前々回のコラムで日米欧中央銀行の出口戦略について、これまでの政策と今後の方向性について触れましたが、6月の政策委員会では欧米中央銀行は予想よりも早く一歩前進しました。一方で物価の見通しについては慎重姿勢の予測をしています。通常は物価が上昇しなければ金融引締めを進めることが出来ないにもかかわらず、物価の見方は慎重姿勢のままで出口戦略を一歩進めるというちぐはぐさに、今後の相場シナリオを考える上で参考になる点がありそうです。言い換えれば、中央銀行の戦略・思惑とマーケットの期待がずれてくればくるほど、相場を動かすエネルギーになることが多いため、このずれを探りながらシナリオを想定していくという方法です。

まず、日銀の出口戦略ですが、日銀は、いまだ出口の入り口にも立っていない状況です。6月

15-16日の金融政策決定会合でもそのことが示されました。黒田総裁は16日の金融政策決定会合後の記者会見で、「現時点で具体的な出口の手法を示すのは適当ではない」と発言し、出口シナリオの早期開示についても「(後の変更で)かえって市場混乱を招く恐れがある」と慎重姿勢を示しています。「FRBはかなり前に、バランスシート調整(資産縮小)後、利上げを行うという出口戦略を示していたが、現在実施している出口戦略はその逆の順番だ」と、FRBの二の舞にならないようにと非常に慎重ですが、それよりも物価環境が米国とはかなり違っていることが、いまだ出口シナリオを示せない背景と思われます。黒田総裁は、「2%の物価目標の達成は道半ばの状況だ」と達成に時間がかかることを認めています。日銀の金融政策が緩和継続で変わらないとすれば、ドル円を動かす要因としては、やはり米国の金融政策に注目する必要があります。

欧米中央銀行の出口戦略のステージと政策実施時期を復習すると下表の通りとなります。

出口戦略ステージ 出口戦略の政策 FRB実施時期 ECB実施時期
第1ステージ 量的緩和縮小 2014年 1月 2017年 4月
第2ステージ 量的緩和終了 2014年10月  
第3ステージ 利上げ開始 2015年12月  
第4ステージ 保有資産圧縮 (2017年秋)  

ECBは今年の4月に量的緩和縮小を開始し、ドイツなどの強い抵抗もあって出口戦略の次のステージに進むのではないかとの見方がありました。しかし、6月8日の理事会では、政策金利の先行きを従来の「現状かそれ以下の水準」から「当面の間、現状水準にとどまる」と変更し、追加緩和姿勢から中立姿勢に表現を改めましたが、次の一手を示唆するようなメッセージは送っていません。また、ECBスタッフの経済見通しでは3月時点よりも成長率を上方修正していますが、物価見通しは2017年(1.5%)、18年、19年とも下方修正しており、ドラギ総裁は「物価の基調は引き続き弱い」というこれまでと同じ認識を示しています。そして必要があれば資産買い入れの増額なども検討するという立場を改めて強調しています。政策金利はこれ以上下げないが、資産買い入れなどの量的緩和は物価次第では増減するというやや中途半端なスタンスです。半歩進んだかもしれませんが、出口の次の一歩は、物価次第ではまだ先のことになるかもしれません。ユーロに対しては、今後、次の一歩の思惑からユーロ高に反応する時があるかもしれませんが、強いユーロ高要因とはなり得ないかもしれません。また、物価が伸び悩めば一歩の思惑が後退し、ユーロ安というシナリオが想定されます。

米国FRBは、3年半前の2014年1月に量的緩和縮小段階(第1ステージ)に入り、2年半前に量的緩和を終了し(この時点まで増加していたFRBの資産4.5兆ドルはその後横ばいに)、1年半前にゼロ金利を解除し利上げ局面に入りました。そして次のステージ(第4ステージ)は、膨れ上がった資産の圧縮ということになります。市場の見方は6月のFOMC開催前までは、この議論が活発になり、9月、もしくは12月に具体的な資産圧縮計画が示されるという見方が大勢でした。ところが、6月13-14日のFOMCで資産圧縮の基本計画を公表し、年内に保有資産の縮小を開始すると公表しました。また、FOMC後の記者会見でイエレン議長は、「経済情勢が想定通りなら、比較的早く実行するだろう」と、市場が想定する年末よりも前、秋にも開始する可能性を示唆しました。しかも、政策金利の引き上げペースを2018年も2017年と同様に年3回のペースを維持しました。保有資産を縮小すれば利上げペースは鈍化するだろうとの見方が多かっただけに、FRBのタカ派姿勢にマーケットは驚いたようです。ドル円は、この強気姿勢に反応しドル高となりましたが、しかし、その後は売られました。なぜなら、経済見通しとして公表したコアPCEインフレ率を3月時点の1.9%予測から1.7%に下方修正したからです。FRBの目標とする2%から遠ざかる予測です。この下方修正にマーケットは反応し、結局ドル安で引けています。しかし、イエレン議長は最近の物価停滞は「特殊要因であり、過剰反応しないのが重要だ」と強気の姿勢です。

今回のFOMCの結果とイエレン議長の記者会見を考慮すると、今後のシナリオとしては9月に利上げか資産縮小開始、もしくは両方実施のシナリオを描く必要があります。但し、「経済情勢が想定通りなら」というイエレン議長の発言が前提となります。また、付け加えるならば、物価停滞は一時的要因ということが前提となります。すなわち、物価停滞が一時的ではなく、今後数カ月停滞が続くのであれば、利上げペースも、資産圧縮計画も後退することになります。これはドル安要因となります。今後は物価指標のみならず、物価に影響を与える要因にも注目しておく必要があります。賃金の伸び率や原油価格です。失業率が下がり、労働市場がタイトになっても賃金の伸びが鈍い状況では、物価は原油価格の影響に左右されやすくなるかもしれません。原油が下がれば、物価が下がると連想され、FRBのタカ派色を払拭する要因ですから、マーケットは大きく反応するかもしれません。今後は特に原油動向に注目しておく必要があります。出口戦略を一歩進めたが、それは物価次第であり、特に原油価格次第という単純図式だけで相場が動くわけではないですが、わかりやすいシナリオです。

参考までにFEBが公表した資産圧縮計画は以下の通りです。

  • 保有資産(債券)は市場で売却するのではなく、満期を迎えた債券への再投資を減らして資産を縮小。
  • 圧縮規模は米国債が月60億ドル(約6,600億円)、住宅ローン担保証券〈MBS〉など月40億ドル(約4,400億円)を上限として開始し、3カ月毎に上限を引き上げて1年後には米国債が月300億ドル、MBSなどは月200億ドルとする。
  • 現在の保有資産4.5兆ドルは、2008年の金融危機前の1兆ドルを下回っていた水準に戻すのではなく、金融システムなどを見極めながら多めの資産規模を保つ

(ちなみに1年間での縮小額は下表の通りとなります。米国債1,800億ドル+MBS1,200億ドル=3,000億ドル〈約33兆円〉は保有資産4.5兆ドルの6.7%であり、大きな影響を与える金額ではなさそうです。)

  米国債 MBSなど
3ヵ月 60億ドル 40億ドル
60 40
60 40
3ヵ月 120億ドル 80億ドル
120 80
120 80
3ヵ月 180億ドル 120億ドル
180 120
180 120
3ヵ月 240億ドル 160億ドル
240 160
240 160
1年後 300億ドル 200億ドル
1年間での縮小額 1,800億ドル 1,200億ドル