目標の利回りを考えると運用の計画が立てやすい

今回、考えてみたいのは「目標の利回り」を設定する重要性とその注意点です。多くの人は目標の利回りを運用に設定していません。運用の結果は水ものだからと考え、パフォーマンスの程度について設定をしないのが、個人の資産運用の標準的な姿だからです。しかし、こうしたスタイルでは「なんとなく投資」の域を出ることができません。

一方で機関投資家は自らのポートフォリオが期待できる利回りについて説明を求められることから、必ず数値化を試みます(実際にはその通りにならないとしても)。前回のコラムでご紹介した公的年金の運用や企業年金の運用などでは、期待リターンの向上とリスクの抑制のバランスを意識しそれぞれが効率的と考えるポートフォリオを検討しています。最終的なポートフォリオが目指す期待リターンは年2~4%程度です。

2000年頃までは5.5%のポートフォリオが標準的でした(これは規制の問題と高利回り時代の運用環境の残滓による)。しかし、今では期待利回りは下がる傾向にあります。公的年金は4%ほどに下がり、最近の企業年金では2%前後くらいの期待リターン設定が増えているようです。

個人投資家にとっては年4%のポートフォリオはあまり魅力を感じないかもしれませんが、リスクを抑制する(最悪の市況でも年20%のマイナスは避ける)ポートフォリオを考えると過剰な期待リターンを設定することは不可能になってきます。

つまり、ポートフォリオの期待リターン設定は、自ずと資産配分やポートフォリオのリスク決定にもつながります。個人においても、どの程度の期待リターン設定でリスク運用に臨むのかは考えておくべきです。

期待リターンの設定は運用計画の具体化にもつながる

また、期待リターンを想定することは、運用計画そのものでもあります。エクセルの財務関数などで簡単なシミュレーションをする場合、「初期元本」「定期拠出額」「運用期間」「期間中の平均運用利回り」「最終受取額」の5要素について4要素を定めれば残りの1つが導きだせます。

例えば「初期元本:0円」「運用期間:30年(360月)」「期間中の平均運用利回り:年利3%」「最終受取額:2000万円」のような設定をして「定期拠出額」を計算すれば(PMT関数を使用)、毎月34321円が必要だということが分かります。

あるいは現在可能なのは毎月2万円の積み立てであるが、最終受取額がどうなるか(他の条件は前述のままとする)などと検討すれば、FV関数により1165万円になることが見いだせます。

こうした試行錯誤を繰り返すと、自分の行っている資産形成がどのような想定にあるのか意識を深めることができます。目標の運用利回りを意識することで、資産形成の計画もより具体性が高まるわけです。これはその通りに実現できなかったとしても有意義です。

「目標の利回り」の危うさも知っておきたい

しかし、目標の利回り設定には危うさもあります。よくある落とし穴は「目標の利回りを実現するためのポートフォリオを選ぶ」というプロセスです。

一見すると目標のゴールに到達するため、必要な目標の利回りがあって、これに近づけるポートフォリオとすることはおかしくないように見えます。しかし、どれだけのリスクをとるかの議論を抜きに、期待リターンだけを求める資産配分はきわめて危険なものです。

まず、実際に選択しうるリスク度合いを超えた、過剰なリスクテイクとなる可能性があります。「本当はこんなにリスクは取りたくないのに、X%の利回りを確保するためにはこのポートフォリオにするしかない」というようなアプローチは誤りです。この場合は、最終目標の下方修正、定期的な積立額の上方修正、運用期間の長期化などを一考すべきです。現実的解としては、無謀な目標金額設定が障害となることが多く、現実的に見直しをしたほうが無難です。

また、セールストークの介入余地を与える意味でも、目標の利回り先行の検討には注意が必要です。本来なら、とりうるリスクの上限を意識し、これを超えない資産配分を検討するべきですが、期待リターン先行の検討プロセスでは「これでは目標の金額に達しませんので、もっとリスクのある○○ファンドを選択したほうがいい」というようなアドバイスを受け入れる恐れがあるわけです。

たいていの場合、販売側があなたによりリスクを抑えたポートフォリオ提案をする可能性は低いため、個人投資家サイドが意識的に「リスクを高めるより、リスクを抑えるアプローチ」を思い描いておくことが必要です。

確定拠出年金でも「目標の利回り」が教育を制約している

確定拠出年金(日本版401k)の投資教育現場は、比較的良質な教育が提供されている現場ですが、「想定利回り」という指標が教育に無用の制約を課していると感じることがあります。

想定利回りとは、旧制度と同水準の給付額を得るために必要とされる目標の運用利回りのことで、旧制度から不利益変更(給付のカット)が生じていないことを証明するために、労使間で議論される指標です。

確かに導入時には必要な議論なのですが、いざ制度を導入した後には、個々人の自己責任により、自ら選択しうるリスクに見合うポートフォリオを考えるべきであり、期待リターンもひとりひとり異なっていいはずです。

ところが、投資教育の現場ではしばしば「想定利回りがX%であり、これを確保する資産運用を目標とするべきである」などと説明され、一律的なリスクの押しつけが行われています。これは問題です(許容度を超えたリスクを押しつけられた個人にとって問題であるのみならず、自己責任における投資判断に不要の情報を提供した企業サイドにとっても問題です)。

想定利回りは、モデル退職金という概念が存続する限り、なかなか消去しにくいものなのですが、個人の投資判断に深く介入しすぎていると思われます。先ほど説明した「目標の利回り」設定の弊害が、まさに顕在化した例といえます。

目標を持つことは必要ですし、それそのものが問題となるわけではありません。また、計画を具体化させるなどのメリットも大きいものがあります。しかし、目標利回りが投資判断の弊害にならないよう注意も必要です。

バランス良く、目標設定、目標管理を行っていくと「なんとなく投資」から卒業する投資家に近づけると思います。

「目標の利回り」設定のメリット・デメリット