老後の資産形成はマネーの「総合問題」であり「最終問題」

久しぶりに老後資産形成の話をしたいと思います。老後資産形成は、マネーの「総合問題」であり「最終問題」といえるほど簡単なものではありません。

まず「総合問題」です。公的年金制度の知識はもちろん、資産形成として考えれば預貯金や投資信託等を駆使しながら効果的な資産形成を行う必要があります。特にリスクを抑えつつ堅実に資産の成長を目指すというのは資産運用としても高度な舵取りが求められます。そもそも、単一商品のみで備えるわけでないのが老後資産形成のポイントですから、複数の金融商品に関するマネー知識が求められる総合問題というわけです。

また、「最終問題」でもあります。住宅購入とそのローン返済、子の教育資金準備とその負担などをくぐり抜けた後、定年退職したときになってはじめて、老後の資産形成ニーズが顕在化します。時間軸において最後に生じるお金の課題です。しかし、その準備は定年退職後に実行することを考えても遅すぎます。マネーの最終問題として老後の資金準備をしっかり考えなくてはなりません。

これだけ考えてみても、老後資産形成が簡単ではないのは明らかです。しかし、老後の資産形成が上手くいかない理由は知識的な問題だけではありません。心理的にも老後資産形成が困難な理由があります。

老後資産形成がうまくいかないのは心理学的にも明らか

個人の投資行動が合理的に行われない理由を探る学問である行動ファイナンス(行動経済学)の領域においても、老後資産形成が合理的に行われない理由がいくつか指摘されています。

まず、人は異なる時間軸について合理的に評価を行うことができない、ということです。特に遠い将来ほど過小評価してしまう傾向があります。逆にいえば遠い将来の出費のために今、負担をして備えることの苦痛のほうが強く感じられる、ということです(プロスペクト理論による損失回避行動などで説明)。

また、将来に得られるであろうリターンより、現在価値のほうが非合理的なまでに高く評価されます。今すぐもらえる1万円のほうが適切なリターンを踏まえた1年後の受け取りより好まれるとしたら、30年後ないし40年後に向けて資産形成をすることを理性的に選択することは困難でしょう(近視眼的判断などで説明)。

さらに、今のままであることを維持するほうが、新しい試みをスタートする(特に大きな変化を生じる行動をする)より好まれてしまいます。老後のための積立をするより、今のままでやりくりするほうがラクですし、アクションを起こすことは手間もかかります。結果として老後資産形成が行われません(現状維持バイアスなどで説明)。

アメリカでは401(k)プランにおいて、個人の自由意思をたずねる前に「強制加入」「強制拠出率決定」「強制的にバランス型投資信託の購入」をさせ、その後任意で解約や変更をさせる仕組みを導入し、非合理的行動を回避する一助としています。

イギリスではNESTと呼ばれる制度がスタートし、まずは強制加入、強制貯蓄をさせ、嫌なら解約手続きを取らせるようにしています(解約しても数年後再加入させることで、いつかは積立開始させる念の入りようです)。

投資教育大国と一般にいわれる欧米であっても、いかに非合理的障害が大きく、そこを突き抜ける苦労をしているかが分かります。個人の資産形成に、公的制度が介入してでも、老後資産形成を始めているのが現状なのです。

非合理的な我々が理性的に老後に備える方法はあるか

行動ファイナンスについては熱心に語る人が多いので、私の解説はこの程度にしておきますが、いずれにせよ、合理的行動を、遠い将来に向けて行うことは困難である、ということは明らかです。

それでは、非合理的な行動を取りがちである私たちが、理性的に老後に備える方法はないものでしょうか。

実は公的年金はその一部です。不平不満をいいながらも公的年金の保険料を強制徴収されることで、将来には大卒新人の初任給程度の公的年金を夫婦が受けることができます。しかもどんなに長生きしても給付を受けることができます。

また、退職金や企業年金もそうした強制貯蓄制度の一部とみなすことができます。運用の仔細に通じていない人であっても、会社が制度を設けてくれれば、会社に任せているだけで老後資産形成の柱が育っていくわけです。会社ごとに水準は異なるものの500万円くらいの水準に始まり、上場企業においては2,000万円以上に達することもあります。いずれにしても公的年金に加えて老後の柱を得ることができます。

それ以上、個人が自助努力により自分の老後に備える場合は、非合理的な行動に陥らないよう、仕掛けを講じる必要があります。

まず、取り崩しの誘惑を回避するため、できる限り解約が困難である制度を選択すべきです。単に証券口座にして投資信託等を保有するだけでも、解約に日数がかかるため抑止力となります。目的別に口座を分ける管理手法はメンタルアカウンティングとして非合理的とされますが、結果的に解約を抑止する効果が生じれば悪いことばかりではありません。

次に、定期的に積立が行われることが重要です。たとえ毎月1万円の積立であっても1年サボれば12万円ですから、これを一気に追いつくことは困難です。自動引き落としの仕掛けを使って定期的に購入し、運用原資そのものを増やすことが重要です。積立投資信託あるいは確定拠出年金、財形年金などの活用により積立は自動化することが可能です。

最後に、とにかくその仕掛けをスタートさせることです。前述のアメリカやイギリスの例も実は、「スタート」を強制化させるところに力点があります。それほどまでに、資産形成をスタートさせることは大きなハードルです。しかし、このハードルを乗り越えなければお金は貯まり始めません。

運用方法がやや稚拙であったとしても、スタートせずに1年経過するくらいだったら、「思い立ったら吉日」とばかりに積立をスタートしたほうが有効です。もし、年末年始にこのコラムを読んで、少しでも資産形成を老後のために始めた方がいいと思ったら、こればかりは「理屈より実行」です。ぜひ積立投資信託等の申し込みをしてみてください。すでに証券口座をお持ちならステップの半分はもう完了しています。

2013年は「なんとなく投資」を卒業して「なんとなくであっても自動的に老後資産形成が行われている」状態にステップアップしてみてください。

老後資産形成はマネーの難問である

行動ファイナンス的に老後資産形成がうまくいかない理由