楽天証券経済研究所所属のアナリスト今中能夫による今週1週間の国内株式市場の情報がつまった週刊レポートです。
今後の相場の見通し、決算発表情報、個別銘柄の短期株価見通しなどを分かりやすく解説しています。

マーケットコメント

2013年1月15日の週の株式市場は、高値揉み合いの展開となりました。前週までの円安と金融緩和期待を受け、日経平均は15日ザラ場で10,952.31円をつけ、昨年来高値を更新しました。2011年3月の東日本大震災直前の水準を抜き、2010年4月の水準まで戻りました。ただし、そこからは売り物が増え、日経平均は高値揉み合いの展開となりました。後述するような、安倍政権の経済政策(いわゆるアベノミクス)に対して懐疑的な見方が株式市場にでてきたこと、円安デメリットを意識した閣僚や自民党幹部から、円安を牽制する発言があり、それによってやや円高になったことも、利喰いを誘いました。

しかし、1月18日の日経新聞1面で、日本銀行が21~22日に開催する金融政策決定会合で、追加金融緩和を行うこと、政府と日銀とで共同文書を作成し、その中で2%の物価上昇率目標を採用することを明記すると報じました。日経平均は政府高官の円安懸念発言に反応して、週半ばに一時10,400円台に下げていましたが、この報道を受けて急進し、18日前場で10,800円台に戻しています。

上昇している銘柄も、トヨタ自動車、本田技研工業などの自動車、ソニー、パナソニック、村田製作所などの電機、三菱重工業、小松製作所などの機械、三菱商事、丸紅などの総合商社などの円安メリット関連から、三井住友フィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャルグループ、野村ホールディングスなどの金融、三菱地所、三井不動産などの不動産、大和ハウス工業、積水ハウス、東栄住宅、飯田産業などの住宅などの金融緩和メリット関連まで幅広く物色されています。一方、大手建設株は振るいません。人件費高騰や公共投資の財源問題を懸念したものと思われます。ただし、NIPPO、前田道路などの道路株、コムシスホールディングスなどの電気通信工事関連株は上がっています。工事の重要度を考慮して物色が選別されていると思われます。

今回の特集で指摘するように、いわゆる「アベノミクス」は日本にとってばら色の処方箋ではありません。輸入物価、特に輸入食品や輸入資材価格の上昇に伴って大多数の国民の実質所得が減少し始めています。また、日本の中小企業の多くを占める内需型中小企業の利益減少、大型公共投資が続くことによる国債価格下落懸念(金利上昇懸念)など、行き過ぎると日本経済にとって深刻な問題になりかねない問題も含んでいます。このことを指摘する論者も増え始めています。

ただし、今の株式市場は大型金融緩和に伴う円安、金利低下のプラスの面に引き続き注目した動きをとっています。日本経済の実態を観察すれば株式市場が考えているほど楽観的なものではないことがわかりますが、今の相場には勢いがあるようです。反動に注意する必要はありますが、短期的には依然として流れにつく相場であり、11,000~12,000円のレンジを目指す動きであると思われます。

表1:マーケット指標

グラフ1 日経平均株価:日次

グラフ2 日経平均株価:月次

グラフ3 信用取引評価損益率と日経平均株価

マーケットスケジュール

2013年1月21日の週のマーケットスケジュールを概観します。

日本では、21、22日に日銀の金融政策決定会合が開催されます。24日には12月の貿易統計、25日には、12月19、20日分の日銀金融政策決定会合の議事要旨が公表されます。同日には12月の全国消費者物価指数も公表されます。

アメリカでは、22日に12月の中古住宅販売件数が公表されます。25日には、12月の新築住宅販売件数が公表されます。

なお、アメリカでは21日がキング牧師誕生日のためNY市場が休場です。また、23~25日は旧正月のため上海、深セン市場が休場となります。

今週の注目点は、日本では日銀の金融政策決定会合です。また、消費者物価指数についても、食品価格の上昇度合いが注目されます。アメリカでは、住宅関連指標の動きが注目されます。

 

特集:新年の株価を考える 4

前回に引き続き、安倍政権の経済、財政、金融政策をマクロデータを見比べながら概観し、銘柄選択に結び付けてみたいと思います。

1.楽観シナリオを修正しなければならない

これまで本稿では、安倍政権の一連の政策、大幅金融緩和とそれによる円安政策、大型公共投資による景気刺激策の二本立て政策、いわゆる「アベノミクス」の日本経済に与える影響に対して、楽観的な予測をしてきました。実際に、自動車、電機、機械、総合商社など輸出関連企業、グローバル経営の企業の業績に対して円安は大きな恩恵をもたらすと予想されます。先週の本稿で指摘したように、この円安と株価上昇は次のような経路で景気回復に結びつくと思われます。円安→輸出企業の業績改善→株価上昇→資産効果による投資、消費の増加、あるいは、株価上昇→資産間の相対的な割安感やREIT株上昇→REITの資金調達活発化による不動産価格上昇→担保価値上昇による企業家の事業意欲の盛り上がりや銀行の融資活発化→景気回復、です。もし、株価の上昇が地価上昇に結びつけば、銀行融資と企業の事業意欲の両方が活発になり、景気は回復する可能性がでてきます。

しかし、アベノミクスの副作用も見えてきました。新政権に先立って安倍首相が行った為替市場に対する口先介入や大幅金融緩和の主張によって、円相場は大きく下落しました。円ドル相場は11月14日の1ドル=79円台から1月17日には一時1ドル=90円台に入りました。対ドルで約12%下落しました。この円安が1月に入って輸入物価上昇に結びつき始めています。値上げされている品目は、高級ブランド品から輸入食品まで様々ですが、特に輸入食品の値上がりは、寒波によって野菜の値上がりが激しいだけに、一般の家計に打撃を与え始めています。多くの国民の所得が実質的に減少し始めているのであり、これは上述の資産効果による景気刺激を相当程度打ち消す可能性があります。

グラフ4 円/ドルレート(日足)

2.物価が上がっても、日本では給料は簡単には上がらない

おそらく、日銀が行う更なる金融緩和によって更に円安が進み、各種輸入品が値上がりし、物価上昇率がそう遠くない時期にプラスになると思われます。しかし、給料は簡単には上がらないでしょう。脱デフレのために大幅金融緩和と円安を主張する人たちは、物価上昇率をプラスにすれば、景気回復が実現できると簡単に思っているかもしれません。しかし、物価上昇率をプラスにしても、給与所得者の給料が上がらなければ、大多数の国民の実質所得は減少してしまいます。

ちなみに、経済学の教科書には賃金には下方硬直性があると書かれています。また、アメリカでは物価に応じて給料が上下しやすいようです。しかし、日本で働いている人なら容易に理解できますが、日本では給料は簡単には上がりません。過去10年以上日本の給料は平均すると下がり続けてきました。過去10年間以上の経験で言えるのは、日本の賃金には平均的には上方硬直性があり、下方弾力的であるということです。

日本人がこれでなんとかやってこれたのは、円高で物価が下がったからです。この中でいきなり物価が上がっても、給料を上げないうま味を知り、あるいは給料を上げないことで会社を維持することが出来た日本の企業は簡単には給料を上げないでしょう。そもそも、「平均的」に物価が上がっても、自社の製品価格が上昇するかどうかは製品ごとに異なります。例えば競争相手が多い内需系の製品を作っている中小企業が、納入先の大手企業に輸入原料高を理由に製品値上げを求めても、容易には受け入れてもらえないと思われます。大多数の国民だけでなく、多くの中小企業も輸入原料高による利益減少の可能性に直面しているのです。

かくして、日本経済の足元で起こっているのは、多くの日本国民の実質所得が減少して始めているということです。日本人の中で株式投資をしている人の比率は、はっきりしたデータはありませんが、各種調査から推計すると10~20%程度です。要するに、大多数の国民は株高の恩恵には浴せず、所得が目減りする事態に直面しているのです。

3.円安が行き過ぎると実質GDPがマイナス成長になる可能性も

大多数の国民の所得が実質的に減少するとなれば、これは消費の減少に結びつくと思われます。個人消費は日本のGDPの約60%を占めていますので、実質所得の減少によって個人消費が減少すれば、直ちにGDPの減少に結びつくと思われます。また、個人消費の減少は企業収益や設備投資にもネガティブな影響を与えるでしょう。輸出はGDPの15%でしかありませんから、円安メリットよりも、(給料が上がらないのであれば)、経済全体で見れば円安デメリットのほうが大きくなる可能性があります。

円安が個人消費や原材料高の両面で企業収益にネガティブな影響を与えるとなれば、税収にもマイナスの影響が予想されます。この結果、国債発行高は増え、国債需給は良くない方向に進むかもしれません。また、政府は既に消費税増税だけでなく、富裕層への増税も検討していますが、円安が経済に与える悪影響が一層の増税を予想させることになるかもしれません。これらのことは、日本からの資本逃避を引き起こす可能性もあります。そうなれば、円安が制御不能になる可能性もあるでしょう。

4.円安メリットが大きいグローバル企業が有望か

上述のアベノミクスの負の部分は、大多数の国民の実質所得が減り始めていることを除くと、今後起こりうる可能性を列挙したものです。今後は、これらの可能性が7月の参議院選挙に与える影響も検討する必要があるでしょう。

私は円安が悪いとは全く思っていません。安倍政権の問題はあまりにも急ぎすぎることだと思います。過去5年間続いた円高の中で日本経済は「均衡」してきました。急速な円安でその均衡が崩れ始めています。円安、金融緩和、公共投資の各々の影響を慎重に見極める必要があると思います。

銘柄について考えると、内需系よりも、輸出系、グローバル企業の中で競争力のある企業の投資妙味が大きいと思われます。円高に巻き戻したときも競争力を維持することが出来る企業を選びたいと思いますが、大幅な円安になったときのことも念頭に入れておきたいと思います。特に、トヨタ自動車、本田技研工業、富士重工業、デンソー、アイシン精機、いすゞ自動車、小松製作所、IHI、三菱商事、三井物産、丸紅などに注目しています。このうち自動車などについては、為替感応度と会社予想営業利益を比較した表2を参照してください(昨年12月28日に掲載したものを1ドル=90円、1ユーロ=120円で試算し直したものです)。

内需系企業を選ぶときは、建設であれば大手よりも道路、通信工事などの専門業者、例えば、NIPPOなどに注目したいと思います。不動産は大都市圏の再開発が活発なので、大手中心に金融緩和の恩恵を受けています。

また、内需系でもゲームを除くエンタテインメント系企業、先々週特集した音楽関連のエイベックス・グループ・ホールディングス、アミューズなどは、一般的な景気に左右されにくく、業績も安定しており、株価も割安です。

表2 主要企業の為替感応度