米国対イラン:なぜ「終わらない」のか

トウシル編集部(以下、トウシル):米国がイランを攻撃して約半年がたちました。6月に両国が停戦で合意して以降も、依然として攻撃の応酬が続いています。事態がなかなか収束しない背景には何があるのでしょうか。

岩瀬昇氏(以下、岩瀬氏):事態が泥沼化した最大の要因は、今年6月に締結された「イスラマバード覚書」の不備にあります。米国は合意を急ぐあまり、交渉の過程でイラン側の要求を事実上全てのんでしまいました。その上、この覚書には、読み手によって解釈が分かれるあいまいな部分が多々あります。

イスラマバード覚書(6月17日に調印)

  • レバノンを含む全戦線の即時恒久的停戦、米海上封鎖解除
  • 60日以内に最終合意達成
  • ホルムズ海峡通航料60日間無料、30日以内に正常に。イランはオマーンと将来の管理と海事サービスについて対話
  • 最終合意の一部として全ての制裁を解除。それまで石油輸出規制は適用除外に
  • イランは核兵器を開発しない。濃縮ウランは現地で希釈
  • 凍結資金は徐々に解除

注:覚書には「3,000億ドルのイラン復興資金確保」の構想が盛り込まれています。しかし、米国はいっさい資金を供出せず、湾岸産油国やホルムズ海峡を通してエネルギーを輸入している日本などの消費国が負担するとされているため、実現可能性が皆無と判断されます。

 特に火種となっているのは「ホルムズ海峡の管理権」です。イラン側は「30日以内に正常化」や「オマーンと将来の管理と海事サービスについて対話」といった項目を根拠に、「米国がイランによるホルムズ海峡の管轄権を認めた」と解釈しています。

 これはイランによる偏った解釈ではなく、第三者的な視点で見ても、そのように読み取れる余地は確かにあります。

 さらに、当初の合意案には含まれていなかった「レバノンを含めた停戦」という文言が、後からイラン側の要求で追加されています。これはイスラエルによるヒズボラ攻撃をけん制する意図が明白です。さらに、米国はイランによる核兵器の開発の阻止につながる内容も覚書に含めることができていません。

 米国は、覚書だけでは開戦当初に掲げていた目的を何一つ達成できません。合意の発表後、イラン政府は「米国の敗北だ」と言いはやし、米国では戦争から何も得られなかったトランプ大統領への批判が強まりました。

米国が開戦時に表明した「イラン攻撃の目的」

  1. 体制転換
  2. 核兵器開発阻止
  3. ミサイル開発阻止
  4. テロ(抵抗の枢軸)支援阻止

 米国は年初のベネズエラでの成功を念頭に、アリ・ハメネイ前最高指導者を殺害すれば「体制転換」が可能とみて2月28日、攻撃を開始しました。しかし、イランの体制は崩壊せず、むしろ団結を強めています。

 そこで米国は、戦争目的として体制転換を挙げなくなりました。その後、その他の戦争目的に関してイランに譲歩させ、何らかの成果を持ち帰ることを目指して、今回、米国は攻撃を再開しました。

 一方、イランは米国に対して覚書に立ち戻ることを求めているため、対立が続いています。

「非効率だが粘り強い」イラン経済

トウシル:イランが米国に対してなぜ強気でいられるのでしょうか?

岩瀬氏:まず、イランには過去十数年にわたる国際的な経済制裁によって鍛え上げられた「特異な経済構造」があります。

 核開発疑惑から国際社会は、2012年からイランに対する経済制裁を課しています。オバマ核合意により一時的中断もありましたが、2018年にトランプ大統領がオバマ政権時代の核合意から離脱して以降、さらに制裁が強化され必要な諸物資の多くを輸入に頼れなくなったイランは、多くの部品や技術を国産化せざるを得ない環境に追い込まれました。

 イランの経済は非常に効率が悪く、国際水準で見れば脆弱(ぜいじゃく)です。しかし、「非常に粘り強い」という性質があります。制裁によって外部とのつながりを遮断されたことで、かえって外部からのショックに対して免疫ができたのです。ですから性能こそ劣るものの、武器弾薬、ミサイルやドローンなども自給できる体制となっているのです。

 もちろん、昨年末の大規模な反政府デモでも明らかになったように、宗教指導者による現在の体制や経済的な困窮に不満を持つ国民は少なくありません。しかし、イランには反政府勢力の核となる人物やグループが存在しないため、現体制の脅威とはなっていません。

 米国に亡命中の元皇太子であるレザー・パフラヴィー氏は反政府運動を呼び掛けてはいますが、彼にイランの国民を動かすだけの求心力はありません。父君パフラヴィー国王が亡命する前から米国に留学していた同氏は、革命以降、一度も祖国の地を踏んでいません。

 また、今回の戦争が始まってからも「パートタイム」で国王になる準備があるなどと発言しています。彼が国民の不満を吸収し、反政府運動の核となる可能性は限りなくゼロに近いでしょう。イランの指導層もそれを完全に見抜いています。

 さらにイランには通常の国軍とは別に「イラン・イスラム革命防衛隊」という組織が存在します。これはホメイニ師が、1979年のイスラム革命直後に自らの直轄部隊として創設したものです。

 革命を成就したホメイニ師は、旧国王(パフラヴィー)時代の国軍に対して反革命を起こすかもしれないと不信感を抱いており、革命の成果を守るための「聖域」としてこの部隊を作りました。

 この組織は40年以上の歳月をかけて、単なる軍事組織の枠を超え、経済活動でもイランの国家運営においても中枢をなすようになりました。今回の戦争が始まったことで、国家の意思決定において、この革命防衛隊の発言権がかつてないほど強まっているのです。

 こうした国内状況を鑑みると、イラン指導層にとって体制転換の懸念は小さく、米国に妥協する理由は見当たりません。

米中間選挙前の停戦は?

トウシル:それでは、米国側が妥協することはあり得るのでしょうか?

岩瀬氏:11月の米中間選挙が近づくにつれ、その可能性は高まるでしょう。

 米国では、戦争の長期化で兵器不足やインフレに経済的弊害が表面化し、共和党内部からも「割に合わない戦争だ」という批判が強まっています。世論調査でもトランプ大統領の支持率は30%台前半まで落ち込んでいます。

 イランを屈服させるには、現在のような空からの攻撃だけでは不十分で、陸上侵攻を行うしかありませんが、中間選挙を前にそのカードを切ることは現実的ではありません。

 そこで、共和党内部からの圧力にトランプ大統領が押されて、交渉を再開するか、あるいはイラン側の要求を実質的にのむような動きが出てくるかもしれません。

 トランプ大統領は「過ちを認めない」のが行動の大原則ですから、表向きは「勝った」と主張しつつ、実質的にはイラン側の要求をのむという「顔を立てた妥協」になるでしょう。

 ただし、もし11月の頭になっても合意ができなければ、激しい戦闘は避けつつも緊張状態は続く「不戦不和」のような状況が1年、2年と続いてしまうとみています。

自由な海峡には「もう戻らない」

トウシル:戦争が落ち着けば、ホルムズ海峡の航行は元通りになるのでしょうか?

岩瀬氏:かつてホルムズ海峡では1日に130~140隻ものタンカーなどの船舶が、行き来していましたが、開戦前の「いつでも誰でも自由に通行できる」という状態に戻ることはまずないでしょう。

 イランは、イスラマバード覚書を基盤として、ホルムズ海峡に対する自分たちの「管轄権」を国際的に認めさせようと動いており、それを曲げる気配はありません。

 米国が軍事的に圧力をかけ続けても、結局のところ、イランとオマーンの間で何らかの管理体制が合意される未来が待っているのではないでしょうか。

トウシル:具体的には、どのような形になるのでしょうか。

岩瀬氏:1936年のモントルー条約で国際的に認められたトルコのボスポラス海峡やダーダネルス海峡に近い形になるかもしれません。トルコはこれらの海峡を国際海峡と認めつつ管理権を持ち、通過する船からサービス料を徴収しています。

 ホルムズ海峡でも同様に、イランやオマーンが船の通行に際して何らかのサービス料という名の「通行料」や「手続き」を課す形になることが考えられます。

 そうなれば、コストがかかるだけでなく、通行するたびに事前のプロセスが必要になったり、イラン側の了解が不可欠になったりと、以前よりも通行のハードルが一段高くなります。

 仮に今後、米国とイランが合意に至ったとしても、開戦前の状況が再現されることはありません。自由なホルムズ海峡は、もう戻らないのです。