前回のコラムで、5月のfomcの議事要旨では、frbが2008年のリーマンショック後の量的緩和で積み上げた約4.5兆ドル(約500兆円)の資産について、ほぼ全てのfomc参加者が「年内に資産縮小を始めるのが適切」としていたことがわかったというお話をしました。いわゆる出口戦略の第4ステージ(保有資産圧縮)の具体的な議論が始まったようです。

日米欧中央銀行の金融政策において、米国frbは利上げ段階だけでなく、保有資産圧縮という出口戦略においても一歩先んじる可能性が高まってきました。6月のfomcでより具体的な議論が進み、fomc後の記者会見でイエレン議長が具体的な出口戦略に言及すれば、マーケットは反応します。長期金利は上昇し、ドル高に反応する可能性が出てきます。政策金利の利上げだけでは、長期金利への継続的な上昇圧力にはなりにくかったのですが、保有資産の圧縮は長期金利に影響を与え続ける可能性があります。

出口戦略とはいかなる戦略でしょうか。

2008年のリーマンショック後の景気低迷を脱出するため、日米欧の中央銀行は緊急避難的な金融緩和政策を行ってきました。出口戦略とは、景気の回復とともに、経済に対する悪影響を抑えつつ通常の金融政策へと正常化にするプロセスのことを言います。国債を大量に購入し市場にお金を供給する「量的金融緩和」や、ゼロ金利やマイナス金利をやめることを想定しています。ただ、急に政策を変更すると、国債価格が急落し、長期金利が急上昇する恐れがあるため、これら市場のショックを和らげるために、中央銀行は「出口」に向かう道筋を事前に示し、また、段階的な変更など細心の注意を払って政策変更を行っていきます。

例えば、米国では2008年のリーマンショックの後、frbが米国債や住宅ローン担保証券などを買い入れて金融市場への資金供給量を増加させる量的緩和策を3回にわたって実施しました。そして米景気回復にともない、この量的緩和の縮小を決定しましたが、市場にショックを与えないように段階的に資産購入額を縮小させました。「テーパリング(tapering)」と言われる手法です。テーパリングとは、徐々に先細りすることを意味します。2014年1月から資産の買い入れ額を徐々に減らし、市場の混乱や金利の急上昇を避けることに苦心しながら、2014年10月には量的緩和を終了しました。

ecbでは、2015年3月に導入した量的金融緩和の規模を2017年4月から縮小することを決めました。金融政策の軸足を「追加緩和」から「縮小」に移しましたが、市場への影響にも目配りして毎月の購入額を一気に減らすことは避け、毎月の購入額は800億ユーロから600億ユーロに減らすこととしました。一方で、緩和の終了時期は9カ月延ばし「2017年12月末」としました。購入額は減らすが、同時に緩和期間を延長するという合わせ技によって量的緩和縮小のスピードは非常に緩やかなペースになるというメッセージをマー金融市場に発信しました。

以下の表は、日米欧中央銀行の金融緩和からの出口に向かうプロセスをまとめたものです。

日米欧中央銀行の金融緩和からの出口戦略(太黒字が出口戦略)

  日銀 FRB ECB
2013 4月 量的・質的緩和の導入    
2014   1月 量的緩和を縮小
10月 量的緩和の終了
6月 マイナス金利の導入
2015   12月 事実上のゼロ金利政策を解除、利上げ局面に 3月 量的緩和の導入
2016 2月 マイナス金利の導入
9月 政策の柱を国債の「購入量」から「金利」に転換
12月 追加利上げ 3月 マイナス金利の幅を拡大
2017   年2、3回の利上げペース年内にも保有資産を縮小 4月 量的緩和を縮小
出口ステージ(※) いまだ出口は見えない状況 第3ステージから第4ステージに向かう方向 第1ステージ継続か第2ステージに向かうかは慎重姿勢

※ 出口戦略のステージ分類(筆者作成)

出口戦略第1ステージ資産購入額の段階的縮小(テーパリングtapering)
出口戦略第2ステージ量的緩和終了
出口戦略第3ステージ利上げ開始
出口戦略第4ステージ保有資産圧縮

米国frbは、利上げ局面の第3ステージから保有資産圧縮の第4ステージへと入ろうとしています。政策金利(短期金利)の上昇だけでは、上昇の持続力がなかった長期金利は、保有資産の圧縮という局面では反応し易くなってくるため注意が必要です。現在約4.5兆ドル(約500兆円)あるfrbの保有資産の圧縮とは、国債や住宅ローン担保証券を売却して資産を圧縮することではなく(そのようなことをしたら市場は大パニックになります)、満期(償還)が来た債券への再投資をやめることを意味します。資産残高を維持するためには償還が来た債券の同額を購入する(再投資)必要がありますが、償還が来ても同額を購入しなければ資産残高は減っていきます。このようにしてfrbは保有資産を圧縮していきます。しかし、再投資しないということは、債券の買い圧力が減るということを意味しますので、その分だけ長期金利の上昇圧力となります。この上昇圧力を和らげるために、6月以降のfomcではどのような議論がされるのかが注目です。

ecbは、第1ステージから第2ステージに向かうのかが注目点です。ドイツなどは、「大規模な緩和は弊害が多い」とecbを批判していますが、ドラギ総裁は慎重姿勢です。段階的縮小を続けるか緩和期限の延長を行うなどして第1ステージの中に、もうしばらくは留まりそうです。

日銀は、物価上昇率が安定的に2%を上回った場合、量的緩和など一連の緩和策を縮小する方針ですが、出口戦略についてはまだ明確に示していません。物価2%にはまだまだ遠い環境ですので、出口はいまだ見えない状況が続きそうです。

日米欧中央銀行の出口のステージ段階への移行や出口へのプロセスの違いは、長期金利に影響を与え、為替が反応してくるため、これからは中央銀行の出口戦線にも注目しておく必要があります。一方で、各中央銀行は出口戦略による市場のショックを和らげるために細心の注意を払って方策を練ってきます。そうすれば長期金利への影響も鈍くなり、為替への反応も鈍くなることにつながるため、この点にも留意しておく必要があります。マーケットは事前に織り込んで行き、期待したほどには動かないということもあります。