• 金融緩和は、原油価格にとって上昇要因にも下落要因にもなりえる
  • 短期的には、手詰まり感と景気回復への期待が入り混じり売り買い拮抗
  • 中期的には、ドル高・供給圧力上昇も、需要拡大を背景に価格上昇
  • 長期的には、金融引締めムードが弱材料に。複数の国で同時に起きれば下落幅は拡大

金融緩和は、原油価格にとって上昇要因にも下落要因にもなりえる

中国の相次ぐ利下げ、欧州の追加緩和の示唆、可能性が示唆される日銀の追加緩和、そしてこうした世界の金融緩和ムードの高まりに、米国の利上げ路線への温度感の弱含みがさらなる拍車をかけ、今後の各国の金融政策への動向に大きな関心が集まっている。

リーマンショック後、米国の中央銀行(FRB : Federal reserve Board)によっておよそ2009年前半からはじまった米国の金融緩和第1弾(QE1 QE : Quantitative easing)、その後の第2弾、第3弾を背景に、NYダウをはじめとした株価指数の上昇や失業率の下落が示すとおり景気は回復基調となった。

日本でも追加緩和を望む声が根強い理由の一つは、金融緩和がこのような景気の指標となる「数字」の好転へのきっかけとなる可能性があるからである。日本だけでなく中国でも欧州でも、景気回復への「テコ」とも言える金融緩和へ期待が寄せられるのは、それだけ景気回復への手段が少ないためだとも言えよう。

失業率の回復などの景気動向に遅行する経済指標に見られるとおり、金融緩和によってテコ入れが行われたとしても、肌感覚で景気が好転してきていることを感じることができるまでには時差がある。(リーマンショック後の米国の金融緩和の始まりと米国の失業率の好転の始まりには約1年の時差が見られた)

上記は失業率の例だが、本レポートでは、景気動向に密接に関係する金融緩和と、その金融緩和の動向の変化によって原油価格がどのように影響を受けるかについてを、短期・中期・長期の3つの期間に分けて触れてみたいと考えている。

原油は、世界の末端までいきわたる、人類共通のエネルギー源および素材であるがゆえに、その価格動向が与える影響範囲は非常に大きい。

世界の隅々までにいきわたっているということは、原油価格は金融緩和を含む世界で起きているさまざまな事象を織り込んでいるということでもある。

原油価格の動向を考える上で、この金融緩和という大きな事象が上昇要因にも下落要因にもなり得ることに留意したい。

図1:金融緩和ムードを頂点とした原油価格変動要因ピラミッド

出所:筆者作成

短期的には、手詰まり感と景気回復への期待が入り混じり売り買い拮抗

手詰まり感と景気回復への期待が入り混じる「強弱のムード」で売り買い拮抗

米国における金融緩和が株価の上昇など景気動向を示す指標を好転させ、景気回復ムードを作るきっかけとなったことは、おそらくは多くの市場参加者において「金融緩和=景気回復」として強い記憶として根付いていることと思われる。

足元、特に中国・欧州・日本においては、景気回復に向けたさらなる緩和策実施への期待が高まり、その期待の高まりが、投資家のマインドを高揚させる要因にもなろう。(リスクオンモードの醸成)

一方で、米国を除く中国・欧州・日本の緩和を期待するムードの高まりは、これらの国・地域の通貨のドルに対する割安感を高めることとなり、その結果、金融引き締めに最も近い(緩和に最も遠い)米国の通貨「ドル」において、他通貨に比べて割高感が出ることとなろう。それは引いてはドル建てコモディティ(商品)の割高感を誘うこととなり、原油にとっても弱材料となり得る。

米国については、金融政策の動向の方向性が定まらないことが、金利の引上げ(金融引き締め)への意識を遠のかせる要因として作用している面もある。(利上げそのものはドルでの投資が行われている国からの資金引き揚げや米国における個人・企業の資金繰り悪化、および同国の輸出産業への打撃が予想され、これらの意味ではマーケットにとって弱材料)

ただ、このような方向性が定まらない期間が長ければ長いほど、マーケットは米国の利上げという材料を消化するための時間的猶予を獲得していると言え、金融政策の方向性が定まらない期間の長期化により利上げというある意味弱材料が消化され、仮に実際に利上げに踏み切ったとしても、利上げによるマイナス作用は限定的となると考えることもできよう。

中期的には、ドル高・供給圧力上昇も、需要拡大を背景に価格上昇か

短期的な面での金融緩和をめぐる動向により売り買いが拮抗した時期を経ると、今度は、2009年から2013年ごろまで米国で見られたような、金融緩和を背景とした株高、失業率の低下等、実態経済への好影響が見られ始めることが想定される。

中国・欧州・日本、それぞれ、各国の原油消費量は世界屈指であるため、実体経済の向上は、原油価格にとってはプラス材料といえる。

一方、中国・欧州・日本で金融緩和が進めば、相対的にドル高(ドル建て商品(コモディティ)にとって弱材料)が進むこと、そしてそのドル高が資源国通貨安の要因となり資源国からの供給圧力が強まることが考えられる。

このステージでは、ドル高の進み具合や供給圧力がどれだけ強まるかなどの弱材料が強材料をどれだけ相殺するかがポイントとなろうが、資源国からの供給圧力が増加するためにはある程度、原油価格が高い水準であること必要がある。

このため、仮に供給圧力が強まったとしても、より高値で原油を販売したい産油国の思惑が働くため、下げ幅は限定的になるものと思われる。

長期的には、金融引締めムードが弱材料に、複数の国で同時に起きれば不安はさらに拡大

金融緩和を背景とした需要拡大期を経ると、2014年10月の米国の金融緩和(QE3)終了後、現在まで議論が続いているとおり、引締めムードが始まる。

金融緩和を実施する理由は、金融緩和を機に景気回復のきっかけをつかみ、そのきっかけを元に景気を好転させ、金融緩和を行わなくても経済が成長できる土台を作ることであり、この土台ができたことが金融緩和終焉のサインとなる。

しかし、そのサインの見誤りやその国とつながりが深い国々の経済情勢に不安を抱えている場合は、金融緩和の終焉は、これまで享受してきた金融緩和のメリットが得られなくなり、現状を維持できなくなる不安が急速に拡大するため、マーケットにとって大きな弱材料となる。

2012年10月の、当時のFRB議長が実施していた金融緩和を終了させるとアナウンスした後、不安が急速に拡大し、さまざまなマーケットで大幅に下落する現象が見られた(バーナンキショック)ことは記憶に新しい。

また、金融緩和と一口に言ってもその手法はこれまで各国で行われてきた、国債の買い取り、金利の引き下げ、短期債売り・長期債買い(ツイストオペ)、住宅ローン担保証券などの証券の買い取りなど、多岐にわたる。

この点より想像できることは、金融緩和という“刺激策”の手法が多岐にわたる故、その刺激策の副作用も多岐にわたることとなり、金融緩和終焉時期はその後のさまざまな副作用への対応が生じ、この対応がマーケット参加者の不安を掻き立てる要因になることも考えられよう。

金融緩和は1国のみならず、複数の国・地域で実施され、そのステージも緩和のスタート・継続・追加あるいは終焉、などさまざまであるが、足元、中国・欧州・日本がこぞって緩和ムードを高めている折、金融緩和という大きなテーマが原油価格に与えるステージ別の影響をイメージしておくことは有用なのではないだろうか。