策的に行われている実態が気になります。これを気にする場合、手元資産の安全性を高めていく選択が考えられます。ただし、公的年金運用の失敗が給付削減に直結しない可能性は高く(おそらく保険料を引き上げる)、手元の運用体制は維持する選択もあり得ます。このあたりは自分の投資スタンスを問い直してみるといいでしょう。

もう1つは、分散投資の再考です。今回日本株式の保有ウエートばかり議論していますが、約3割を外株・外債に投資するスタンスはGPIFも企業年金も同様ですし、企業年金ではヘッジファンドや不動産投資に約10%を投じている点ではGPIFよりリスクを取っている側面もあります(9月以降GPIFも踏み込む可能性はある)。下振れのリスクを抑えるために多面的な投資戦略を採るアプローチは個人投資においても参考にしたほうがいいと思います。5%や10%刻みで今まで保有していないアセットクラスの組み入れを検討してみてはどうでしょうか。

もちろん、短期的にはGPIFが投資比率を高める(市場から株式を買い入れる)前に日本株を買い売り抜ける方法もあります。ただし、すでに報道されている以上、他の大多数がそれを実行済みなのが今の株価とも考えられますので、短期的投資方針については慎重にふるまうほうが賢明でしょう。

国内株式の保有比率を高めるGPIF

国内株式の保有比率が下がる企業年金