自分の死後、財産をどう遺すかを生前に書き記した書類が「遺言書」です。この遺言書によって相続にまつわる色々なトラブルを未然に防止できます。一方で、しっかり書いたつもりでも要件の不備等により全く意味をなさなくなってしまうこともあります。そこで今回から数回にわたり、絶対に知っておくべき遺言書にまつわる基本的知識をお話ししたいと思います。

なぜ遺言書が必要なのか?

「遺言書」とは、自身の死後、自身の財産を誰にどのように遺すかをはじめとした意思表示をするための書類です。

なぜ遺言書が必要なのか、それは遺言書がないとできないことがあるからです。大きくは次の2つです。

  • 法定相続分とは異なる割合で財産を相続させたい

原則的には、被相続人の財産は民法で定められた「法定相続分」の割合で相続されることになります。例えば相続人が配偶者と2人の子どもである場合、配偶者が2分の1、2人の子供がそれぞれ4分の1ずつの法定相続分となります。しかし、財産を全部配偶者に相続させたければ、そのように遺言書に記すことで可能となります(ただし次回説明する「遺留分」の問題は残ります)。

また、親がすでになくなっていて子どももいない場合は、自分の兄弟が相続人になります。兄弟に財産を渡したくない場合、遺言書で配偶者に全部相続させる、と記しておけば財産の全部が配偶者にわたることになります(兄弟の場合は遺留分の問題はありません)。

  • 法定相続人でない人に自分の財産を渡したい

遺言書がなければ、後述の遺産分割協議(相続人どうしの話し合い)により、財産を相続人間でどのように分けるかを決めることになります。しかし、この遺産分割協議の場には、法定相続人でない人は参加できませんし、そもそも財産をもらう権利もありません。

でも、遺言書にて明記しておくことで、法定相続人でない人(例えば子どもの配偶者、孫など)に自分の財産を渡すことができます(これは遺言による贈与なので「遺贈」と呼ばれます)。

これ以外にも、婚外子を認知する、相続財産を渡したくない相続人を廃除するなど、遺言書を用いるとできることがいくつもあります。

遺言書がないとどうなる?

被相続人の遺言書がない場合、残された相続人が話し合いによって被相続人の財産をどのように分けるかを決めます。これを「遺産分割協議」といいます。この遺産分割協議は、相続人全員が参加し、全員が同意した証として遺産分割協議書を作成のうえ、署名・押印をすることで終結します。

つまり、相続人の間でせっかく話し合って遺産分割の案を作っても、それに対し、たった1人でも反対する相続人がいれば、遺産分割協議はまとまらず、いつまでも遺産分割はできないことになります。

相続人の間で遺産分割がまとまらない場合は家庭裁判所にて調停が行われます。これも話し合いによる解決策の1つですが、調停をもってしてもまとまらない場合は、審判により家庭裁判所が分割方法を決定します。しかしこの審判による分割方法は、法定相続分による共有という形になることも多くこれでは単に解決を先送りしたに過ぎません。

特に不動産の場合、共有の状態で相続人に相続がおきると、共有者の人数がどんどん増えてしまいかねません。共有の不動産を処分するには共有者全員の承諾が必要ですから、最悪の場合その不動産につき売却すること賃貸することもできなくなってしまうのです。

「我が家は相続でもめることはないだろう」は大間違い

現実問題として、実際に相続が発生したときに遺言書が残されていたケースはそれほど多くありません。そして、遺産分割協議を行うことで被相続人の財産が各相続人に分割されています。

また、遺産分割協議がまとまらない場合、家庭裁判所にて調停の手続きを行うことになりますが、全体のうち、調停手続きまでいくケースはおよそ100件に1件だけです。

このように書くと、「やはりもめるケースはごく少数だからわざわざ遺言書を書くまでのことはないだろう」と思われがちです。しかし、遺産分割協議はまとまったものの、協議を進める中で相続人間の関係が悪化してしまうというケースは多々あります。遺産分割協議を行ったことにより、兄弟の仲が一気に冷え込んでしまうこともよく見受けられるのです。

もし、遺言書があれば、原則として遺産分割協議が不要になりますから、無用な争いを避けることができます。もちろん、遺言書があるからといって相続人間の遺恨がなくなることはありませんが、遺言書がなければさらにトラブルが深刻化してしまいます。

ですから、もしもの場合に備えて、遺言書を残しておくことは、非常に有意義なことなのです。

口約束の遺言はどうなる?

遺産分割協議の場でよくある話として、例えば長男が「僕はお父さんから『俺が死んだら財産は全てお前にやる』と言われていた」と主張しているとしましょう。この長男の主張は通るのでしょうか?

残念ながら、いくら長男が頑張っても、それが認められる可能性は非常に低いでしょう。もちろん、他の相続人が納得してくれれば長男が父の財産を全て相続することは可能ですが、結局は父と長男との口約束はなかったものとして、相続人全員の話し合いによって遺産分割を進めざるをえないのです。

このように、口約束の遺言は無効です。遺言書は、特別な場合を除いて、法的に定められた要件に従って書面で作成するものと決められているからです。

なお、厳密に言えば、父と長男の口約束ですから遺言というよりは「死因贈与契約」に該当すると思われますが、そうだとしても死因贈与契約書が残っていない限りは、他の相続人にその口約束が法的に有効なものであると認めてもらうことは難しいでしょう。

自分の財産を誰に渡したいのかを有効に意思表示するなら、法的要件を満たした遺言書を作成すること、これだけは忘れないようにしてください。

次回は、リスクの少ない遺言書の形式、遺言書と遺留分の関係や遺言書と相続税の関連性など、より具体的な内容についてお伝えする予定です。